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第130話「ブラジャーの姉ちゃん」

 俺とユナとエミリアの前で「逆立ち腕立て伏せ」なんていう意味不明なマッチョアピールをするサキさんを見守っていると、ティナが夕食を運んできた。


「ごちゃ混ぜ中華丼も毎回恒例になってきたな。これが出てくると、いよいよ冒険に出発する気分になる」

「そうですね」


 俺たちは食材の余り物で作った恒例の中華丼を食い終わったあと、調理場の片付けをしてから風呂に入った。

 ちなみに今日は、夜のうちに洗濯をしてから部屋干しにしている。明日の朝に取り込んでおけば、洗濯物を放置したまま家を空けなくて済むからだ。


「今日はもう起きていても仕方がない。早めに寝てしまおう」

「そうね」

「私はまだ眠れそうにないので、もう少し起きています」


 遠足前に眠れなくなるやつかな? ユナはサキさんと一緒に広間の方で暫く起きているようだ。






 翌朝、まだ日が昇る前に目が覚めた俺とティナは、朝の支度を済ませてからクレープ作りをしていた。

 とても冒険の出発前にするようなことではないと思うが、どうしてもハンドミキサーを使ってみたいというティナがその場の勢いで生クリームを作ってしまったので、何となく勢いに流されたままクレープを作っている。


「具は全部果物か? というか他に具が無いよなあ」

「チョコレートやフルーツソースがあるといいんだけど、チョコなんて無いわよね」

「無いよな。チョコはおろか、飴とかラムネ菓子とか……なんにもない」


 俺はティナが焼いたクレープの生地に生クリームを塗って、超適当にのせたフルーツを巻いている。罰ゲーム感覚でバナナしか入ってない「アタリ」を作ってやれ……何だか楽しくなってきたぞ。



 そんなことをしていると、ユナとサキさんも起きてきた。二人の支度が終わったのを見て、俺も広間へ戻ったのだが、今朝はまだエミリアの姿が見えない。


「今日は荷馬車で来るって言ってませんでしたか?」

「ああ、そうだったな。じゃあ先に洗濯物を片付けておくか……」


 俺とユナは一緒に洗濯物を畳んでから、部屋干し用の物干し台を片付けた。


「エミリアのやつ遅いな。今日は朝飯いらんのかな?」

「そんなことはありません」


 俺の背後からエミリアの声がした。もう……荷馬車はどうしたんだよ?


「荷馬車は家の前に繋いでますよ」

「それなら玄関から入ってくればいいのにー」


 全員揃ったところでティナとユナが朝食を運んできたので、俺たちは甘いクレープを渋みがある濃い目のハーブティーと一緒に堪能した。お菓子大好きっ子のエミリアと隠れ甘党のサキさんは調子に乗って3枚も食べている。

 ちなみに俺が作ったバナナオンリーの「アタリ」クレープは自分で引いた……。






「俺とティナとサキさんで荷物を荷馬車に積み込もう。ユナは調理場の片付けをしておいてくれ」


 朝食後、俺は作業を分担して出発の準備を始めている。小型湯沸かし器やドライヤーのような重量物はティナの浮遊魔法を使って、俺とサキさんは広間の木窓ごしに荷物の受け渡しをしながら運んでいる。

 普通の冒険者と比べると荷物の量は多いのだが、荷馬車への積み込み作業は十分も掛からない。いつも思うがまるで訓練された軍隊のような機敏さだ。


 最後に家の戸締りをした俺たちは、白髪天狗にサキさん、ハヤウマテイオウにティナ、俺とユナとエミリアは二頭引きの荷馬車に乗って出発した。


 ──出発と言っても儀式テレポートを使うので、一路魔術学院なのだが。



「相当小さくて狭い荷馬車を持ってくると覚悟していたが、そんなに小さくはないな」

「五人並んで寝るのは無理ですけど、三人までなら大丈夫そうですね」


 俺とティナとユナが荷馬車を使って、男のサキさんと寝相の悪いエミリアは同じテントに突っ込んでおく……良し、これでキャンプ問題は解決だな。


「でも御者席まで屋根がせり出してないから、雨に降られると困るな」


 今回エミリアが持って来た二頭引きの荷馬車は、御者席が剥き出しになっている。


「大丈夫です。御者席の手前に魔法の障壁を出して雨風を防ぐ練習もしてあります」

「用意がいいな」

「以前ミナトさんに教えて貰ってから、さっそく講義で実演したんですよ。それ以来、雨が降ると障壁の魔法を使うのが魔術師の間では常識になりつつあります」

「むしろ今まで思い付かなかった事の方が不思議ですね……」

「普段は縁のない戦闘用の防御魔法に位置付けられていますし、あくまでも使えるように習う魔法のうちの一つなので、そういう魔法は用途を掘り下げて研究される機会があまりないのです」


 わからんでもない。学校で習ったことを全て掘り下げろと言われたら無理だしな。しかも魔術師となれば人口が少なすぎて不人気な魔法はとことん冷遇されるのだろう。






 俺たちは魔術学院のいつものグラウンドまで移動して、儀式テレポートでカナンの町の入り口付近にある草原まで瞬間移動した。

 ここはジャックと遺跡探索をするときに移動した草原だ。

 今回は光の魔法陣が頭上から降ってくるイメージだったので、導師モーリンが儀式を担当してくれたようだ。


「無事に飛べたな?」


 俺は荷馬車の御者席から立ち上がって、白髪天狗のサキさんとハヤウマテイオウのティナを確認した。


「カナンの町に用がなければ、町には入らず北上するぞ」

「それでいいわ。今回は村を拠点にするから、食材の心配もなさそうだし」

「わかった。このまま北上しよう」


 俺が北上を指示すると、手綱を握ったユナは街道を迂回して進路を北に向けた。



 東西と北の街道を繋ぐ側道を過ぎると、北の街道特有の穀倉地帯が広がっている。

 前回は鮮やかな緑色の麦畑にコントラストの強い青空が広がっていたのだが、今回は黄金色の麦畑と刈り終えた所が半々……空は薄い水色に染まっている。


「季節の移り変わりを感じるなあ」

「農家の者は大変だの。この景色を見ると心なしかソワソワするわい」


 サキさんは目を細めて、黄金色の麦畑を懐かしそうな表情で眺めている。



 前回歩いてアサ村に向かったときは穀倉地帯を抜けるだけでも相当歩いた印象だが、今回は特に苦労することもなく、街道は穀倉地帯から森の中へと景色を変えて行く。


「前はこの辺りで既に昼を過ぎていた記憶があるんだけどな」

「影踏みゲームで遊んでいたせいね」


 サキさんが即断した冒険者家業だったが、運良く立ち回って再び最初の舞台に戻って来れたことは素直に嬉しい。

 森の中の街道を進むと、大して時間も掛からずアサ村へ続く側道に到着した。こんなに近い場所だったかな? まだ昼にもなっていない時間だぞ。



「ミナトさん、この荷馬車でもギリギリの道幅ですよ。先に誰かを先行させて対向車が来ないか確認した方がいいと思います」


 ユナの指摘通り、荷馬車が側道に入ると隊列の変更すらできないほどにカツカツの状態になりそうだった。


「ティナとサキさんの二人で先行してくれ。一人は村の前で対向車が来ないように見張っておいて欲しいのと、もう一人は対向車が来ていないことを報告しに戻って来る役だ」

「わしが通行止めにしておいてやるわい」

「サキさん頼む」


 俺が指示を出すと、ティナとサキさんは側道を馬で先行した。



 ──数分後、先行したティナが戻ってきた。


「大丈夫だったわよ」

「では進もう」


 俺たちは慎重に狭い側道を進んで行く。以前は警戒態勢を取って進むような獣道だったが、今回は側道の脇まできれいに手入れがされている。

 収穫が終われば自分たちの荷馬車が出入りするようになるから、早めに手入れをしたのだろうな。


 暫く側道を進んでいくと、森の開けた先に段々畑が見えてきた。段々畑の横に伸びる緩やかな下り坂の向こうがアサ村だ。






「おーい! ブラジャーの姉ちゃんじゃあないかー!!」


 段々畑で収穫作業をしていたおじさんが声を上げた。すっかり忘れていたが、俺はこの村では「ブラジャーの姉ちゃん」という不名誉な呼び方をされている。

 もう仕方がないので、俺は名前も知らないおじさんに手を振って答えた。


『ブラジャーの姉ちゃんって何ですか?』


 御者席に座っているユナとエミリアが同時に同じ質問をする。俺は酔っ払ってブラジャー一枚になったあと、男たちの前で踊り狂った恥ずかしい失態を説明した。


「それ以来、俺は酒を飲まなくなった……」

「そんなことがあったんですね……」


 ユナに呆れられてしまったところで、無事アサ村に入村した。



 やはり収穫の時期ともなると、集団で井戸端会議をしているような暇人は見当たらない。

 俺たちは荷馬車ごと村長の家に出向いた。


「すみませーん、ニートブレイカーズのミナトですー!」


 俺は村長宅の玄関前で挨拶をしたが、留守なのか返事は無かった。


「……おらんのかなあ?」

「聞こえておらぬのだろう……ニートブレイカーズ、呼ばれて参上であーる!!」


 サキさんは横開きの扉を力任せに開きながら怒鳴り上げた。


「おおう、誰かと思えばニートの冒険者たちではありませんか……よう来てくださいました。ささ、ここでは何ですからどうぞ中へ……」


 嫌な覚えられ方をしたものだが、とにかく俺たちは村長の家の中へ案内された。



「遺跡について相談したいっていう、ジムからの手紙を見て来たんだが……」

「………………」


 俺が口を挟むと、村長は顔を赤らめて下を向いてしまった。またこれかよ。


「もうミナトは下がれ。村長! わしらは遺跡の相談を聞きに来たのだ!!」

「……はっ! そうじゃった……例の洞窟から遺跡らしきモノに繋がる入り口を発見したのですが……それ以来、不気味な唸り声が聞こえてくるようになってしまいまして……」

「手紙の内容だと、入り口を塞いでも唸り声が止まらないんですよね?」

「そうなのです。ここまで響いてくることは無いんですが、良からぬことが起こるのではないかと村の者たちも不気味がっておりますゆえ」


 村長からの話だと、概ね手紙の内容と同じような感じだな。これは一度、現地に向かうしかないか?

 唸り声と言われても、実際に聞いてみないと生き物の声なのかも判断できんからなあ。


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