第126話「心も体も……」
夕方頃になるとティナは夕食の支度をしに調理場へ行ってしまった。
ユナは二階の部屋に籠ってしまったので、暖炉前には布団に寝転がっているサキさんと三人掛けのソファーでだらしなく本を読んでいる俺の二人しかいない。
「歴史の本は面白いか?」
「うむ。この本はエスタモル時代の終焉からオルステイン王国の建国までしかわからぬが興味深いわい。エミリアに頼んで別の本も読みたいの」
「こうやって本を読んでいると、普段のイメージと違って見えるなあ……」
サキさんの話では、魔法や魔物まで存在する世界なので、神話の本と合わせて読まないと話の繋がりが悪い部分も多々あって困るそうだ。
俺の方は生活の本に飽きて法律の本を読み始めている。パーティーのリーダーとして基本的な法律くらいは知っておかないとマズいだろう。
──エミリアが不在の時に法的なトラブルに巻き込まれたら困るかもしれんからな。
本日三度目のトイレからサキさんを連れて戻ると、エミリアがセルフ放置プレイを堪能していた。
「導師モーリンに話をしてみたら、カルモア熱に効くらしい薬を渡されました。新薬の実験台かもしれないので、飲むかどうかは自己責任で判断してください」
「それは助かる。今日は一日、自力で歩けないほど酷い状態だ」
俺はサキさんに薬を渡して、調理場まで水を汲みに行った。
「味はせぬが臭いわい」
特に躊躇うこともなく、サキさんは薬を飲んだ。薬は茶色の粉末状で、繊維質の紙に包んである。
サキさんが飲み終わった薬の包み紙を臭ってみると確かに臭い。例えるなら腐った魚に下水を混ぜたようなニオイだ。俺は飲めそうにない。
今日はサキさんがエミリアに本の催促をしているようなので、俺は一人寂しく本を読み進めて適当に時間を潰している。
暫くすると自室に籠っていたユナが広間に下りてきたので夕食となった。
今日の夕食は中華粥のような感じだ。おかゆの上には千切りにした鶏と卵のそぼろを乗せて、ネギのような薬味を散らしてある。
熱々のおかゆでは、流石のサキさんも昼間のような食い方はできないだろうな。
「サキさん、風呂はどうするんだ?」
「女どもに入れて貰う訳にもいかぬから、今日の所はもう良いわい」
「……後で顔だけでも洗うか?」
「うむ」
夕食の後でサキさんを布団に移動させた俺とティナは、一人になりたい気分のユナに食後の片付けを任せて先に風呂場へ行った。
なんだか久しぶりに最初からティナと二人で風呂に入ったような気もするが、やはりティナは体を洗うのが遅い。このあとで髪も洗うんだから堪らない。
「後で入るユナが待ってるし、俺が洗うのを手伝ってやろう」
「え?」
俺はティナの後ろに回って背中を流した……のだが、あまりスピードアップに貢献していない気がしたので、他の部分も洗ってやることにした。
「きゃぁ! ちょっと、もう少しゆっくりして!」
「ええっ!? そんなに力は入れて無かったと思うけどなあ……」
俺は自分で洗うのと同じ加減のつもりだったが、擦りすぎらしい。
「このくらいかな? こんなんで垢が落ちるのか不安になるけど」
「んー、いい感じよ……」
俺はティナの後ろから腕を回しているせいで、背中から抱き付くような体勢になっている。指の先まで洗おうとすると、互いの体はどんどん密着してしまう。
ティナに指導されるがまま、俺は絹のような肌をした小さな体を撫でまわすように洗っている。
──これは、何とも言い難い背徳感があるな。
「………………」
「んっ!」
「あ、ごめん。痛かった?」
「ううん、大丈夫よ」
「…………」
ふう。
結局、俺が手を出したせいで普段よりも余計に時間が掛かってしまった。
しかし何か……何だろうこれは……もう男としての性欲は湧かないみたいだ。まあ、今まで感じていたのは生活習慣の名残りというか、依存症のようなものだったのかも。
流石に生理を二巡もしたらモノの感じ方が変わっても仕方がない。何せキンタマが無いしな。恐らく脳味噌も女の状態だろうし……。
「ティナが居てくれて良かった。もし俺一人だったら、心まで女に変わって行く自分が怖くて耐えられなかったかも知れない……」
「大丈夫よミナト、こっちに来て……」
俺は湯船に浸かったまま、ティナに抱っこされた。
何だか俺一人だけ癒されている感じもするが、ティナには不安とかないのだろうか?
すっかり長風呂になってしまった俺とティナが部屋に戻ると、ユナは一人で股に挟むやつを黙々と作っていた。
「悪い。ちょっと話してたら遅くなった」
「いいですよ。私もお風呂に行ってきますね」
ユナは作業を中断してパタパタと風呂場へ駆けて行く。
俺とティナは部屋のドアを開けっ放しにして涼んだあと、パジャマを着て広間に下りた。
暖炉前に敷いたサキさんの布団の回りには、心なしか本が増えているような気がする……いや、確実に増えている。
「暇だろうからとエミリアが持って来たのだ」
「そうか。歴史や神話以外の本もあるようだな。こっちは英雄譚か……」
今日一日で上半身を動かせるくらいに回復したサキさんは、自力で起き上がって本を読み漁っている。しかし背もたれがないのでキツそうだな。
サキさんをティナの浮遊魔法でソファーに移動させて、俺とティナもソファーで寛いでいると、風呂から上がったユナがバスタオル一枚の姿でいそいそと部屋に戻って行った。
「髪を乾かすついでにサキさんの歯磨きと洗顔するかあ」
俺とティナは空中にプカプカと浮かせたサキさんを連れて脱衣所まで移動した。
まずティナが髪を乾かしている間に、サキさんが顔を洗って歯を磨く。浮遊の魔法がコントロールを離れている間、サキさんを支えるのは俺の役目だ。
それが終わるとティナはサキさんを浮かせて一度ソファーまで移動し、そのまま焼却炉へ生ごみを燃やしに行く。
その間に俺は自分の髪を乾かして、入れ替わるように来たユナとドライヤーを交代。
俺が暖炉の前に自分の寝床を作ってから再び脱衣所に戻ると、ゴミ焼きを済ませたティナと髪を乾かし終えたユナがいたので、三人並んで歯を磨いた。
何という無駄のない動きだろう。こういう事の積み重ねが冒険でも役に立つと思いたい。
「ミナトさんは広間で寝るんですか?」
「自力で移動できんサキさんを朝まで放置するのは心配だからな。本当なら浮遊魔法が使えるティナが適任だと思うが、ティナまでダウンしたら打つ手がなくなる」
「すまぬ……」
その後俺たちは適当に時間を潰して、みんなでトイレに行ってから寝床に着いた。
ティナとユナは自室のベッドで寝ているので、暖炉前には俺とサキさんの二人きり。暖炉は俺の好みでゆるゆると火を焚いている。今日は何だか新鮮だな。
「サキさん起きとる?」
「うむ」
「サキさんて、心も体も男になってしまう自分に不安とかないのか?」
「ないの」
即答かよ。
「存分に鍛えて暴れて男湯を堪能し、好きなときにナニを弄る……毎日が夢のようだわい!」
「あっそう」
足が出ているサキさんの毛布をきれいに直して、俺は寝ることにした。
翌朝目が覚めると、俺の横で寝ているサキさんは股間の辺りに大きなテントを張っていた。俺は思わず溜息が出てしまったが、迫力があったので目が離せないでいる。
「おはようミナト……あら、まあ、まあ……」
ユナよりも早くに起きてきたティナは、口元を両手で覆いながら通り過ぎて行く。
俺は一度自分の部屋に戻って着替えをしてから、脱衣所で朝の支度をする。流石に一人では洗濯ができないので広間に戻ると、目を覚ましたサキさんがトイレを要求した。
「朝立ちが収まらんわい」
「いくらなんでも元気すぎるだろう。教育上よろしくないからユナが起きてくるまでに何とかしろよ」
「カルモア熱であろうか?」
「いやあ、モーリンが作った薬のせいじゃないのか?」
「うぬう……」
俺はティナを呼んでサキさんをトイレに連れて行った。
一晩経つとサキさんの状態も随分良くなったようで、立った状態のままなら自力でそれを維持できるくらいには回復している。
「朝立ちが収まらぬ。小便しづらいわい」
「それは病気だな。そこのハンドアックスで切除しよう」
サキさんがトイレを済ませて、浮遊魔法で浮いたまま朝の支度を終える頃、ようやくユナが起きてきた。
朝立ちが収まらないサキさんは、ズボンに大きなテントを張ったまま中腰の体勢で空中に浮かびつつ歯を磨いていたのだが、ユナは微妙に眉を動かしただけで見て見ぬふりをした。
そろそろエミリアがセルフ放置プレイを楽しんでいる頃だろう。サキさんの大迫力なテントを見せながら、こうなった原因を説明してもらおうじゃないか。