第129話「パーティーいろいろ」
ナカミチの工房を後にした俺は「強面親父と冒険者たちの宿」へ向かった。
本当はハンドミキサーで喜ぶティナの顔を早く見たい。強面親父の顔なんか見ている場合ではないのだが、冒険に出るので一応挨拶をしに来たのだ。
時間はもう昼なので、寝坊助の冒険者パーティーもぼちぼち捌けて店の中が一番暇になる時間帯だ。
こんな時間に油を売っているような冒険者は……ヨシアキだけだ。
「ミナトじゃないか。暇なのか?」
「いや、明日から冒険に出るから親父に挨拶でもしておこうと思ってな」
「そっか……」
やけに大人しく引き下がったヨシアキは、一人でジュースを飲んでいる。俺は少し気になったが、先に親父と話をすることにした。
「親父、昨日受け取った手紙の件で、明日から暫く冒険に出るから」
「なんだ? あの手紙は依頼書だったのかァ?」
「依頼ではないけど、ちょっと困ってそうだし調査に行こうと思って」
「別に良いけどよぉ、お人好しも程々にしとけよ。好意の尻拭いなんて誰もやっちゃくれんぜ?」
強面親父はカウンターで頬杖をついたまま、ギロリと俺を睨みつける。強面だけあって迫力があるというか、普通に怖い。
まあ、忠告だと思って覚えておくか……。
俺がカウンターを離れると、ヨシアキの向かいにはいつの間にか現れたウォルツが腰掛けていた。
「サキさんの様子はどうなっている?」
「随分良くなったぞ。まだ本調子じゃないが、じきに治りそうだ」
俺を見つけたウォルツが声を掛けて来たので、俺も言葉を返す。ちゃんと心配してくれる友達がいるのはいいことだな。
「なあミナト、そっちの冒険が終わったら相談したいことがあるんだがいいか?」
「ハーレムの話でなければ相談に乗ろう」
『……………………』
図星だったのか、俺とヨシアキの間には深い沈黙が流れた。
「だいたい男四人のパーティーに入りたがる女なんか絶対ロクなのいないぞ?」
「実は先日、私とヨシアキの二人パーティーに戻ったのだ」
ウォルツが横から説明をした。確かハスラーとか言う気持ちが悪い男と、盗賊のジェイがいたはずだが、喧嘩別れでもしたのだろうか?
「何というか、ハスラーは逮捕されて刑務所に入ったんだよな……」
「前に逮捕されたときは保釈金を払ったが、もう三度目なので放っておくことにした」
「何をやったらそんなことになるんだよ?」
「一度目は下着泥棒で……本人は美人の姉ちゃんの下着だと思って、口の中に押し込んだりして遊んでいたんだが、実はオバチャンの下着だったのと……」
「あの事件はヨシアキが同情して、涙ながらに弁護人まで買って出たのだが……」
なんか色々ダメそうな話だなおい。
「……三度目の逮捕は、前回ここでミナトと会ったときの夜だ」
前回と言えば巨大ミミズの報酬を受け取りに来たときか。ヨシアキとウォルツとジェイの三人が女装したまま宿に戻ってきたんだったな。
「ここに戻る途中でハスラーが大事な用を思い出したと言うので別れたのだが、実は女装したまま銭湯の女湯に入り込んで逮ぃフォ! ……されていたのだ」
ウォルツは台詞の途中で噴き出した。こいつは女装好きの変態なので、それに関連する事件があると面白くて仕方がないのかもしれん……。
「次から次へとバカなことを思い付く逸材だったけどな。前科が増えると保釈金も高くなるから、ちょっと面倒見きれなくなったんだよ」
「そうかあ、しょっちゅう逮捕されるような仲間は嫌だな……」
気持ちが悪い男のハスラーは仕方ないと思ったが、どうしてジェイまで抜けたのだろう?
「ジェイには抜けて欲しくなかったけど、あいつが所属してる組……盗賊ギルドが問題だ」
「む、やっぱり盗賊って暴力団の構成員なのか?」
「だな。俺とミナトの認識ならそれに近い。例えば冒険の依頼で悪党の悪事を暴こうとするわな? でもジェイが所属している組に上納金を払っているような奴が相手だと……」
ううむ。冒険者の仕事と組織の掟に挟まれるのは何かと面倒だな。
「王都の外で活動するなら何の問題もなかったのだが、我々のパーティーは王都を中心に動いているから、一応気を使ってはいたのだが問題が起きた」
「覚悟を決めてこっちに付けと言ったんだけどな。ちょっと難しかったようだ……」
なるほどなあ。こういう理由だとメンバーの復帰は難しいか。
どのみち二人のままでは冒険も厳しいだろう。シオンとハルならともかく、ヨシアキなんて少し頭が回るだけの雑魚だろうし。
何となく俺とキャラが被っているような気もするが……。
「わかった。俺が冒険から帰ってきた時に何も解決してなかったら改めて考えよう」
「おお、助かる! やっぱり女の子のリーダーが協力してくれると心強い。前に勘違いをしてサキさんに依頼したら、ただ飲み食いして騒いだだけで終わったからな」
あの時の変な依頼はやっぱりお前だったのか……。「ハーレムパーティーの秘訣を教えてください。報酬銀貨500枚」俺は忘れてないぞ。
随分話し込んでしまったが、明日の準備もあるので俺は家に帰ることにした。
家に帰ると二階の木窓に干していた布団を取り込んでいるティナの姿が見えた。そろそろ洗濯物も取り込まないと、じきに日が落ちて冷たくなってしまう。
俺はハヤウマテイオウを馬小屋に入れると、シーツの埃をブラシで払いながら洗濯物を取り込んだ。
そういえば白髪天狗がいないのだが、サキさんは銭湯にでも行ったのだろうか?
俺が洗濯かごに満載した洗濯物を広間に運ぶと、ティナとユナは明日の準備をしているようだった。
「ミナトの分も準備してあるわよ」
「それは助かるな」
暖炉前の布団はすっかり片付けられていて、そのスペースには明日からの冒険に持ち出す荷物や装備品が並んでいる。
この調子だと俺の方でやることは特に無さそうだ。
「今日はナカミチからハンドミキサーを貰ってきた。魔術師専用の道具だが……」
俺はティナとユナの目の前でハンドミキサーを実演してみせた。
「凄いわね。この穴を親指で押さえて……わぁ!」
ティナはハンドミキサーが気に入ったようで、気が済むまでクルクルと回したあと夕食の支度をしに調理場へ向かった。
エミリアにかき回す魔道具を要求したのはいつの頃だっただろう? 全く想像していなかったが、ここにきてナカミチのアイデアがそれを叶えてくれた。
「…………」
案の定大喜びしたティナとは対照的に、ハンドミキサーの原理を聞いてから、ユナはずっと黙り込んでいる。
「どうしたんだ?」
「この原理を使うとエンジンも作れるんじゃないですか?」
「流石に車は無理だろう」
「もっと小さなものですよ。換気扇のモーターみたいな……もし同じ原理で脱水機を作れたら相当楽になりませんか?」
脱水機? 以前魔法を使って試したのは洗濯機だけど、あれは大失敗だった。
「いまいちイメージが湧かんなあ。また暇なときにでもナカミチと相談してみてくれ」
ユナと喋りながら明日の荷物を点検していると、いつの間にかエミリアが湧いていた。相変わらずいつ来たのかもわからん女だ。
「明日の朝は荷馬車で来ますね」
「わかった。こっちから持って行くのはそこにある荷物と……脱衣所のドライヤーと小型の湯沸かし器と……」
「積めると思いますが、問題は遺跡から運び出す物が多かった時でしょう」
「その時はエミリアさんが一度王都に戻って、四頭引きを持ってカナンの町までテレポートして来ればいいんじゃないですか?」
横で会話を聞いていたユナは、エミリアを扱き使うプランを提案した。
「本気で荷物が多いようなら、エミリアには悪いがそうして貰うしかないな。微妙に収まりが悪い程度なら、カナンの町で適当な荷車を買おう。返却の手間を考えると買う方が安い」
その後も荷馬車の積載量について話し合っていると、風呂道具を脇に抱えたサキさんが帰ってきた。もう自力で銭湯に通えるのか?
「もう全快だの。髪を乾かしてくるわい」
言うたな? では、あとで身体テストを受けて貰おうじゃないか。
暫くすると髪を乾かし終えたサキさんが広間に戻って来た。
「ではサキさんが本当に治ったのかテストするぞ。きっちりしゃがんでスクワット10回!」
「余裕である!!」
とは言ったものの、サキさんのスクワットには力任せの勢いがない。やっぱり本調子とまでは行かないか……。
「じゃあ片足スクワット左右3回ずつ」
「え? 片足でやるんですか?」
「……ふ! ふんッ……ぐおぉうぬッ……」
片足でしゃがんだまでは良かったのだが、どうしてもそこから立ち上がることができない。
こいつはトイレの順番待ちで片足スクワットをしている所を良く見掛けるので、まだまだ本調子ではない証拠だな。
「これでは何かあった時に走れんな。出発はもう一日ずらすか?」
「残念ですけど、その方がいいですね……」
俺とユナが出発をずらすと言うと、サキさんはおもむろに逆立ちを始めて抗議した。
「足を使って走れぬのなら、逆立ちして走れば良いじゃない!!」
『…………』
逆立ちをしたサキさんは、もの凄い腕の力で広間の床を移動し始めた。洗ったばかりの黒髪がモップのように床を這う姿を見ていると、なんだか可哀想になってくる。
しかし感心してしまうほどの運動神経だ……。
「ウーッ! ウガァーー!!」
サキさんが変な方向に壊れてきたので、俺は明日の出発を許可した。
現地でジムから詳しい話を聞いたりすると最初の一日は潰れるだろうから、本格的な遺跡探索までに治ればいいかな。