第103話「キャプテンハーレム」
冒険者の宿に到着した俺たちは、四人並んで強面親父の前に立った。
夕食時を過ぎてから時間が経っているので、酒場部分に残っているのは酒を飲みながら雑談に花を咲かせる冒険者くらいしか残っていない。
「待ってたぜ。正直なところ他の宿でも引き受ける奴が出て来ねえ」
「色々考えたんだが、あまりにも巨大なので誘導は難しいかもしれん。追い立てているうちに倒してしまうかもな。それでも良ければ引き受ける」
強面親父は相変わらず笑いを堪えながら、依頼書に何かを書き込んだ。
「もうお前らの好きなようにやりな」
差し出された依頼書にサインをすると、続いて親父は一枚の紙を出してきた。
手渡された紙には、詳しい場所の地図などが書かれている。普段は口頭で説明してくれるのだが、今回は情報が漏れないようにする配慮だろうか?
「ここに書かれている情報通りにやればいいんだな? この場所は馬でどのくらい掛かる場所なんだ?」
「馬なら……片道三日といったところだろう」
随分遠いなあ……。
依頼を引き受けた俺たちは、このまま銭湯へ行くと言うサキさんとここで別れることにしたのだが、カウンターを離れた所でサキさんを呼び止める一団が現れた。
「サキさん何してんだ? こっちに来いよ! 一緒に飲もう!!」
「サキじゃねえか。おい親父! 酒だ。こいつの分も持ってきてくれ!!」
酒場の奥の方の席に陣取っていた一団は、サキさんに手を振っている。
シオンやハルと同年代くらいの冴えない顔をした少年と剣士風の男、細身のチャラい男に、不良っぽい態度の男……冴えない顔の少年以外は全員ホストクラブから引っ張ってきたようなイケメン揃いのパーティーだ。
「サキさんの知り合いなのか?」
「うむ」
なるほど。あの中にはサキさんのお目当てもいるのかな?
邪魔になると悪いから俺たちが退散しようとした時、四人の中から冴えない少年が立ち上がってこちらに走ってきた。
「ちょ、ちょ~い待ち! サキさんの仲間なら一緒に飲まないか?」
「いや、俺たちこれから風呂に行くんだけど……」
「まあまあ、少しだけ! 自己紹介だけでもっ!!」
痛ましいほど必死で青臭い少年の誘いに、俺とティナとユナは顔を見合わせる。
「まあ自己紹介だけなら……」
「おっし……マスター! この子たちに美味い飲み物を頼むー!!」
俺たち三人は、鼻の下を伸ばしてヘコヘコしながら歩く少年に促されて、サキさんが座っている隣の席に並んだ。
妙な事になった。
今俺たちは、少年のパーティーとテーブルを挟んで横並びに座っている。まるで合コンのようなイメージだ。
……合コンなんてしたことないけど。
「まずは自己紹介! 俺はヨシアキ。『キャプテンハーレム』のリーダーをしてる。一応剣士で通ってるけど、最近は王都の揉め事を専門にやってまっす!」
パーティー名を聞いた瞬間、俺は頭が痛くなった。ヨシアキ……そういえばエミリアから聞いている「こっちの世界に来た人間」の一人だったな。
確かハーレムパーティーを目指していたのに美形の男ばかりが集まる地雷パーティーだっけ? エミリアの言う通り、歳は俺たちと同じくらいで茶髪の少年だ。
「私の名はウォルツ。元貴族だ。剣の腕には自信がある。以後お見知りおきを」
剣士っぽい感じの青髪の男は、優雅な身のこなしで自己紹介をした。「元」貴族と言うだけで、こいつからは訳アリのオーラがビンビン伝わってくる。
しかし、俺もそうだが青い髪は目立つな。こいつも俺たちと同じくらいの歳だ。
「私はハスラー。遊び人をしている。得意ジャンルは女遊びさ。親しみを込めてハっちゃんと呼んでくれてもいい」
「死ね」
思わず突っ込んでしまった。細身のチャラい男は気持ちが悪い仕草で長い前髪をかき上げている。少し黒の混じった銀髪の持ち主だ。二十歳くらいだろうか?
ハスラーは俺の目を見ながら自分の唇に指を当てている。気持ちの悪い男だ。
「ジェイだ。盗賊をやってる。まあ……よろしく」
ジェイと名乗った男は自分を盗賊だと言った。その職業で捕まったりしないのか?
四人の中では比較的まともそうだが、俺からそっぽを向いたまま急に大人しくなった。
最初に声を掛けてきた時は、ヨシアキよりもデカい声でサキさんの酒を注文していたのになあ……。
ジェイは黒髪短髪で、こいつは……サキさんと同じくらいの歳だろうか?
「じゃあ俺か……俺はミナトだ。ニートブレイカーズのリーダーをしている」
「わしは改めて紹介せずとも良かろう」
「ティナよ。普段はパーティーの家事をしているわ」
「ユナです。普段は街をブラブラして遊んでいます」
俺たちの自己紹介はおおよそ冒険者らしくはなかった……が、魔法の事は上手く伏せてきたな。それでいい。こっちの戦力が知れ渡って面倒事が増えるのはごめんだ。
「うん、自己紹介も済んだし帰ろうか……」
「いやいやいや、ちょっと待った! まだ飲み物も来てないし、もう少しだけ」
「うぬぬ……」
その後はヨシアキが何とか場を繋ごうと必死になって話を盛り上げている感じがして痛ましかった。こいつも俺と同じように、あまり器用には出来ていないようだ。
「結局ヨシアキはハーレムを作りたいのか?」
「そう! そうなんだよ!!」
「無理だな。そのパーティー名で男四人とか、どこから見ても男色家の集団だろう」
「ヨシアキ、やはりパーティー名は再考するべきだ」
俺の意見にはウォルツが同意した。まともな考えのメンバーもいるようだな。
「前にウォルツが考えた『リーダーが女の子作戦』は大失敗だったじゃないか! 女装までしたのに釣れたのはこいつ、この気持ちが悪い万年ナルシストの変態だぞ!?」
ウォルツに反論するヨシアキは、ひたすら俺たちに気持ちが悪い視線を送り続けるハスラーを指さした。
ハスラーがキモイのはヨシアキのパーティー内でも認識されているらしい。そしてウォルツの頭脳は若干残念な感じがした。
「楽しそうなパーティーで何よりだわ……」
ティナが疲れた表情で言う。俺も疲れてきた。むしろこいつらは男だけでワイワイやってる方が性に合ってるような気もする。
「よし、飲み物も無くなったし今度こそ帰ろう」
果汁100%のジュースを飲み干した俺は、ティナとユナの手を取って席を立った。
「ううっ……久しぶりに女の子と話ができたのにもう終わりなのか……」
「ちょっとヨシアキだけ表に来てくれ。大事な話がある」
俺がヨシアキを宿の外に誘うと、半べそだったヨシアキの表情に笑顔が戻った。
俺とティナとユナ、そしてヨシアキを連れた四人で宿を出た所で、ティナとユナには馬で待機してもらい、俺はヨシアキを連れて宿の裏手に回った。
「俺のパーティーは全員日本から来た異世界人だ。お前もそうだな?」
「え……? ミナトも日本人なのか? いやいや、そうは見えないぞ!?」
ヨシアキは最初の方こそヘラヘラと愛想笑いをしながら答えていたが、空気を読んだのか次第に真面目な表情になった。
「この世界に召喚されたとき、体の悪い部分が色々と治ったりしなかったか?」
「……エミリアに聞いた話だと、不治の病や体の欠損が治って日本に帰った奴もいるとか」
「原因は不明だが、それと似た感じで容姿まで変わってしまう事があるみたいだ」
「聞きたいことはわかった。俺の容姿が変わったか……だろ? かなり微妙だが毛の色が見ての通り茶色になった。自分で気付いたのはそのくらいだ」
む? こいつは頭が良いのか? ヨシアキは俺の質問の意味を的確に理解して答えた。
「そうか……呼び出して悪いな。あまり召喚の話は他人に聞かせられんからな」
「正しい選択だと思うぞ。しかし、こんな身近に秘密を共有できる人間が居たとは……」
「まあ、それだけだから、呼び出して変な期待させてたらすまん」
「いや、いいんだ。話してくれてありがとう」
俺とヨシアキはそれだけ話すと、宿の入り口で別れた。
「どうしたの? 何だか嬉しそうね」
今日もティナと二人きりで浴槽に浸かっていると、俺の顔を覗いているティナに話し掛けられた。どうやら顔に出ていたらしい。
俺はティナに、宿の裏でのやり取りを簡単に説明した。
「ヨシアキの事だが、あいつは道化なんて演じずに普段の態度で接していれば、希望通りのハーレムパーティーが作れていたんじゃないかと思うと、何だかおかしくてな」
「たった一人で異世界を渡り歩こうとしていたせいで、この世界の人間と接するときに身構える癖が付いたのかもしれないわね」
ヨシアキは一人で異世界生活を始めたらしいからな。最初から秘密を共有した三人で相談しながらやってきた俺たちとは比べ物にならない程の苦労があったと思う。
最悪、ユナと同じような目に合わされていたかも知れん。
そう考えると、あの痛々しい道化的な振る舞いも彼なりの処世術なんだろうな。
風呂から上がって一息吐いた俺たちは洗濯と歯磨きをしてから、脱衣所に置かれたドライヤーを動かしてみた。
「おおー。やっぱりドライヤーがあるとすぐに乾くなあー」
ドライヤーは昨日よりも改良されている。まず、排気口の長さを調整できるようになった。これで身長差があっても好きな高さに調節できる。
そしてユナの報告通り、排気口には金網が追加されて、解放の駒が風の精霊石ごと薪ストーブの中に落っこちないようになっていた。
ちゃんと乾かせるし、これで十分な気がする。
「やっぱりドライヤーがあると便利ね。ありがとうユナ」
ティナはユナに抱き付いて頭を撫でまわした。余程嬉しいらしい。俺もユナをギュウギュウ抱きしめて功績を褒めた。
「ちょっとミナトさんのは痛いですって……もう……」
「魔法の櫛の一つはここに常備しよう。ここならサキさんも気兼ねなく使うだろう」
「ここにも鏡が欲しいわね」
明日は冒険の準備をするから、その時にでも買えば良いな。
毎度の事ながらサキさんはいつ帰ってくるかも一切不明なので、俺たちは先に寝た。