第117話「堅実な買い物」
魔法の装備品を揃えるか否か、決めかねたシオンは俺に意見を求めてきた。
溶けて失ったのはシオンの片手剣と金属盾、ハルの短剣の三つだったな。三つ全てを魔道具にするのは流石に金が掛かり過ぎるだろう……。
「微妙な魔法しか掛かってないような魔道具を三つも買うよりは、予算をシオンのメイン武器に注ぎ込んで、金属盾とハルの短剣は普通の物を買い直すのがいいだろう」
「ちえーっ、シオンだけ魔剣とかズッルー!」
ハルが子供のようなことを言い始めた。
「ユナが見付けてきた穴場の魔道具屋もあるけど、暇なら行ってみる?」
「本当かい? ミナトさえ良ければ是非頼むよ」
俺は一度家に帰ってから白髪天狗にリヤカーを繋いで、再び冒険者の宿まで移動した。
「おいミナトー。このリヤカー狭すぎて二人じゃキツい」
「あ、やっぱり?」
シオンとハルがリヤカーに乗ると、互いの肩がぶつかり合って辛そうだった。
「どちらか一人が俺の後ろに乗ればいいんじゃないか?」
「じゃあ俺がリヤカー乗るから、シオンが移れよ」
「ええっ!?」
ハルはリヤカーの真ん中で大股を開いてしまったので、シオンは渋々俺の後ろに跨った。
「後ろは掴む所ないから、俺に掴まっておくしかないぞ?」
「でも……えっと……」
「何してんだよ? ほら!」
「あっ……」
俺はシオンの手を強引に掴んで自分の腰に回した。シオンは特に抵抗しなかったが、なかなか俺の体を掴もうとしない。
もしかして恥ずかしがってんのか? しょうがない奴だなあ……。
仕方がないので俺はシオンの手を上から押さえて自分の腹に押し付けたのだが、シオンの大きな手の甲に重ねた俺の手は、指の太さも手の大きさも肌の質感もまるで違う……。
俺は自分の小さな手が変に思われていないか不安に感じたが、色々考えているうちに何だか急に恥ずかしくなった。
「ミナト、あの……」
「うん……?」
『………………』
俺はどうしたらいいのかわからなくなって、シオンも黙ったまま……。
「行けシオン! そのまま抱き付いてチューしろっ!!」
「うるせえ糸目金髪!!」
小学生みたいな野次を飛ばしてきた馬鹿ハルを怒鳴りつけた俺は、わざと道が悪そうな路地を選びながら穴場の魔道具屋まで馬を走らせた。
穴場の魔道具屋は、俺たちがホームにしている冒険者の宿から見ると王都の真反対にあるので、馬を使っても時間の掛かる距離にある。
「これはまた……何と言うか、凄い店だね」
「きったねー店だな。いかにもって感じがするぜ」
相変わらず黒ずんで店の名前さえ読めなくなった看板を避けて扉を開けると、相変わらず店内だけは不自然に明るい。店のカウンターには浮浪者のような主人もいる。
「ここは棚の奥や下に商品が投げっ放しになってることもあるから、掘り出し物を探せるかは本人次第な感じの店だ。俺も適当に見て回るから、何かあったら呼んでくれ」
「ああ、わかった」
「いいな。宝探しみたいで腕が鳴るぜ」
シオンは棚の物を、ハルは棚に出ていない隠れた物をという感じで、手分けして探し始めたようだ。
俺も適当に魔道具を見て回る。前回よりも商品が増えているようだな。
「お前さん、解放の駒あるけど要るかい?」
「入荷されたのか? 全部買おう」
「相変わらず物好きだね……」
前回聞いた時のことを覚えていてくれた主人は、目の前に解放の駒が入った箱を二箱積み上げた。一箱八個入りだから……全部で銀貨8000枚か。
「銀貨7000枚でいいよ。お前さんが全部買ってくれるからね、まけておくよ」
「サービスしてくれるのか、ありがとう!」
もうすっかり顔を覚えられたな。恐らく「解放の駒の人」で……。
「前回、障壁の腕輪を買ったんだけど、同じようなのはないのか? 障壁で敵の攻撃を受け止めたら壊れてしまったんだが」
「もう壊れたのかい? ツイてないね……」
「だなあ。でも空間固定の障壁は良かったぞ。どれだけ相手の攻撃が強くても吹き飛ばされないで済んだ」
「ああいう効果は一番人気が無いんだけどねえ。やっぱり物好きだよ、アンタは」
「うーん……」
俺は似たような魔道具がないか探したが、今日の所は見つからなかった。
シオンとハルの方は、片手剣三本と小型の盾と中型の盾、それから短剣を五本見つけたようだ。ハルが遠慮なしに在庫を引っ掻き回した結果らしい。
「特殊効果が付くと値段が高いな。小さい盾には衝撃軽減の効果があるのか」
「僕は盾で押し返しながら攻撃するから中型の盾を選ぶよ。特別な効果はないけど、普通の盾よりも強度があるみたいだ。やはり魔法の装備は違うんだな……」
シオンが選ばなかった小さい盾をユナ用に買うか悩んだが、盾を持ったら弓が使えないことに気が付いてやめた。やっぱり障壁の腕輪が欲しいところだ。
「剣の方はどれも追加効果はなしかあ」
シオンは刃が角錐状になったブロードソードを選んでいる。盾で払いながら刺突をメインに戦うので、シオンにとっては理想の形状らしい。
「こういう形の刃は普通の剣だとすぐに折れるんだ。この繊細な剣先が折れないだけでも僕にとっては特殊効果になるよ」
「なるほど。壊れないことを利用すれば、普通の武器では無理な戦い方もできるよな」
「そうだね。実は溶けた剣も含めて、既に三本折ってるから、これはありがたいよ」
俺はまだシオンが戦う姿を見たことがないけど、これは何と言うか、サキさんに負けず劣らずのような気がしてきたぞ。無茶振りな意味で──。
ハルの方はリトナ村で一緒に戦ったから知ってる。普段はお調子者なのに、思った以上に慎重で実力もあるので危なげなく戦闘を任せられた。
「うーん、あー、うー、ど~すっかなあー」
ハルは二本の短剣を並べて唸っている。五本から二本にまで絞ったが、どうしても一本に決められないらしい。
「なんで迷ってるのか知らんけど、もう二本とも買えば?」
「僕の方は済んだから、先に会計を済ませておくよ?」
「あ、きったねえ! おいミナトー、こっちも見てくれよお」
ハルは短剣を両手に持って、俺の手前に突き付けてきた。
短剣なのでダガーよりは大きな武器だ。片方は刀身が少し湾曲した両刃の短剣で、特殊効果を使うと剣自体が透明になるようだ……地味に凄いな。
「名前があるんだ……魔剣キラーファントム、銀貨1万7000枚。効果のわりに安いな」
「透明になるだけで他に特徴は無いっぽいぜ」
実際にハルが透明化させると、商品の説明と価格を書いたカードだけが宙に浮いているように見えた。ファントムの名は伊達じゃないな。
もう一本の短剣は、見た目は直刀両刃のショートソードだ。
こっちの短剣にも特殊効果がある。ハルが適当に剣先を動かすと、剣先が動いた軌道に光の線が描かれた。航空ショーの煙幕がネオン管のように光っている感じだ。
「こっちは魔剣ラインアートか。随分ファンシーな効果だなあ。おうっ!? 光の色も変えられるのか……ティナが見たら喜びそうな効果だ」
「女はすぐそっちに行く……これを使われたら相手は目障りで仕方ないだろうぜ」
ちょっとむかついたが、確かにこんな武器を使われたら気が散って仕方がないだろう。
「玄人や人間並みに知能が高い相手ならキラーファントムなんだけどなー」
「素人や動物並みの知能ならラインアートで気を逸らせそうだな。これは悩む……」
「だろ?」
「じゃあ両方買えば? 明確な目的があるなら買っていいと思う」
「結局それかよー! シオン、そっちは合計でいくらだ?」
シオンは慌てて会計を済ませて、剣が銀貨1万1000枚、盾が銀貨7600枚だと言った。合計で銀貨1万8600枚のようだ。
「ミナトのお陰で随分安く済んだよ。魔剣だけでも銀貨3万枚を覚悟していたからね」
おおっと、ハルの買い物で自分の装備が取り止めになるのを恐れたシオンは、俺がハルの相手をしている隙に会計を済ませてしまったらしい。意外と策士じゃないか。
キラーファントムが銀貨1万7000枚、ラインアートが銀貨6300枚、ハルは随分悩んだ挙句に両方買った。てか良くそんな金があったな。
「ハルのせいで冬の蓄えが吹き飛んでしまった」
「また稼げばいいじゃんか」
魔道具の店を出てから、二人は肘の突き合いをして遊んでいる。かなりの戦力強化になったはずだから、この二人ならすぐに元を取るだろう。
それにしても、銀貨4万2000枚程度でこれだけの魔法の装備が手に入るのか……。
俺は自分たちのパーティーが買った魔道具と金額を思い出してため息を付いた。本来、冒険者というのはシオンやハルみたいな買い物をするのが普通だよなあ。
今日は何気なく付き合った買い物だったけど、疑似的に冒険者らしい買い物ができて今後の参考になった気がする。
俺とシオンとハルは、帰りの道中をのんびりと移動しながら宿に戻って、そこで別れた。
二人はすぐにでも受けられるような依頼を探すらしい。
蒸発した財布の中身を満たしたいのが半分、新しい装備を試したいのが半分といった感じで、張り切って宿の掲示板に向かって行った。
さて、俺も家に帰るか……最近は日が暮れるのも大分早くなった気がするなあ。