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第12話「ハヤウマテイオウ」

 翌朝日が昇る前に起きた俺たちは、いつものように三人揃って洗顔と歯磨きをして洗濯物を取り込んだあと、部屋に食事を運んで貰った。

 今日は朝食の他に、夕食と翌日の朝食分にできるだけの軽い食料も頼む。乗合馬車と違って個人の行商人なので、食事が出ないと聞いたからだ。

 昨日は夜遅かったので食料店で買いこむ事ができず、宿にお願いした。


「護衛任務だから各人完全武装で行こう」


 俺はワンピースの上に胸当てを付けてからジャケットを着込んだ。その方がゴワゴワしなくて良いらしい。なるほど、確かに。最初の頃は鎧の装備に手間取っていたサキさんも、既に慣れたのか手際よく身に纏っている。

 だんだんと冒険者らしくなってきたな。


 準備を終えた俺たちは、忘れ物が無いか部屋をチェックして宿を出た。外はまだ夜明け前で暗い。この時間から出発するのが依頼主の希望なのだ。






 待ち合わせ場所は冒険者の宿の正面だった。

 ランタンを吊るした荷馬車に人の影が見える。暗くてわからないが、何となく目が合ったような気がしたのでこちらが手を振ると、向こうも手を振ってよこした。


「ニートブレイカーズのミナトですが、王都オルステインまで護衛依頼を出したシャリルさんで間違いありませんか?」

「そうさ、私が行商人のシャリルよ。王都までの護衛、しっかりお願いするわ」


 あれ?女だったのか。ランタンで照らされたシャリルを確認すると、短髪赤毛で30代くらいのふくよかな女性だった。

 俺たちは軽く自己紹介をすると、御者席にサキさんとシャリルが乗り、幌付きの荷馬車には俺とティナが乗り込むという感じで、そのまま王都へ向けて出発した。



「なんだか随分急いでいるみたいだが……」

「今回はちょいとばかり嫌な予感がしてね、出来るだけ距離を稼ぎたいのさ」


 シャリルは宝石とか貴金属を扱っている行商人なんだそうだ。

 俺たちが冒険者の宿から正式に派遣された冒険者なのであらかじめ教えてくれたが、今回は大きな商談をまとめた帰りで道中は護衛も付けていたが、何やらずっと誰かに後を付けられているような気がするんだと……。

 積み荷の金額の大きさから神経質になっているのでは無いかとも思ったが、長年のカンみたいなものはバカにできないので、俺たちも気を引き締めた。



 とはいったものの、荷馬車の中では幌が邪魔して周りを警戒するといった事もできない。荷馬車の後ろもシートで覆われていて、御者席に座る二人の背中しか見えない状態だ。


「これだと周囲の警戒もできないな」


 俺は荷馬車の後ろ側に座り直すと、指でずらしたシートの隙間から後方を警戒することにした。町の門をくぐった後も、特に気配のようなものは感じなかったが、暫く走った頃、町が見えなくなってきた頃に遠くの方で何かが動くような、黒い点を確認した。


「後ろの方に何かが見える。まだ黒い点のようだが……用心してランタンの明かりを消せ」

「そんな事したら前が見えなくなっちまうよ」

「サキさん火を消せ。闇に慣れてないと動けなくなる」


 サキさんはすぐにランタンの明かりを消した。目の前が見えなくなって荷馬車の速度が落ちたので、相対的に近づいてくる物の速度が上がったように感じた。

 ティナも俺の反対側でシートの隙間から確認している。やや確認してこちらを向くと無言で頷いたので、俺はこれからの指示を出した。



「サキさんが視認できたタイミングで声を掛けろ。男の方が相手も警戒する」

「承知した」

「ティナは俺とこのまま警戒して、向かってくる影の正確な数を調べるぞ」

「わかったわ」


 このとき、荷馬車が僅かに揺れた。シャリルが速度を上げたようだった。


「足場が揺れるとこっちが不利だ! 馬車の速度は上げるな!」

「それじゃあ振り切れないよ!」

「ミナトの通りに」

「わ、わかったわよ……」


 うちのパーティーは身勝手に動くメンバーが居ないのでこういう時は助かるが、そのぶん俺の責任は重大なので、危険な局面では神経が擦り切れそうになる。


 恐らく相手は馬に乗っている。こっちの荷馬車では半分の速度も出ないから、下手に速度を上げても不利になると判断した。

 俺は恐怖と不安を掻き消すため、自分の判断は間違っていないと心の奥で強く念じた。


「サキさんの警戒に反応しなかったら、ティナはこのシートを外してくれ」

「いいわよ」

「俺は可能な限り弓を撃つが当たるかわからん。後方に張り付かれたらティナに任せる」

「わしはどうすれば良いか?」

「ロングスピアは直前まで隠しておいて、馬車に並走して張り付くやつを叩け。左右から来る可能性が高い。間に合わん時はダガーでも投げて時間を稼げ」

「やってみるわい」

「来るわよ。数は……五っ!」


 ティナの視認とほぼ同時にサキさんが後ろを向いて声を荒げた。






「誰か!? 敵でなくば声で答えよ! 答えよ!!」


 一秒……二秒……返事は無かった。俺は矢筒から矢を取り出す。荷馬車の速度はそのままだ。ティナが後方カバーのロープを引っ張ると、一瞬で後方が開けた。

 空は先程よりも明るくなっている。俺たちは日の出の方向に走っているので、相手に対して視認性は良かった。

 俺はゆっくりと深呼吸をしながら、敵……と認識している者が近づいてくるのを待つ。


 ティナの言う通り、数は五だ。連中は馬に乗った追いはぎのような感じで、黒いターバンのような物を頭に巻き、口元も隠している。



「左右に一頭ずつ抜けたわ! すぐに追い付くわよ!」

「まかせよ!」


 俺は真正面から迫ってくる追いはぎに向けて矢を放つ。良く見えなかったが、全速力で走っていた追いはぎの一人が落馬した。

 続けて矢をつがえようとしたとき、足元から物凄い突き上げがあって思わず尻餅を付いた。起き上がりながら外を見ると追いはぎの一人が地面を転がって行った。サキさんが打ち払った追いはぎを馬車の後輪が踏んだのだろう。


 俺は片膝立ちになると改めて矢をつがえ、斜め後方の敵に狙いを定めて撃った……が、これは外してしまった。俺は落ち着いて矢を掴む。

 今回は革手袋が無いので矢を掴む感触が良くわかる。俺は矢を取りこぼす事もなく、新しい矢を弓につがえた。


「追い付かれるわ!」


 ティナの方に馬の鼻先が乗り上げる勢いで迫ってきた。俺は斜め後ろに向けて、馬の前足辺りに狙いを定めて矢を放つ。

 矢は馬の腹辺りに深く刺さり、暴れながら横方向に流れて行った所にロングスピアが刺さった馬と落馬した追いはぎが転がり込んで、そのまま派手に揉み合いながら土煙を上げた。



 ……油断した。揉み合う敵を眺めている場合ではなかった。気が付くと最後の一人が俺の目の前に迫っていた。

 ティナの方に意識が行っていたので、自分の方が疎かになってしまった。


「伏せて!」


 俺は反射的に伏せた。その瞬間、目の前の追いはぎが馬ごと真っ白に包まれて転倒する。ティナが先程外したシートを追いはぎに投げつけたようだった。


「終わったか? 全員無事か?」

「前は無事である! だがまだだ! 引き返して捕らえるか止めを刺せい!!」


 俺はそこまでやらんで良いと言ったが、後で報復を恐れながら生きるよりは白黒付けて安心できる方が良いとサキさんに言われた。

 これにはシャリルさんも賛同して、後々面倒だから放置はできないと引き返すことになった。






 その後追いはぎ五人を調べたところ……俺とティナは怖かったのでサキさんとシャリルが調べていたが、武器以外はろくな物を持っていないものの、どす黒い液体の入った革袋がそれぞれに見つかった。

 シャリルさんの話では、これは毒薬で武器などに塗って使っていたのだろうと言う。


 俺が最初に撃って落馬した者と、ティナがシートを被せて落馬させた者の二名が生きていたので、一度カナンの町へ戻って官憲に突き出すことになった。

 毒まで使っているので死罪は免れないらしいが、俺たちの手で止めを刺すのも後味が悪い。

 生きている者はロープで縛って、死体はシートに包んで……これもサキさんがやったのだが、荷馬車にスペースを作って積んだ。


 馬の方は二頭が無傷だったので回収することになった。

 シャリルが荷馬車を、白い馬をサキさんが、黒い馬には俺とティナが乗って行くことになったが、三人とも馬の乗り方を知らなかったので、その場でシャリルさんに乗り方をレクチャーしてもらう。

 サキさんは思い切りよく乗って上手くやっているようだが、俺の方は上手く出来なかったのでティナに代わってもらい、俺は追いはぎの監視を兼ねてシャリルの横に座ることになった。






 すっかり日も昇った頃、俺たちはカナンの町の冒険者の宿に事の顛末を報告して、追いはぎは宿の主人を通して官憲に引き渡してもらった。


「色々して頂いてありがとうございました」

「いいってことよ。冒険者なんてやっていればこういう事もある。しかも連中は毒まで使う札付きのワルだ。どこかで依頼者の積み荷を知って、随分前から狙っていたんだろう」

「馬はどうするのだ? 官憲は何も言うて来んが」

「盗品だと思うが元の持ち主なんてわからんから、貰っておけば良いんじゃないか? 依頼主の物でない取得物は冒険者の物にして良いことになってるしな」


 宿の主人は意地悪そうに笑った。



 結局、追いはぎに関しては取り調べに時間が掛かるということで、とりあえずご苦労さんという感じの金一封(銀貨200枚)を貰っただけである。

 シャリルさん曰く、良馬だと思うので下手な懸賞金を貰うより儲けものだと説明されたが……。


「すっかり日が昇ってしまったので、再出発するか明日にずらすか決めてください」

「取引の日時に遅れちまうよ。このまま出発したいね」


 俺たちは先程と同じように、白馬にサキさん、黒馬にティナ、荷馬車にシャリルと俺の編成で再び王都へ向けて出発する。

 道中はこの馬をどうするかでパーティー会議をしていた。



「この馬は売る? それとも俺たちで使う?」

「わしは使いたい。もう名前も決めた」

「一応聞いてやろう」

「白髪天狗」

「それ白髪なのか……ティナはどうだ?」

「移動と荷物運びが楽になるわね」


 なるほどな。徒歩の時間ロスと我がパーティーのアキレス腱が解消されるのか。維持費は掛かりそうだが悪くないな。


「わかった。じゃあ俺たちで使おう。名前を付けてやれ」

「……ハヤウマテイオウ」

「前から思っていたが、ティナのネーミングセンスはおかしい」

「そうかしら?」


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