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第109話「さらばモロハ村」

 村に戻った俺たちは、サドランを筆頭に小隊からの歓迎を受けている。


「君らの戦い振りを見せて貰ったが、巨大ミミズがあそこまでの難敵だとは思いもせなんだ……小隊を代表して礼を言わせて貰う」

「いえ……まさか俺たちもあんなにしぶといとは思っていませんでした。ところで、討伐のチャンスとか言って超余裕なイメージを植え付けてくださったエミリアはどこに消えたんだ?」

「エミリア様ならクソガキどもの所へ明かりを付けに行かれたが……フェルフィナ家の令嬢だとは知らず、随分無礼な物言いをしてしまった」


 お守りの貴族をクソガキ呼ばわりするのにエミリアは様付けかよ。実は相当な家柄なんだろうか?

 でも魔術学院の関係者はそんなこと微塵も気にしてなさそうなんだよな。ジャックなんてゴミリア呼ばわりしていたくらいだからな。この辺がいまいちわからない所だ。



「それはそうと、熱風の被害は大丈夫だったかな?」

「かなりの熱気で驚いたが、燃えるほどではなかったぞ」

「それなら一安心だ。何せ被害を出すなという依頼だったからな」


 俺がサドランに巨大ミミズの討伐完了を耳打ちすると、今晩は全員解散となった。






 キャンプスペースに戻って来た俺たちは、大急ぎで湯を沸かしていた。ちょっと汚れるくらいは覚悟していたが、頭から泥水を被ることになろうとは思ってもいなかった。


「下着までは浸みてなさそうだけど、ミナトの言う通り最悪ね」

「靴の中もぐちゃぐちゃですよお……」


 戦闘の興奮は何処へやら、ユナは靴を逆さにして本気でへこんでいる。俺はもうとっくにへこんでいる。何せ替えの靴なんて持って来ていないのだ。

 しかもここは廃村で、一番近いマラデクの町までは一泊二日の距離だ。泣きたくなる。


「仮に水洗いできても革靴だと一週間は乾かさないといけないわよ。どうすればいいのかしら?」

「うーん……」


 俺は荷馬車の陰になった所で、全裸のサキさんに水鉄砲を浴びせていた。こいつは冷水でも構わんと言うので手間が掛からなくて助かる。

 今更こいつのチンチンが少し見えた所で何てことないので、湯を沸かしているティナとユナに隠れてやりたい放題している。


「わしの方はもう良い」


 サキさんは全裸のまま荷馬車の後ろから入ろうとして、ティナとユナとエミリアの三人にチンチンを見られた。

 ティナとユナは大たらいに湯を貯めながら目を背けてため息を付いたが、エミリアは食い入るように見た挙句その場で卒倒したので暫く放って置くことにする。



「やっぱりヘドロみたいな臭いするよなあ……」

「まだまだお湯沸かしてるから、しっかり洗わないとダメよ」


 ティナは闇の魔法でカーテンを作ってから服を脱ぎ始めた。闇の遮光と障壁の魔法を組み合わせたようなイメージだ。先程の戦闘で思い付いたのだろう。


 かなりの時間が掛かってしまったが、何とか髪と体を洗って着替えるところまではできた。卒倒したエミリアも回復して、今はドライヤーで髪を乾かしている。






「エミリアはこの村に自力でテレポートできるか?」

「今日来たばかりなので少し自信はありませんが、バリスタの場所なら大丈夫かと……」

「家に戻って俺たちの靴を取ってきてくれんか? このままだと外を歩けん」

「わかりました。すぐに取ってきます」


 エミリアはすぐにテレポートして靴を取ってきた。だがアホなので夏用のミュールとかサンダルとかを持ってきたようだ。


「一応ありがとうと言っておこうか……」


 俺たちは荷馬車から降りて、今度は服を洗っている。勢いのある水で泥を洗い流してから石鹸で洗っているのだが、ヘドロのような感じなので苦戦している。


 結局、弓の手入れも含めて寝る準備が終わる頃には真夜中過ぎになってしまった。


 今日はかなり微妙な時間まで後始末をしていたので、もうこのまま起きておこうか悩んだのだが、結構疲れたし少しでも寝ようという事になった。


「エミリアは一人で勝手に寝てやがるな……」


 俺は荷馬車の真ん中で大の字になって寝ているエミリアを足で転がしながら隅っこに寄せて、エミリア、サキさん、俺、ティナ、ユナの順に並んで眠りに付いた。






 翌朝俺は耳に付く音楽と共に目が覚めた。荷馬車の後ろから顔を出すと、バリスタを設置した方角から聞こえてくる。


「……やかましい。何の演奏だ?」

「あれは音楽隊ですね……」


 頬に木目の跡を付けたエミリアが答えた。こいつも目が覚めたのか。

 それにしてもヘンテコな音楽だ。雑音と言うか、騒音にしか聞こえない。例えるなら笛の吹き方を知らない素人が適当に吹き鳴らしているような音に聞こえる。


「うるさいわね……」

「なんですかこれ……」


 ティナとユナも不満気な顔をして目を覚ました。サキさんは……恐らく起きているのだろうが、頭に毛布を被せて粘っている。


「あれは戦場で演奏される戦いの音楽ですよ。なにせ大昔の話なので今は行われていませんが、貴族絡みのイベントでは伝統的に演奏されるんです」

「そうなの?」

「今は音楽隊が受け持ってますが、昔の城や砦には必ず吟遊詩人が控えていたそうです」

「へえ……」



 俺たちは不快な音楽で目が覚めたので、朝の支度をして朝食の準備を始めた。


「この音楽いつまで続くんですか?」

「敵を前に宣誓してから、今は戦いの最中という感じでしょうから、もう少しで終わると思います」


 俺は学校の運動会で、意味不明な宣誓文を読み上げる上級生の姿を思い出した。


 知能すらない化け物相手にそんなことをしていたら、相手は待ってくれんだろうに。まあ、伝統行事なら仕方がないのか。

 実戦部隊のサドランがイライラしてブチ切れるのもわかる気がした。

 戦いの音楽が鳴りやんだ後は奥の方から盛大な拍手が聞こえて来て、ようやく俺たちのところにも静かな朝が訪れた。そして朝食も完成した。



 今日の朝食は、野菜とベーコンを挟んだパンにコーンスープが付いてきた。

 片手にパンと片手にスープでは、どうにもきれいに食べにくい。やはり折り畳み式のテーブルが欲しいと思う。


 俺たちが飯を食っていると、その隣を豪華な馬車が数台走って行った。車窓にはカーテンが掛けられているが、恐らくクソガキどもが乗っているのだろう。

 少し間を置いてから荷馬車も通り過ぎて行く。


「あの連中は途中のハタ村に寄らんのかな?」

「随分長居したはずですからね。無理やりにでも王都まで戻るつもりでしょう」

「伝統行事はちょっと見てみたかったです」

「昨日の感じだと見学も許されん気がするぞ。サキさん一人なら小隊に紛れ込めたかも知れんけどなあ」

「わしはサドランと同じく、見ておってイライラしそうである……」






 俺たちは食後の後片付けをしてから、エミリアを連れた全員でバリスタの設置場所に向かっていた。巨大ミミズのサンプルを採取するためである。


 小隊の兵士たちがバリスタの撤収作業を急いでいる横で改めて巨大ミミズを見ると、昨晩感じた巨大なイメージはあまりなかった。

 相変わらず黒焦げなのだが、バリスタの大きな矢が数カ所にわたって突き刺さっている姿が痛々しい。何だか可哀想になってくる。


「昨日のイカダがまだ使えそうだな。ティナに動かして貰ってエミリアが一人で採取すればいいんじゃないか?」

「え? あの……ちょっと気持ちが悪いので……」


 この女は巨大ムカデの時も同じようなことを言っていた気がする……。


「わしも行くわい」


 結局サキさんが採取する役を引き受けて、ティナとエミリアを加えた三人は水面ぎりぎりを飛行するイカダに乗って巨大ミミズへと向かって行った。

 人力で漕いでいたら戦うのは無理だったけど、改めて水面飛行するイカダを見ると妙に脱力感のある間抜けな絵面だ。



「あれは何をしておるのか?」


 バリスタが設置されていた場所から俺とユナが巨大ミミズを眺めていると、後ろから来たサドランに声を掛けられた。


「エミリアが研究用に使うサンプルを回収しに行ってる。自分が欲しい癖に気持ち悪いからって人にやらせてるんだよ。全く酷い女だ」

「お前たちも大変なのだな……わしらはそろそろ撤収する。それから、これを渡しておこう」

「……なんだこれ?」


 サドランは俺に一枚の筒を手渡した。蝋で封印された羊皮紙だ。

 支払う報酬額が大きいので、後日これを持って冒険者の宿で受け取れということらしい。

 現地で渡されたら邪魔になると思っていたので、こちらとしても有り難い話だ。


「この度は助かった。わしらは次の任務があるのでこれで失礼するぞ」

「あの死骸はそのままでいいのか?」

「構わぬ」


 サドランの馬を先頭に数名の兵士が馬で続き、その後ろにバリスタを乗せた荷馬車が数台、兵士を乗せた荷馬車が二台続いて、小隊はモロハ村を去って行った。

 彼らも途中のハタ村には立ち寄らないらしい。






 小隊に手を振って見送った俺とユナは、再びエミリアたちの作業に注目した。

 サンプルの採取になかなか手間取っている。幸い氷の矢で完全に凍らせた箇所は焦げていないようだが、逆に氷が溶けきらないせいで難儀している様子だ。


 結局、頭の部分と胴体の二カ所を切り取るだけで、バリスタの撤収作業から小隊の姿が見えなくなって、さらにそこから小一時間が経つ程の時間を費やしていた。


「お疲れさん。いい感じに取れた?」

「うむ。見るか?」

「こっちに近づけたら、もう一生口を聞いてやらんからな!」


 サキさんは肉厚のそれを、エミリアが持参した木箱に収めた。


「すっかり遅くなりましたね」

「今からだとハタ村の付近で一泊かしら?」



 俺たちはキャンプスペースを片付けてから荷馬車に乗り込んだ。

 これから向かうハタ村は、特に何もない所らしい。

 街道沿いの村なら最低限の宿泊施設や商店があるのだが、この道は廃村になったモロハ村で終わっているため、通りすがりの旅人が立ち寄ることもない。


 ハタ村は民家だけの村だ。


「宿があるものだと思っていたが何もないのか。それなら立ち寄る必要はないかもな。水も食料もあるし……」

「そう言われてみればそうですね。進んだ分だけマラデクの町に到着するのが早くなりますから、行ける所までは進みましょう」


 俺たちはモロハ村を後にして、一面に広がる湿地帯を眺めながら帰りの道を進む。

 天気は……なんだか曇ってきたぞ。


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