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第102話「浮遊魔法」

 俺からバナナを受け取ったサキさんは、俺への当て付けのようにバナナを口にくわえたり出したりしている。毎度の事ながらむかつく態度だ。


「汚いことしないでちゃんと食べなさい」

「うむ……」


 ティナに怒られたサキさんは、変な顔をしながらバナナをかじった。俺はそんなサキさんを無視して、今日の予定を報告する。


「俺は調子悪いから今日も家から出ない。明日から頑張る」

「私は河原でエミリアと魔法の練習をするわ」


 ティナがエミリアと魔法の練習なんて珍しい。


「最近は魔力の制御にも慣れてきたから、そろそろ魔法のバリエーションを増やして行こうと思うの」

「なるほど」

「私はドライヤーの改良を進めたいので、ナカミチさんの工房へ行ってきます」

「うん、ドライヤーは絶対に欲しいから上手くやってほしい」

「お願いね」

「わしもドライヤーが欲しいわい。最近は髪が乾かんでの」


 ドライヤーに関しては、パーティー全員から熱望されて急務となった。


「サキさんはどうするんだ?」

「わしは冒険者の宿に行って依頼を断って来るわい。色々考えたが、やはり女の依頼なんぞ受けとうない」

「そっか……親父に女の依頼は受け付けないって言っとけばいいんじゃないか?」

「良案である」


 サキさんは白髪天狗で冒険者の宿へ、ユナはハヤウマテイオウに荷車を付けてナカミチの工房へ、ティナとエミリアは河原の方へ移動した。

 俺は湯たんぽを背負ったまま、魚を乾かすときにしこたま消費した風の精霊石を補充することにした。






 ……俺は暇だった。風の精霊石はすぐに補充できたのだが、ユナはともかく冒険者の宿に行っただけのサキさんも帰って来ない。ティナはエミリアと魔法の練習をしているし、話し相手がいないのは退屈だ。

 広間のソファーに寝転がってもみたが、パソコンもゲーム機も無いこの世界では本気で暇潰しの材料がない。

 できれば将棋以外のゲームも欲しい所だ。工作精度が高ければ裏返して使うカードゲームや麻雀牌も作れそうだが、何処かで作って貰えんのだろうか?


 俺は退屈のあまり腹の方に回した湯たんぽを叩いて狸ごっこをしていたが、サキさんが帰ってきたのでそれをやめた。



「どうだった?」

「親父に言うてきたわい。あと、わしにも巨大ミミズの話をしてきおった。一度全員で来るように頼まれたのであるが……」

「……人は力を持つと必ずその力を使わざるをえない状況になる」

「なんであるかそれは?」

「前にエミリアが言ってた言葉だ」

「むう……」


 サキさんは大股を開いてミシンの椅子に座ると、腕組をして黙り込んだ。


「俺たちだけで倒してしまってもいいのなら引き受けるんだがな。エミリアも討伐のチャンスだと言ってたし」

「そこよのう。いくらわしでも電車みたいな化け物は受け止めきれぬ。やるなら一思いに倒さねばこちらが危うい」

「ユナが帰って来るまで保留にしておこう。いい案が浮かばん」


 俺はサキさんに将棋の打ち方を教えて貰いながら暇を潰した。角の通り道を自分の歩で塞がないとか、王を端に寄せて守りを固める基本などを教わったが、全く身に付かなかったのは残念だ。


「ミナトには向いておらぬ」

「俺もそう思う」






 ミシンをしているサキさんと他愛のない話をしていると、ティナが夕食の準備をするために戻ってきた。気が付けば遠くの空も暗くなりかけている。


「ティナはテレポートの魔法を使えないのか?」

「テレポートは流石に無理ね。もし使えても昔遊んだゲームのせいで壁に埋まるのが怖いわ……」

「目に見える距離なら平気なんじゃないか? 敵の攻撃を避けたり、高い場所に移動したり、色々便利だと思うが」


 テレポートで失敗すると本当に埋まってしまう事があるらしいので、ティナの慎重さは間違いではないだろう。

 むしろ家の中でも平気でテレポートしてくるエミリアが異常だと思う。もし家の中を歩いている誰かと重なったらどうするつもりだろうか?



 俺は湯たんぽの湯を交換するついでに、夕食の準備を始めているティナと魔法について話をした。

 俺たちは偽りの指輪と解放の駒を使った便利な生活をしているせいもあって、基本的に魔法は精霊力に属するものだと考えていたのだが、実は間違いだ。


 魔力と言えば全ての精霊力に代わる血液型のO型みたいな使い方も可能だが、自然の摂理を捻じ曲げる力こそが魔力の本質だとようやく理解できた。


「エミリアは苦手みたいだけど、こういう事も出来るわよ」

「おお!?」


 ティナが魔法の杖を振ると、プカプカとティナの体が浮き始めた。浮遊の魔法だろうか?

 もっとも天井の高さなんて知れているから、すぐに魔法を解いたようだが。


「凄いな……テレポートの方がヤバいんだろうけど、こっちの方は見た目にインパクトがある。誰かを同時に浮かせたり、自由に飛び回ることもできるのか?」

「今は無理だけど対象の数は増やせると思うわ。この魔法はいわゆるテレキネシス的なものよ。もちろん自分を浮かせて空を飛ぶ事もできるけど、そんなに速く飛べなかったわ」

「でも今後が期待できる魔法だな。浮いてる時って体重はどうなるんだ?」

「んんーー……軽くなった気はするけど無重力では無いと思う……」


 ティナにしては歯切れの悪い返答だ。言葉にするのが難しいのかもしれない。


「浮かせる物の大きさや重さの限界はどのくらい?」

「限界の検証まではしてないわよ。普通の杖でも宙に浮いたから、凄い方の杖ならエミリアの荷馬車が浮くかもしれないわね」


 魔法も最終的にはエミリアのテレポートのように空間を捻じ曲げる系になるのだろうが、物理法則を無視するという意味ではティナの魔法も相当ヤバい。



「どんなに強い相手でも浮遊させてしまえば無力化できるな」

「そうでもないのよ。この手の魔法は相手が抵抗したら効かないらしいわ。こっちの魔力が強ければ掛かるみたいだけど……」


 どんなモンスターでも浮かせて無力化という話にはならないのか……。


「古代竜の角の杖で例の巨大ミミズを浮かせて移動させることはできるかな?」

「水を吸って100メートルくらいに伸びるんでしょう? 水は1リットルで約1キロの重さなのよ?」

「…………」


 暗算はできんが無理そうなことだけは理解した。一瞬楽勝だと思ったんだが、考えが甘かったなあ。

 俺はすっかりぬるくなった湯たんぽのお湯を交換して広間へ戻ることにした。そろそろエミリアがセルフ放置プレイを堪能している頃だろう。






 広間に戻ってエミリアと雑談していると、ようやくユナが帰ってきた。


「ドライヤーどうだった?」

「うーん、ナカミチさんと色々考えたんですけど、解放の駒を使った魔法の火は問題が起きても任意で消せないじゃないですか。どうしてもそこがネックになって安全な装置にならないんです」

「難しそうだな。暫くは家の外で使うか……」

「残念です……でも風の精霊石がストーブの中に落っこちないように、排気口には柵を取り付けてきましたよ」

「当面はそれで十分だろう。温風があると無いとでは大違いだ」


 ユナとナカミチのコンビで考えても無理だったか。俺かティナが魔法で火を炊けば消すのも任意になるが、それだとサキさんが好きに使えないからな。

 ミシンをしているサキさんもドライヤーの話題に交じって雑談していると、ティナが夕食を運んできた。



 今日の夕食はヒレカツの卵とじとキノコの吸い物だ。鉄の皿で煮立っている卵とじからは、何とも言えない食欲をそそる匂いが漂っている。

 これは美味いなあ……。


「おかわりくれえ」

「ないわよ」

「サキさんは好物のバナナでもかじってろよ」


 ただでさえ二人前なのに、サキさんはおかわりを要求した。



「今日はみんなに話すことが二つある。一つ目はドライヤーの件だ」


 飯を食い終わってユナのお茶で一息入れている時間に、俺はドライヤーの結果報告と、サキさんには簡単な原理と使い方を説明した。


「……それなら脱衣所に置いても問題なさそうね」

「あ、そうか。サキさんも使うなら二階の部屋には置けないもんな。風呂場なら石畳だし特に問題ないか……サキさん移動させてこいよ」

「うむ」


 サキさんはドライヤーを移動させるため、勝手口の外へ向かって行った。



「ここからが本題なんだが、例の巨大ミミズについて強面親父からお呼びが掛かっている。一度冒険者の宿まで全員で来いと言われた」

「私も気になったので考えてましたけど、巨大ミミズって餌や罠で誘き寄せることは出来るんでしょうか?」

「……まず無理でしょう。巨大ですがミミズですし、目も鼻も耳もありません。知能も無いに等しいでしょう」

「せめて普通の討伐依頼なら簡単なのにね……」


 ティナも同じ事を言い出した。今の俺たちなら、倒す方が遥かに簡単なのは間違いない。



 その場の全員で考え込んでいると、ドライヤーを脱衣所まで移動させたサキさんが戻ってきた。


「どうかの?」

「餌や罠で誘き寄せる作戦もダメそうだ。アンカー打って無理やり引っ張るにしても、暴れ出したら大変だしなあ」

「あのー、もう面倒ですし倒してしまっていいんじゃないでしょうか?」


 ユナが作戦を放棄してしまった。


「親父さんにも倒せるわけがないって言われたんですよね?」

「うん。鼻で笑いやがった」

「まず倒してしまってから、ゆっくり安全に動かす方法を考えて、動けないようにしてありますとか言い張れば問題ないんじゃないですか?」

「そういうものなのか?」


 ユナの大胆な発想に、俺はエミリアの方を向いて尋ねた。


「場合によっては悪くないと思いますよ」

「……今から話をしに行くか。最悪バレて報酬が貰えなくてもサキさん一人の手柄にしてしまえば宣伝になるだろう。個人的には困らん」

「わしが一人でやったことにするのであるか?」

「当たり前だ。ゴリラ女だと噂になったら、恥ずかしくて街を歩けなくなる」

「面倒臭い女よのう……」






 エミリアはそのまま学院に戻ったので、俺は秋服に着替えてからハヤウマテイオウのリヤカーに乗った。

 肌寒い夜でも秋服なら大丈夫だな。足元が寒いのはまあ我慢しよう。夏のうちは気にしていなかったが、靴下が売っているのなら買い揃えたい。


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