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第128話「意外と冒険をしている」

 今日の夕食はヒレカツの卵とじだ。皿の中央には飾り付け代わりに薬味のハーブが乗せてある。嘘か真か胃もたれに効くらしい。いつも二人前のサキさんとエミリアの皿には、心なしかハーブの量が三倍だ。


「ティナとユナには昼間に話したが、アサ村から手紙が届いたので内容を報告したい」


 俺はサキさんとエミリアに、手紙の内容を説明した。


「エミリアは『謎の唸り声』について何か心当たりはあるかな?」

「無いです。実際に聞いてみないと見当も付きません」

「まあ、そうだよな」

「行くのなら早い方が良かろう。出立は何時なのだ?」

「本格的な遺跡探索になるかも知れんし、サキさんが本調子になるまでは無理だ。やせ我慢で平気なフリをされても困るから、全快の自己申告後に身体テストを受けてもらう」

「明日の朝には治っておるわい」

「ほら、そういう風になるからテストを受けてもらうの!」


 サキさんは面倒臭そうにそっぽを向いて変な顔をした。


「不満はあるだろうが、こなれて来た頃が一番危ないと思うから慎重にやるぞ」



「一ついいですか?」

「うん」

「遺跡探索ですがいつもの五人で行くんですか? 専門家のジャックさんを呼ぶのはどうでしょうか?」


 ユナがもっともな提案をしてくる。


「今回はこの面子だけで探索したいと思う。理由は分け前を減らしたくないからだ」

「今回は総取りを狙うんですか?」

「そうだ。遺跡を見つけたのはアサ村の人間だからな。あの村はゴブリン退治の報酬を支払うだけでも厳しい村だから、金目の宝石とかが出たら村の資産にしてやりたい。一時凌ぎかも知れんけどな」

「そういう意図なら賛成です。ジャックさんには後で買い取りを持ち掛けるなりして協力して貰えばいいですね」


 物によっては相場よりも高く買い取ってくれるかも知れんな。唸り声がするような遺跡に美術品がいくつあるのかは不明だけど。



「ティナとエミリアからは何かないかな?」


 俺は黙って話を聞いている二人にも意見を求めた。


「街道からアサ村に行く側道の幅だと、いつもの四頭引きは通れない気がするわ」

「ああ確かに……側道は狭かったな」

「少し古い荷馬車ですけど、二頭引きもあります。普段の荷馬車より狭いですが……」

「荷馬車のサイズによってはうちの荷車を補助的に使う必要があるな」


 明日は大事を取り、出発は明後日の朝ということにして、今日の会議は終わった。






 エミリアが帰ったあと、俺は食後の後片付けをしてゴミを燃やす合間に馬の世話も済ませてから風呂に入った。

 ……これだけ色々やってから風呂に入ったのに、浴槽に浸かるタイミングはティナとあまり変わらない。


 こればっかりはどうしようもならんか──。


 俺とティナは大人しく風呂から上がって、暖炉のソファーで本を読んでいるサキさんを素通りして自分の部屋に戻った。


「上がったぞー」

「はい。私も入ってきますね」


 入れ違うようにユナが風呂に行く。これも仕方がないとはいえ不便だなあ。



 俺とティナは適当に涼んだあとパジャマを着て、ついでにサキさんの部屋からパジャマを持って広間に下りた。


「サキさんも着替えろよ」

「うむ……」


 片足立ちで転げそうになったサキさんを、ティナが咄嗟の浮遊魔法でアシストする。こんな調子では明日も本調子にはならんだろうな。



 俺とティナとサキさんの三人で本を読んでいると、俺たちの後ろをそそくさと通り過ぎるユナの姿が目に映った。


「髪を乾かしに行くかあ。ついでに歯も磨くからサキさんも来いよ」

「うむ」


 俺とティナはサキさんの歩調に合わせて脱衣所まで行くと、順番に髪を乾かしながら歯を磨いた。途中でユナも加わって、後は寝るだけの状態となる。


「俺とサキさんはもう一日だけ暖炉の前で寝ようと思う」

「その方がいいわね」


 ティナとユナが二階に上がって行くのを見守った俺は、今日もサキさんの隣で寝た。






 翌朝、気合を入れれば普通に立ち上がれるまで回復したサキさんと一緒に朝の準備をこなして、絶賛セルフ放置プレイをしているエミリアの相手をする。


「一応出発は明日の朝食後を予定しているが、荷馬車の手配はできそうか?」

「大丈夫ですよ。ただ、大きさがいつもの半分程度になってしまうので、五人並んで寝たりはできないですね」

「アサ村にいる間は部屋を用意して貰えるだろうけど、帰りのキャンプ場が問題だな。まあ、一泊くらい不便でも大丈夫か……」


 俺とエミリアが話し合っていると、ティナとユナが朝食を運んできた。



 今日の朝食はチーズを練り込んだパンとコーンスープで軽く済ませている。


「今日は朝から洗濯物を洗わないとなあ。シーツも洗って布団は干しておきたい」

「武器や防具の点検もせねばなるまい」

「ナカミチさんの工房に精霊石とお茶を届けに行きたいんですけど……」

「俺が行ってこよう。どうせ冒険者の宿にも寄りたい」


 朝食を済ませたあとは、ティナが布団を干している間に俺とユナの二人で洗濯をしている。

 サキさんは二階の廊下に座り込んで、四人分の装備品を点検しているようだ。武具の手入れに関しては今の所サキさんが一番詳しいので、全員分やってくれるのは有難い。



「久しぶりの冒険になりますね」


 洗ったシーツを二人で干しながら、ユナは上機嫌で言った。生理中に冒険なんて俺だったら気が滅入る所だが、ユナは楽しみで仕方がないらしい。


「久しぶりと言っても、実は前回の冒険から王都に戻ってきて、まだ十日程度しか経っていないぞ?」

「え? そうでしたっけ?」


 ユナは不思議そうな顔をする。


「うん。家を出てから、家に帰ってくるまでが冒険だとしたらそんなもんだ。家に帰ってから数日で冒険に出たこともあるし……」

「………………」


 ユナはシーツの片側を固定すると、指折りをしながら日数を計算し始めた。

 無理もないか。討伐依頼ばかり請け負っているから、討伐モンスターと対峙したあとは一時間も掛からずに冒険のメインイベントが終わってしまう。

 そのうえ行きはテレポートでも帰りは数日掛かりだ。王都周辺は安全なので忘れがちだが、移動の日数も立派な冒険として数えるべきだろう。


「確かに……家でブラブラしたり、馬に乗って王都で遊んだりしている印象ばかり強くて、気分的には月一で冒険をしているような気持ちになっていました」

「俺も秋服を買おうとした時に、三人で服ばかり買っていた印象があったけど、実際にはそんなに服を持っていなくて不思議な気持ちになったことがある」

「一度そういう印象を持つと、なかなか自分では気付けないですね……」


 俺とユナは、その後しばらく無言のままシーツと洗濯物を干し続けた。






 洗濯物を干し終わった俺は、ハヤウマテイオウに乗ってナカミチの工房に向かった。

 ユナが何度もナカミチの工房を行き来しているせいか、ハヤウマテイオウだと移動効率が高いように感じる。

 俺は工房が立ち並ぶ工業区の適当な場所に馬を繋いで、ナカミチの工房に続く段々坂を上って行った。


「あ、ミナトさん。お久しぶりです」

「久しぶりだな。ナカミチの工房で不自由はしてないか?」

「いつも気遣って下さってありがとうございます。どうぞ中へお入りください」


 工房の前を掃除していたサーラは、丁寧に扉を開いて中へ案内してくれる。

 それに気付かないナカミチは、背を向けたまま鉄の加工をしていた。


「リュウちゃん、ミナトさんが訪ねて来たわよ」

「んあ? ああミナトか。今日はどうしたんだ?」


 リュウちゃんと呼ばれたナカミチは、ちょっと照れ臭そうに俺に話し掛けた。リュウちゃん……ナカミチの下の名前の愛称かな?



「冒険に出るから替えの精霊石とお茶を持って来たんだよ。はい、リュウちゃん!」


 俺が麻袋をナカミチに差し出すと、ナカミチのおっさんは頭を掻きむしりながらそれを受け取った。


「リュウちゃんはやめーや。ところでミナトは指の先から風を出す魔法は使えるか?」

「使えると思うけど、どうしたんだ?」

「サーラ、前に作ったやつ持って来てくれー」

「はあい」


 サーラは隣の部屋から機械のような物を持って来た。



「なんだこれ?」

「ハンドミキサーだ。こうやって持って……親指を添える部分に穴が開いてるだろ? こっから魔法の風を送ってやると、中の風車が回るわけよ」

「?」

「わかんねえ顔だなー? 試しにやってみろよ」


 俺はナカミチに説明されるがままハンドミキサーを手に持って、親指で穴を塞いでから反対の手で風の精霊石を握りしめた。

 俺が親指の先から風を起こすと、ハンドミキサーの先に付いている二本のかき回す金具が左右逆方向に回り始める。


「あー! なんか生クリームとか混ぜるやつだ」

「やっとわかったか。送る風の強さで回転数が変わるんだ。魔法使いにしか使えない道具だけどな」

「へええ……」


 俺は面白がって色んな速度でハンドミキサーを回転させてみた。送った風は本体の「尻」の部分から排出されているようだ。途中で風が漏れているような音もしないし、回転部分は驚く程滑らかに回る。


「これはティナが喜びそうだ。いくらだ?」

「鉄切りナイフのテストを兼ねた試作品だよ。これからも暇なときに色々作る予定だからテスターに協力してくれ。これは持って帰ってくれて構わない」


 なるほど、そう来たか……。

 ハンドミキサーは金属製だが、全ての面が処理されて鋭利な部分は全く無い。明らかに本気で作った一品だろう。

 俺はありがたく貰うことにした。


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