第115話「みんなの肩書き」
俺が家計簿をつけ終わって作り置きのお茶を飲んでいると、真新しいフライパンを買ってきたティナが帰ってきた。
「ただいまミナト。一人で洗濯しててくれたのね」
「うん!」
俺はティナに自分の頭を撫でて貰った。
「あれ?」
「どうしたの?」
ティナが付けていたのは赤いリボンだったはずだが、今見ると俺の髪と同じ水色になっている。
俺がそのことを伝えると、ティナは脱衣所に新しく置いた鏡の所へ確認しに行った。
「……本当に変わっていたわ。マラデクの町で買った魔法のリボンだけど、身に付けているとその場の気分で変わるみたいね。ちなみに朝は黄色だったのよ」
そう言ってティナは、再び黄色に戻したリボンを俺に見せつけた。
「まあ変な柄にならなければ大丈夫かなあ」
俺はエミリアの超リアルなゲロ柄を思い出してしまった。あれは最悪だった。なまじ正確なイメージが要求される魔術師の記憶が投影されたので始末が悪い。
「このリボン、文字や写真が投影できるかも」
「じゃあ何か思い浮かべてみるわ……」
ティナのリボンを見ていると、日本語で ミ ナ ト は か わ い い の文字が浮かんだ。もう、恥ずかしいなあ……。
「やっぱり文字も投影できるみたいだぞ」
「これは変なことを考えるとイメージで筒抜けになっちゃいそうね」
長くてヒラヒラした絹の布だから髪を縛るリボンだと勝手に思い込んでいたが、実は思いっきり用途が違うのかも知れない。
俺とティナは魔法のリボンに文字や絵柄を投影して遊んでいたが、俺たちなら光の魔法で直接空間に投影できるという話になって、今は二人で光の魔法を練習している。
「花火だって出せるんだからな。なんでもっと早く気付かなかったんだろう」
「見て。私が二人になったわ」
「分身の術だと!? じゃあ俺は箱を出して中に隠れる!」
「箱からスカートの裾が飛び出してるわよ」
「うーん……偽りの指輪だと集中してる間しか幻影を出せないから、一瞬で相手を幻惑させるような戦法しか取れないだろうな」
こういうのはユナに聞くのが一番かな? 俺たちでは思いつかないようなえげつない使い方をいっぱい考えそうで怖いけど……。
「どんな服が似合うかイメージする時に使えるかも」
ティナは俺の分身を投影して、バニースーツや体操着やメイド服を着せて遊び始めた。
しかも無駄に可愛くて恥ずかしいポーズを取らせたりと、やりたい放題だ。
「やめてください。最近は女の子の生活にも慣れてきたけど心が折れる」
「かわいいと思うのに……」
俺とティナが光の魔法で遊んでいると、ユナとサキさんも帰ってきた。
俺たちは暖炉の手前に置いたソファに座って、帰ってきた二人の報告を聞いていた。
「それでナカミチさんに渡したら、物凄いテンションで……」
「喜んでくれたか。それは良かったなあ……」
………………。
「今日はこれからどうするのだ?」
「今日はゆっくりして冒険と旅の疲れを癒そう」
「ではミシンの続きでもやるわい」
サキさんがミシンを始めたので、空いた一人掛けのソファーに移動したティナは、ユナと将棋を打ち始めた。
「今回の冒険で反省したんだが、俺たちも冒険者として自分が何をしているのかを明確に名乗れるように決めておかないか?」
「魔法が使えることを明かすんですか?」
ユナが駒を指す手を止めた。
「ただの自己紹介なら今まで通りでいいけど、依頼主に名乗るときは明言したい。困っている相手に不信感を抱かせるようでは問題かなと思った」
「確かにの。依頼人からすれば見た目や肩書きで強さが伝わってくる方が心強いであろう」
「見た目に強そうなのはサキさんしか居ないものね」
「昨晩のヨシアキみたいに、敵を油断させる目的なら弱そうなイメージが武器になるんだけど、油断させるのは敵だけで十分だからな」
「では、わしは最初に宣言した通り『ホモ侍』として初志貫徹いたす」
サキさんはミシンの椅子から立ち上がって宣言した。こいつは見た目が重武装の戦士だから何を口走っても強そうな感じに聞こえてしまうのが悔しい。
「私は『魔術師』になるのかしら?」
「そうして欲しい。あの威力の魔法の矢を好きなだけ生成できるなんてことがバレるよりは、魔法で頑張ってます的な話にしておきたいからな」
「一番気になってた部分ですよ。知れ渡ると争いの火種になりそうですし……王手」
将棋が下手くそなティナとの対戦を引き延ばそうか迷い駒をしていたユナは、対戦を終了させる一手を選んだ。俺はユナが納得したんだと解釈する。
「ティナが魔術師だと、俺は偽りの魔術師か? もう少し何とかしたいところだ」
「そうですね……さしずめ『精霊術師』でいいと思います」
精霊術師か……なるほど、悪くないな。相手に意味が通じるかは不明だが、魔術師の親戚くらいのイメージとしてなら伝わるだろう。
「私だと弓使いですか? 最近はサキさんに負けっ放しなので、ホモ侍より格下の弓使いだと抵抗がありますね……」
「ユナは『参謀』よね」
「紛うことなく『軍師』だの」
「え?」
「ああそうか、どう考えてもパーティーの中で一番頭の出来がいいのは確かだな……」
少しの間沈黙が流れる。各々勝手な想像を膨らませているのだろう。俺も色々想像した。
「……ところで参謀とか軍師って何をする人なんですか?」
「作戦を練って指揮官に実行させる感じかしら?」
「それだと指揮官は参謀の使いっ走りだな」
「普段のミナトとユナは殿様と軍師そのものであるが……」
「うーん……何となくですが理解しました。でも四人しか居ないのに参謀とか軍師を名乗るのは痛ましいにも程があります。もっと別の言い方を考えてください」
「そうねえ……賢者とか、学者とか……」
「もう学校とは無縁だし『賢者』でいいだろう。既に十分賢いからな」
「あまり自分の口から言いたくない肩書きなので『暫定賢者』でもいいですか?」
俺が精霊術師、ティナは魔術師、ユナが暫定賢者で、サキさんは……ホモ戦士だっけ?
これで次の冒険からは依頼主にも胸を張って自己紹介ができるぞ。何はともあれ、今まであやふやだった部分がはっきりしたのは良い事だと思う。
ティナは夕食の準備をしに調理場へ移動してしまい、サキさんは相変わらずミシンをしているので、俺とユナは光の魔法について話し合っていた。
「自分たちの脱出ルートに落とし穴を掘って幻影の地面を出しておいたり、飛び移らないといけない場所に幻影の橋桁を出しておけば相手の追跡を妨害できますね」
「罠的な使い方だと持続魔法が使えるティナに任せるしかないな」
「段差のある所に幻影の段差を一段追加しておくのも効きますよ。相手が躓いたら即座に幻影を消すんです。相手は足を挫いた痛みでそれどころではないですから、地味ですが気付かれる可能性は低いと思います」
「そういう使い方なら俺の集中魔法でも大丈夫だな……」
「他にも行き止まりを作ったり……でもこういうのは原始的な使い方ですよね」
流石はユナだ。幻影魔法の有効な使い方をいくらでも提案してくれる。
「例えば戦闘中に分身の術は有効だろうか? ティナがやっていたんだが……」
「分身を使うくらい相手に接近された時点で力負けしそうなので、別の方法を考えた方がいいと思います。例えば相手側に向けて弓を引いている戦士の幻影を物陰から覗かせるだけでも相当優位に立てるはずです」
「心理戦の様相を呈してきたな……」
「幻影や幻惑は心理戦ですよ?」
確かにそうだと思うが、ハッタリが苦手な俺には正直難しい。
「他に何か瞬間的に効果の出る方法はないだろうか?」
「光の精霊力を一気に解放すれば失明レベルのフラッシュになるんじゃないでしょうか?」
「下手に小細工をするよりも効果がありそうだな」
「そうですね。でも人質を取られていたり、交渉が前提になる場合は使えないです」
なるほどなあ。光の魔法一つでも色んなシーンで使えそうだな。特にフラッシュ攻撃は弓の開幕射撃と並んで奇襲戦法の一角を担いそうだ。
ユナと話し込んでいたので気付かなかったが、いつの間にか湧いて出たエミリアが一人放置プレイを楽しんでいたので、俺はテーブルの席に移動した。
「巨大ミミズのサンプルは何に使ったんだ?」
「主に薬として使えないかの研究ですね。こういうのは導師モーリンのチームが担当しているんです。薬学に関してはあの人が学院のトップですから」
「へええ……」
そんなに偉い人がエミリアの部屋掃除に付き合わされていたのか。あの無駄でしかない時間は、学院にとって物凄い損失だったんじゃないかと思う。
「今日から俺は精霊術師を名乗ろうと思うんだが、そういう肩書きはあるのか?」
「ありますよ」
「既にあったのか」
「別系統の魔法なので魔術学院に精霊術師は居ませんけど、精霊と対話ができたり、私は見たことが無いのですが、強力な精霊を具現化して使役するような術者もいるとか……」
精霊術師は魔術師の下位互換みたいなイメージを持っていたが、エミリアの話を聞く限りでは、別系統どころの騒ぎでは済まないくらいに強そうだ。
「精霊力しか扱えないから精霊術師だなんて安易に考えていたんだが……まだまだ知らないことが多いなあ」
「偽りの指輪は古代の魔術師が作った魔道具ですから、やはり魔術師ですよ。魔術師の場合は無理やり精霊力を行使していますから、精霊術師から見れば邪道に映ると思います」
ううむ。精霊術師から見ると魔術師の存在はあまり良い気分ではないのか……。
「同じ精霊力でも力に対するアプローチが違うみたいだな。ここは無難に『見習い魔術師』という立場を取っておこう」
「それが良いと思います」
……ティナが夕食を運んできたので、ユナとサキさんもテーブルに集まった。
今日の夕食はナスと挽肉の煮物と、たけのこの吸い物だ。吸い物には桜の形に切ったニンジンやらハーブが添えられてあり、見た目にも拘ってあるようだ。
マラデクの町では馴染み深い野菜の数々が存在することを知ったので、フライパンを買うついでに仕入れて来たのだろう。
「流石だ。マラデクの食堂より味付けが美味いな」
「吸い物足らんからドンブリに入れてくるわい」
サキさんにとっては料理の見た目なんかどうでも良いらしい……。
俺たちが食後の一息を入れているとサキさんが銭湯に出かけたので、俺たちも風呂に入ることにした。
……今日はただの風呂ではない。エミリアにコロコロの洗礼を与えることになっているから時間が掛かりそうだ。
俺は三人を先に風呂に入らせてから、食後の後片付けをして風呂場に向かった。