第113話「つるつる三姉妹の罠」
風呂に入って体を洗おうとした俺たちだが、エミリアは掛け湯だけをして湯船に浸かろうとした。
「待て。体は洗わんでいいのか?」
「何を言っているんですか? 限られた時間は有効に活用しないと勿体ないですよ?」
俺はエミリアを風呂椅子に座らせて、ちゃんと洗うように指導した。
まさか俺が他人にこんな指導をする日がくるなんて思ってもみなかったことだ。
「股もちゃんと洗えよ。そうしないと股にカビが生えるらしいぞ」
「はい……」
エミリアは自分の股をゴシゴシと洗っている。痒いのだろうか?
結局俺が一人でエミリアを指導していたので、自分が洗い終わったのはユナとティナよりも後になった。
「みなさんは毎日こんなことをしているんですか?」
「エミリアの家ではやらないの?」
「やるから家にはあまり帰りたくないんです。洗濯物を持って帰るたびに入浴させられるのですが、最近は洗濯かごのせいで数日おきに家に帰るし大変です」
嫁入り前の娘がこれでは、エミリアの親は泣いているぞ。
「マニア向けの体で女子力が低いと変態のオッサンと結婚させられそうだ……」
「そのマニア向けっていうのやめてください!!」
エミリアは湯船の中でおっぱいを振り回しながら抗議した。いやあ……何と言うか普通の人が引いてしまうくらいの大きさが暴れると水面も波立つ。
「あの……私のおっぱいはもういいですから、それよりも一つ気になることが……」
「なんだよ?」
「ティナさんはともかく、ミナトさんはどうしてその……下の毛が生えていないのかと」
うー! それを聞かれると弱い。すっかりつるつるが普通になっていたが、やっぱり傍から見ると変なのかーっ!?
「全部抜いたんです。私も抜きました! 首から下は一本も生えていません!!」
ユナはエミリアの目の前に立って堂々と答えた。
「そ、そうなんですか!?」
「これで下の毛の色を聞かれても平気です。なにせ生えてないんですから!」
ユナは地毛が金髪だから、日本の中学校でチン毛の色を聞かれたりした経験があるのかも。
つるつるにしてから随分明るくなったからなあ……。
それを考えると俺の地毛なんて水色だから、チン毛があると最悪に不自然だった。
「やっぱりチン毛なんて無い方がいいな、うん!」
「そうですよね」
「私なんて最初から白髪みたいになるところだったわ」
つるつる三姉妹の結束は思った以上に固かった。
「な、何だか私も下の毛があるといけないような気がしてきました……」
「今まで黙ってたけど、エミリアはパンツの上も横も豪快に毛が生えているから女としては完全にアウト・オブ・アウトだ。その胸でパンツの回りが毛むくじゃらとか、もう完全にド変態の上級者向きだろう」
オバン臭いパンツの時は腹まで隠れていて大丈夫だったんだが、最近履いてる可愛いやつは股が浅いので、生地の無い部分にもいっぱい毛が生えていて本当に痛ましい。
「ミナトさんはどうやってつるつるにしたんですか? 私もつるつるがいいです!」
エミリアはすがるような目をして俺に助けを求めてきた。
「家に帰ったらつるつるになる魔道具があるから、それを使うといい。それから、なるべく毎日風呂に入るように気を付けていれば変態や上級者に目を付けられなくなるぞ」
「わかりました!!」
……いいんだろうかこれで?
随分長風呂になってしまったので、俺たちは風呂から上がった。
脱衣所で涼んでから服を着た俺たちは、エミリアを連れて荷馬車のドライヤーを使っていた。
「モロハ村でも使っていた温風の出る機械ですよね。髪を乾かすのに使うんですね」
「エミリアはいつもどうやって乾かしていたんだ?」
「勝手に乾くまで放置ですよ。髪が絡んだ時は家に帰って梳いてもらいます」
エミリアくらいの魔術師でもドライヤーの発想はないんだな。
俺たちが髪を乾かしているとサキさんも髪を乾かしにきたので、全員乾かし終わってから飯を食うことにした。
「マラデクの町でしか食べられない料理とかはないのかな?」
「この周辺は水が豊富なので野菜全般が特産みたいですよ。王都に並ぶ野菜も大半がここから運ばれてくるみたいですし」
「そうなのか」
「アーケードから外れますけど、地元の人しか知らない古い食堂があるんです」
「よし、行ってみるか」
そんなに遠くない場所なので、俺たちは歩いて食堂に向かうことにした。
宿を出てからアーケードを横切って暗い路地を少し歩くと、それまで小奇麗だった建物の様子が一変し、辺りは下町風情溢れる古びた情景に変わってきた。
「たぶんここですよ」
古い民家に囲まれた一角にある小さな食堂に入ると、外から見たイメージよりも広かった。店舗の手前と奥で部屋の作りが違うから増築したのかも……。
まだ夕食時には少し早い時間もあって客はまばらだが、見るからに地元の人間ばかりのようで、その大半が酒を囲んで世間話をしている。
俺たちは適当な席に座って、注文を取りに来たオバチャンに適当な飯を頼んだ。
「宿の浴場はどうだった?」
「実に大浴場であったわい。広さの割に人が居らぬものだから、あれはあれで困る」
「男湯は大浴場なのか。こっちは普通だったけどな」
俺たちは俺たちで雑談していると、テーブルの上にはやがて注文した料理が届き始める。
出てきた料理は適当に全員でつつきながら食べている感じだ。
「本当に野菜料理がメインなのね」
「カナンとは真逆だな」
野菜料理は焼いたり蒸したり煮込んだりとバリエーションも豊富だ。ちなみにこの食堂ではパンではなく麦粥が出た。
「ゴボウに里芋に……馴染み深い食材も探せばあるんだな」
「私たちが探し切れなかっただけみたいね」
「……そろそろ混み始めたみたいですよ」
もう少しゆっくりして行きたかったのだが、みるみるうちに人が増えてきたので俺たちは追加注文をせずに店を出ることにした。
「ちいと少なかったの」
「十分に食っただろ? 明日は朝一で出発する予定だから早く寝るぞ」
名残り惜しそうに食堂を見るサキさんの腕を引っ張って、俺たちは元来た道を引き返した。本当ならぼちぼち酒を注文し始めるタイミングだったのだろう。
エミリアまでゴネ始めたらどうしようかと思ったが、昨日の事が堪えているのか今日は大人しくしているようだ。この女がゴネ始めると面倒臭いので今は助かった。
宿に戻った俺たちは、五人並んで歯磨きをしたあと各自の部屋に戻って寝た。
翌朝、日の出よりも随分早くに目が覚めてしまった俺たちは、大部屋に集まっていた。
サキさんとエミリアは荷物もまとめて、いつでも出発できる状態だ。
「いくらなんでも早く寝すぎてしまったなあ……」
「どうするのだ?」
「とりあえず朝の準備をしに洗面所まで行こう。そうしている間に酒場も仕込みを始めるだろうから軽めの朝食を取って出発すればいい」
「部屋を引き払う時にカウンターでクリーニングした服を受け取らないといけないわよ」
「そうだった。忘れずに引き取ろう」
俺たちは早朝の酒場で軽い食事をしてから、宿を引き払って荷馬車の準備を始める。
「…………うん。いいわね。ちゃんと臭いが取れてるわ」
荷馬車の中で出発を待っているティナは、クリーニングの終わった服をチェックしていたが、臭いも汚れもしっかり取れているようだ。
やはりプロの仕事は違うようだな。何せ俺たちは洗濯板なんて馴染みが無くなった世界から来たものだから、今やってる方法が正しいのかもわかってないのだ。
「いいぞ。出発しよう!」
サキさんが荷馬車の後ろから飛び乗ったのを確認して、俺は馬車を走らせた。
マラデクの町を出て湿地帯に差し掛かった頃、ようやく俺たちの後ろから太陽が見え始めた。
この街道は湿地帯を突っ切るように整備された場所がいくつか存在するらしいので、先日の雨でぬかるんだ場所は避ける必要がある。
ここで日の光が差してくれたのは非常に有り難い。
「前回よりも随分早いペースですよね」
「前回はワイバーンと一戦してから出発したからな。この調子だと夜には王都に到着する計算になるのか?」
「王都マラデク間は、王都カナン間よりも距離が短いので、急げば一日で移動することもできますよ」
「何? そうだったのか……」
「はい。それなりに疲れるとは思いますが……」
「馬が可哀想だし、普段通りに行きましょう」
俺はティナに言われた通り、なるべく普段通りのペースで歩を進めた。
街道の景色を眺めていると、これからマラデクの町に向かう荷馬車とすれ違う事もある。
時間と距離から考えて、近くの村から出てきたのだろう。
「平和なもんだ。とても危険なモンスターがうろついてる世界とは思えんよな」
「そうだの」
「オルステイン王国は討伐に力を入れていますからね。他所の国だと軍隊の護衛付きでしか生活圏から出られないような場所もあるそうですよ」
「怖いわね……」
途中のイゴン村に差し掛かったのは、荷馬車の後ろでサキさんとエミリアが酒を飲み始めた頃だ。
「半分くらいまで来たなあ。この調子で行けば夜には帰れそうだ」
「今日は少し遅くなりそうですね」
「晩飯はどうするのだ?」
「冒険者の宿に寄ることになるからそこで食おう。報酬だけ受け取ってそのまま帰ったら、いくらなんでも感じが悪い」
「そうだの」
俺はユナに御者を任せて、すっかり出来上がった酒飲みコンビを弄りながら時間を潰した。