第11話「ティナさん怒る」
昼間のうちにカナンの町まで戻ってきた俺たちは、前回と同じ宿で部屋を取り、各々予備の服に着替えていた。
……いつまでも予備の服では変なので、普段着とでも言い直そうか。
銭湯に直行すると言うサキさんを捕まえると、それぞれの服と使った下着を集めて、物干し竿のロングスピアも一緒に抱えて洗い場へと向かう。
「サキさんはこの板に挟んで脱水してくれよ」
「うむ」
やはり男手があると脱水に掛かる時間は格段に短くなる。俺はリーダー権限でサキさんを脱水係に任命した。
「石鹸が無くなっちゃったわ」
「まじで? 早くないか?」
洗濯が終わったあとは、ぞろぞろと部屋に戻って飲み物を飲みながらこれからの予定を立てた。
手持ちの生活用品をひっくり返して足りないものを考えた結果、まずは三人で雑貨屋に向かい、買った荷物はサキさんが宿に運んで、そのまま銭湯なり何処へなりと自由にしてもらうことにした。
俺とティナはそのまま服屋に行って俺の服を買ったあと、適当に銭湯にも入って、夕飯時には部屋で合流しようという手筈になった。
町の商店が並ぶ一角にある雑貨屋に入ると、ティナの石鹸とは別に洗濯用の大きな石鹸を見つけたので、それぞれ二つ買った。
石鹸は思ったよりも高い。店の主人が言うには、普通は毎日服を石鹸で洗うなんてことはせず、汚れや臭いが気になるようになってから石鹸を使うものらしい。
「タオルの予備が何枚か欲しいわね」
「ほいほい」
「武器磨きの鹿革買って良いか?」
「いいとも」
意外と買う物は少なかった。他にもあれやこれやと欲しいものはあったが、やはり体格的な問題で持ち歩けなくなるのが怖くて買うに買えない。
持ち運べる荷物が少ないのは我がパーティーのアキレス腱となっている。
せっかくなので、俺はゴブリンの洞窟で拾った銀貨で支払うことにした。きれいに洗ったつもりだが、どうにも汚いような気がして早く使ってしまいたい。
「んー……お客さん、これは困りますよ」
「え?」
「どこで手に入れたか知らないけど、これは古い国の銀貨なんで今は扱えないんですよ」
「すみません。じゃあこっちの銀貨でお願いします……」
「王都の古物商あたりに持って行けば売れるから、そっちで処分するといいよ」
知らなかった。言われて気付いたが普通の銀貨とデザインが全然違うようだ。サイズや厚みも拾った銀貨の方が大きいと思う。
「では、わしは宿に戻る」
俺は銭湯と飲み物代をサキさんに手渡すと、予定通りここから別行動を取った。
服屋は先日ティナが買い物をしていた場所なので、そのまま案内されてたどり着く。
王都で利用した服屋よりも規模は小さいが、こっちの店の方が清潔感があって、置いてある服もカビ臭い感じがしなかった。
「ティナ選んで」
「いいわよ」
俺は良くわからんので丸投げした。前回はサキさんと同じような服を選んだが、荷馬車の中とか、色々と失敗した感じもあったので、もう任せることにした。
冒険中に着る服なのである程度しっかりしたものでないといけないのだが、使い勝手が悪いようだと困る。
ティナが選んできた服は、水色の袖なしミニワンピースと、同系色で合わせた丈の短い長袖のジャケットだった。
「ジャケットがしっかりしてるせいか結構カッコ良く見えるな……」
今は部屋着のハーフパンツだが、これに洗濯中の白いズボンを合わせるらしい。
やっぱり冒険者の服は防具を兼ねるので露出が無い方が好ましいのと、暑いときはジャケットとズボンを脱いでも服として問題なく成立するというのがティナの考えのようだ。
ジャケットとズボンを脱ぐと、ただのエロかわいい服になってしまうので簡単には脱ぎたくないが。
ティナも色々見て回っているようだし、俺は一人店の隅に置いてある姿見の前でジャケットとハーフパンツを脱いで、ワンピースのミニスカートをひらひらとさせてみた。
何となくティナの気持ちがわからんでもない気がしてきたが、これ以上やると戻ってこれなくなりそうなので早々にその場から立ち去ることにする。
「ティナまだー?」
俺は早く宿に戻りたかったのでティナを急かした。ティナは予備のタイツを選んでいるようだ。今持っている薄ピンクのエプロンドレスとショコラブラウンのタイツの他に、何か違う色のタイツが欲しいと言って、色々悩んだ末にダークレッドのやつに決めていた。
あと、毎回手拭い代わりにして放置されたら困ると言って、サキさんのインナーシャツを二枚買っていた。
ちなみにインナーシャツなんて二枚で銀貨12枚なのに、ティナのタイツはジャケットよりも高くて銀貨30枚もした。まあいいけど。
俺のミニワンピも銀貨80枚だったし……サキさんには内緒にしておこう。
俺とティナの二人は宿に戻って、銭湯に行く準備をしていた。服選びに三時間くらい掛かったはずだが、サキさんは部屋に居なかった。
「あいつまた銭湯で迷惑かけてんのかな?」
「そうなんじゃない?」
外は夕焼けの色に染まっていて、宿の隣の銭湯にも人の出入りが増えてきていた。
前回入ったときは早い時間と閉まる直前だったので誰も居なかったが、今日の銭湯はハードルが高そうだ。
カウンターで二人分の金を払って女湯に闖入するが、脱衣所も人が多くて困ってしまう。俺はドキドキしながら遠慮がちに服を脱いで、タオルで股を隠しながらティナの後ろにくっ付いて風呂場に入った。
「どうしよう? 女湯に入ってしまった……」
「そうよ」
俺はカラスの行水で一人になるのが嫌だったので、今日はティナの横で同じだけ時間を掛けて体を洗うことに決めた。
こんなにしっかり洗った事は生まれて一度もなかったが、ティナにはこれが普通のようだ。信じられないな。
俺は他の一般女性たちはどうなのかと前屈みでキョロキョロ観察してみたが、そもそも使いたい放題に石鹸を泡立てている人なんか俺たち以外に一人もいなかった。
基本的に垢すりが主流のようで、やはり石鹸は高価なので普段は使わないのだろうか?
俺とティナの所だけ石鹸の良い匂いが立ち込めている感じだ。
体を洗っている時間は、石鹸使いたい放題にもかかわらず、ティナの方が遅かった。
ずっと観察していて気付いたが、みんな髪を頭の上にまとめて、濡らしたりもしていない様子。それに引き換えティナの方は腰よりも長い髪を洗っているぶん無駄に時間が掛かっている。
俺たちが髪の毛キシキシ抜きの良くわからん液体で髪をすすいだ頃、知らない姉ちゃんたちに絡まれてしまった。
「あーあー! あたしらが毎日垢すりしてる隣でこんなに贅沢しちゃってさ。一体何処のお嬢ちゃんなんだろうねー」
文句があるなら直接言えば良いのに、わざと他の客にも聞こえるような声で嫌味を言ってきやがった。
この女の連れなのか、横に金魚のフンみたいにくっ付いてる仲間が四人くらいいて、ニヤニヤしているのとか、無表情で俯いているのとか、観察しているとグループの力関係がわかる感じだ。
「あんたらの事言ってんのよ! 澄ましてんじゃないよ!」
俺たちが無視しているのが気に食わなかったのか、絡んで来たリーダー格の女……10代後半だと思うが、風呂から腕を伸ばして、洗い場の俺の足首あたりをガッと掴んできた。
俺は男のプライドに掛けてこのアマぶん殴ってやると一瞬頭に血がのぼったが、足首を掴む女の握力が強かったので喧嘩して負けるのが怖くなり、ティナの腕に抱き付いた。
それを見て調子付いたのか女の手に力がこもる。
自分から絡んでおいて相手の出方が気に入らなかったら益々腹を立ててくる、頭の悪い人間のパターンそのものだ。
俺ができもしない喧嘩シミュレーションを頭の中で巡らせていると、絞ったタオルで髪をまとめ終えたティナが風呂桶の角でその女の顔をぶん殴っていた。
かなり良い音がした。
「た……あた……はぅ、う……う……」
絡んで来た女は俺の足から手を離すと、顔を押さえて泣き出してしまった。金魚のフンたちはショックで固まったまま、ティナを見上げている。
「女の子の足にアザでも残ったらどうするのよ」
「……は……うぅ……かお……」
風呂桶の角で顔パンかまして凄いことを言うティナに突っ込みたかったが、相手の方が泣きながら先に突っ込んだ。
ティナは俺の足首を確認して、ちょっと赤くなっている部分をやさしく撫でたあと、もう一回風呂桶の角で女をぶん殴った。
……まじ容赦ねえ。
「もういいわ。出ましょ」
「お。おう……」
結局俺たちは湯船には浸かることなく風呂場を後にした。
脱衣所で体を拭いて服を着ていると、後から出てきた女が数人こっちに歩いてきて、スッキリしましたとか言ってきた。
どうやら気の弱そうな子を見ると難癖つけて騒ぎを起こす女だったようだ。
名前を聞かれたので、俺はさり気なく何かあったらニートブレイカーズへと営業もしておいた。あと、怒ったティナさんは怖いです。
日はすっかり沈んで、俺たちが宿の部屋に戻るとサキさんも戻っていた。
「今日は早いじゃないか」
「いつまでも風呂に居座るなと追い出されてしまったのだ」
こっちはこっちで迷惑な客だったようだ。俺はサキさんに今日の風呂場での出来事を伝えると、いるいると言って笑い転げた。
今晩は部屋で食事を取らずに、カナンの町の冒険者の宿へ向かった。
古い銀貨の買い取りとか、日本人の鍛冶職人とか、どちらにしろ一度王都に戻りたいので、オルステインまでの護衛依頼でもないかと思ったのだ。
「晩飯も頼みたいのだが、明日の朝オルステインまでの護衛の仕事はなかろうか?」
「護衛依頼か、それなら……行商人の依頼があるな。明日の朝出発で王都オルステインまで、報酬は銀貨1000枚。ただし積み荷が高価なので相応の実力を希望している」
「わしはホブゴブリン程度ならこのダガーで倒せる実力であるが、足りぬか?」
「……それなら問題ない。受けるならこの依頼書にサインを。あと飯の注文も聞こう」
「適当に、握ってくれい」
なるほどな。実績があると依頼を受けるときの目安にもなるのか。特に証拠は無いが本人がそうだと言えば、それで一度は話が通るようだ。
俺は依頼書の受注者欄に、ニートブレイカーズ……ミナトと自分の名前を書き込んだ。
今日の晩飯は、鶏肉のような味の細長い肉と野菜を炒めた物と、クリームシチューに硬いパンが二本付いて来た。ちぎったパンをシチューに漬けて食べるんだそうだ。
晩飯を終えて部屋に戻ってきた俺たちは、使った下着を集めて今晩のうちに洗濯した。
下着の洗濯は俺とティナでやったが、新しく買った石鹸が大きすぎて使いにくい事がわかり、サキさんのダガーで四つに切ってもらった。