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第10話「危ないミナトちゃん」

 ゴブリン討伐の話は瞬く間に村人全員の知る所となり、男衆がゴブリンの死骸を処理している間、村の女たちは総出で宴の用意をしていた。

 サキさんは男衆の手伝いに行き、ティナはこの世界の料理の参考にと宴の用意を手伝いに行った。

 俺は男衆に付いて行こうとしたが断られたので、特に料理もできないし、仕方なく村長の家の客室で待機していた。途中経過の報告に戻って来たジムが討伐の確認と、ホブゴブリンとかいうゴブリンの上位種が混じっていたのを村長に報告したりしている。


 俺はテーブルの上に洞窟で拾った戦利品を並べてみた。銀貨23枚とビー玉みたいな玉が一個、細かい細工と光沢のある青白い指輪が一つ。ビー玉と指輪はちゃんとした所で引き取って貰えれば資金になりそうだ。



「村長ですが良いですかの?」

「はい、なんでしょ?」


 村長が麻袋をテーブルに置いてきた。今回の報酬なのだろう。


「この度はゴブリンから村を救って頂いて、ありがとうございました」

「いいえ、とんでもないです」

「少なくて申し訳ないのですが、これが報酬の銀貨800枚になります」


 テーブルに置かれた麻袋に手を添えてくる村長を、俺は特に意味もなく見ていた。ああそうか、この場で開いて枚数を確認して……みたいにやった方が良いのかな?

 そんな事を考えていると……。


「あの……やはりこれでは足らんですよね……」

「銀貨800枚のはずですけど?」

「ゴブリンの中にホブゴブリンが混じっていたと思うのですが、そうなってくるとゴブリン討伐の報酬では足りなくなってしまいまして……」


 詳しく聞くと、冒険者の宿に依頼をするときに依頼内容や討伐対象によって相場のようなものが決まっているらしいのだが、これは通常のゴブリンの討伐報酬なので、追加報酬を払わないと一種の契約違反になるんだとか。

 要するにそれがバレてしまうと今後は依頼を出しにくくなってしまうので、正式な報酬は払いたいが今すぐに払える金が用意できず、その辺りを心配しているみたいだった。


「うーん、そういう話なら仕方がないけど、俺が勝手に決めるのも問題だから、一応仲間が戻ってきたときに相談させてください」

「わかりました……」


 そう言って村長は部屋を出て行った。



 部屋の木窓から外に目をやると、日が沈んだ直後の淡い紺色の空が見えている。俺は少し早めに部屋の明かりを灯した。

 この部屋にはランプがなく、油を入れた小皿に糸を漬けて、そこに火を付けるやつだ。

 時代劇で良く見るものなので、ランプよりも馴染み深いと言えるだろう。


 しかしランプよりも幾分暗いのが気になる。テレビの時代劇ではもっと明るい感じがしていたのだが……。



 ティナが戻ってきた。どこから持ってきたのか羽ペンとインクで紙にメモを取っている。今日覚えたレシピでも書き込んでいるのだろう。

 こちらの世界では調味料の名前から覚え直さないといけないしな。


 サキさんも戻って来た。インナーシャツを手拭いのようにして首に掛けている。泥まみれになったので、男衆は小川の下流で体を流してから戻ってきたそうだ。自重しろ。


 全員集まったので、俺はさっき村長とした話を説明してから、部屋に村長を呼んだ。


「私たちの実績にならないだけで済むのなら、黙っていれば良いと思うわ」

「仕方なかろう。わしらは吸血コウモリではない」

「そういうことらしいです」


 村長は何度も頭を下げながら部屋を出ていく。俺はそんなにしてくれなくても良いと思っているのだが、俺たちがお人好し過ぎるのだろうか?






 報酬の話も解決した頃、外から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。村長に呼ばれた俺たちは部屋の明かりを消して村の広場へ向かっている。


「これはまたワイルドな宴だな」

「わしはこういうのに憧れがあった。これは良い」


 広場にはかがり火が焚かれ、羊のような家畜の丸焼きが焼かれていた。

 丸焼きは何かタレのような物をかけられながらゆっくりと回され、焼けた表面からナイフで削ぎ落とすような処理をされている。

 村人総出なのか、ざっと見渡しても五~六十人はいるようだ。奥の方で大人しく参加している人も含めたら百人くらいはいるような気もする。



 前の方では村長が何かスピーチをしているが、酒を片手に半分出来上がっている男たちの声に掻き消されて全く聞こえない。

 子供に食い物を配るおばちゃんたちも全く話を聞いていないようだ。

 この村長はメンタルが強いのか、誰も聞いていないのに延々とスピーチを続けているので、俺たちも無視して飯を食うことにした。


 大きなテーブルの上にはカットしたり味付けをした野菜が並んでいる。野菜の横には大小さまざまなピタパンのようなものが積まれていて、削ぎ落とした肉と野菜を挟んで食うらしい。

 各家で準備した物を集めたので、野菜もパンも大きさがバラバラになっている。


「昨日の宿の飯も最高だったが、こっちの方が気楽で好きだな」


 この肉のタレが絶妙で、二つ目に手を伸ばした俺は、肉大盛りで口の周りをべちゃべちゃにしながら頬張った。この日は結局五つくらい食べてしまった。



 2時間もすると村の女たちは子供を連れて家に帰ったり、空いた食器や道具を洗いに行ったりして、人でごった返していた狭い広場は酔っ払いだけの空間になっていた。

 サキさんは男衆と上半身裸で何だか良くわからない踊りをしながら歌い続けている。

 あれだけあった食材はきれいに無くなって、丸焼きの肉は残ったあばらの部分を割いて酒のツマミになっていた。

 あばらの部分は美味かったが、流石に食い切れなくなったので二本でやめておく。


 もう飲み食いできないので長椅子に寄り掛かっていたのだが、酒でテンションの上がった男たちに引っ張られて、俺はかがり火の前に連れて来られた。



「ミナトよ、宴会芸の一つもやるがよい」

「よしきた」


 良い具合に酒が回っていた俺は、上半身裸の男たちの異様な空気に流されて、自分が女であることをすっかりサッパリ忘れたまま上半身裸になって、脱いだ服を頭の上で振り回しながらノリノリで踊ってやった。


「良いぞミナト! もっとやれ!!」

「良いぞもっとやれーっ!」

「姉ちゃん最高だぜ!」

「お、オラァもうダメだァ……!!」


 突然立ち上がった男の一人がズボンを脱ぎ棄てて俺に抱き付いて来た。






「ハァハァ、この娘オラの嫁にするだァ!」


『がははははは! 頑張ってこいよー!!』


 肉付き満点の男に力尽くで抱き付かれ、顔に胸毛のもじゃもじゃが当たってくる。息が出来ないほど男臭い匂いに当てられて言葉も出ない。


 俺は一気に酔いが醒めて自分の状況を理解した。


「ちょっ……離せ……っつ」


 全力で振りほどこうとしてもビクともしない筋肉に組み付かれたまま、俺はお持ち帰りの軌道コースに乗せられて行くのだった。


「ハァ! ハァ! ハァッ!!」


(くっ……男の人がこんなに怖い生き物だなんて……っ!)


 ガッチリと抱かれたまま、のっしのっしとお持ち帰りされる俺の前に、小川で洗い物を終えたティナの姿が見えた。


「ミナト? きゃあ! なにしてんのよ!!」


 ハァハァ言う男はティナに前膝を蹴り抜かれたあと、膝から崩れ落ちた所を思いっきりビンタされて正気に戻ったのか、その場に俺を置いて逃げた。


「ちょっと、どうしたの?」

「ティナぁ……ティナぁー……」


 俺はティナの胸で泣いた。






 俺は村長の家の客間に連れて帰られ、予備の服を着せられたあと、床に正座させられていた。なぜかサキさんも一緒に正座していた。

 小一時間ティナに説教をされて、やっと解放されたときには意味もわからず正座していたサキさんも酔いから醒めて、今後は酒の量を控える約束をさせられるのであった。


 この日は下着だけ着替えると、もう何もせずに寝ることにした。



 翌朝、すっかり男性恐怖症になった俺は、ティナに手を繋いでもらって小川まで行くと、顔を洗って歯磨きをした。部屋に戻ってから髪をきれいにとかしてもらうが、上着は予備の服のままでいる。

 昨日脱ぎ捨てた長袖のインナーシャツと半袖のチュニックはどこかに消えてしまって出てこなかった。俺は怖かったのでもういらないと言ったら、二人はカナンの町で新しいのを買えば良いと言ってくれたので、このまま出発することにしたのだ。


 朝飯は昨日の朝カナンの町で買ったパンとチーズの燻製を食べたが、バラの干し肉は保存が効くのでサキさんが自分のおやつにすると言って腰にぶら下げた。



「もう出立するのですかな? あなた方は村の恩人、もう少しゆっくりとしていかれてもよろしいのですが……」

「いえいえ、私たちはこれからすぐカナンの町まで戻らないといけませんので」

「そうですか……またいつでもお越しください。いつでも歓迎いたします」

「うむ。また寄らせてもらう」


 俺たちは宿の世話をしてくれた村長に挨拶をして、アサ村を出る。


 村の出口に向かう途中、ゴブリン騒動も収まって朝から農作業をしている男たちに、ブラジャーの姉ちゃんなどという不名誉な呼び方をされながら、街道に続く側道へと戻って行くのであった。






「今回はとんだ目にあってしまった……しかしこれからどうする?」


 カナンの町へと続く穀倉地帯を歩きながら、俺は二人に話を振った。


「今後の方針かしら?」

「生活だけなら一月はできると思うが、今の資金を元手に強化を図るとか、生活の質を改善させつつ無難な依頼をこなして行くとか、色々できると思う」

「ならば王都に住む日本人の鍛冶職人に装備を作って貰いたい」


 サキさんは戦力強化を希望した。強い魔物を討伐できれば報酬も上がるだろう。



「せっかく魔法がある世界だから、魔法の品が欲しいわね。荷物がいっぱい入る鞄とか、タライに張った水がお湯になる石とか」


 ティナは生活の質を向上させたいのか。地味だが毎日使える実用的な発想で悪くない。


「ミナトは何かあるか?」

「そうだなあ、掘っ建て小屋でも良いから家が欲しいのと、俺が戦力外だから、何か補えるような工夫がしたい」


 俺の意見だと両方か。この辺りはもう少しじっくり話し合ってみよう。現在のパーティー資産は銀貨3780枚である。


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