第100話「湯たんぽ」
俺がエミリアと他愛のない話をしていると、全員揃ったところで夕食が運ばれてきた。今日のメニューは魚介類山盛りのパエリアだ。
今日は俺とティナとユナが欲しいだけ取ってから、残りはサキさんとエミリアで別けろ方式を採用したが、それでも二人の皿は超特盛仕様になるボリュームだ。
「サキさんは男だから俺たちより多く食っても大丈夫だと思うが、エミリアはヤバくないか?」
「大丈夫ですよ。昔から太らない体質ですし!」
「エミリアの年だと中年太りが始まる頃だの。わしが経験済みである」
「ちょっと。ミナトさんからも何か言ってください」
「あ、うん? サキさんは色んな経験をしているんだなあ」
食後はサキさんが銭湯に行ってしまったので、俺はティナとユナを先に風呂に入らせてから食後の片付けをして、魚を乾燥させる風の精霊石の取り替えをした。
寝る前にも精霊石を交換しないと夜中に風が止まってしまう。家の外に出る必要があるので結構な手間だ。
俺が便所を済ませてから調理場をうろついていると、いつもより早くユナが風呂から上がってきた。
「後はティナさんだけですし、お風呂行っても大丈夫ですよ」
色々察してくれたユナは、そう言ってバスタオル姿のまま部屋に戻って行く。
俺はユナに言われるまま、ティナがまだ入浴中の風呂場に入った。汚れが恥ずかしいので股だけタオルで隠したが、どうにも気持ちが悪いし早く洗い流したい。
まだ髪を洗っていたティナの隣で、俺もさっさと髪と体を洗う。毎度のことだが結局洗い終えたのは殆ど二人同時だった。
「これさえ無ければ女のままでもいいんだがなあ」
「もう諦めなさい」
「前回は精神的にダウンしてたけど、今回はまだマシな方かも……相変わらず差し込んで来てはいるが……」
俺は浴槽に浸かったまま、隣にいるティナの小さなおっぱいを眺めていた。
少し前までは自分にチンチンがないせいで些細な事でも随分とヤキモキしたのだが、最近ではそういう感覚も薄れてきた。
これではいざチンチンが生えてきても困るんではないかと危惧している……。
のぼせてしまう前に風呂から上がった俺とティナは、バスタオル一枚で部屋に戻った。サキさんはまだ帰っていないようだ。
「そろそろ髪を乾かすのも辛くなってきたな。結局ただの扇風機だし」
「熱線だけでも手に入れば色々と試せそうなんだけど……」
「また知恵を絞るしかないですね」
俺はともかく、ティナとユナは髪が長いので大変そうだ。サキさんも今は大丈夫かもしれないが、そろそろ乾かすようにしないと風邪を引くかもしれん。
この調子では冬が来る前に解決しないといけない事がまだまだ出てきそうだ。
何とか髪を乾かした俺たちは日課の洗濯と歯磨きをして……俺は家の裏に設置してある弱駒の精霊石を交換してから、サキさんの帰りを待たずに寝た。
まだ日が昇る前から目が覚めてしまった。腹が痛い。腹の痛みが直接頭に伝わってくるような感じで目まいがする。
やばい。俺もティナと同じタイプかも……。
俺は枕に顔を埋めてうつ伏せになったが、マットと体に挟まれたおっぱいの潰れる違和感がキツい。この感覚は男の時では想像できんかったろうな……。
俺はおしっこに行きたかった。何とかギリギリ一人でも行けると思うが、どうしても弱音を吐かんと気が済まなくなってティナを起こした。
「ティナ、起きて。ちょっと酷くなった……」
「んん……?」
俺はティナの肩をゆさゆさした。
「ううん? 大丈夫なの?」
「だめみたい。なんか前より酷いの……」
「うーん。困ったわね……」
ティナはユナを起こさないようにベッドから降りると、俺の手を引いてトイレまで連れて行ってくれた。
まだ夜明け前なので家の中は真っ暗だが、ティナが杖を一振りすれば広間全体が薄暗い間接照明くらいの明るさになる。
「どうかしたんであるか?」
「サキさん見張りしてたんか……」
「うむ」
サキさんは毛布を体全体に巻き付けたまま家の裏に立っていた。もちろん外敵から無防備すぎる置き方をした魚を守るためだ。
ここまでやるほど美味いものなのか? とにかく凄い根性なのは認めよう。
俺は歩くだけでも辛い腹を庇いながら用を済ませた。
結局ティナに付き添われたままベッドに戻って、ずっと腹をさすって貰いながら何とか二度寝ができた具合だ。
俺が二度寝から起きると広いベッドには俺一人が居た。部屋の木窓は全部閉まっているので薄暗い。恐らく朝食の時間はとうに過ぎているのだろう。
寝れば少しは楽になっているだろうと考えていたが、現実は甘くないらしい。
痛いものは痛い。我慢できない程ではないが、家から出たくないと思うくらいには具合が悪い。
そろそろ起きたい気持ちはあるが、誰も居ない部屋で一人にされていると自分から起き上がるのが癪に思えてくる。
心配した誰かが様子を見に来てくれないかと期待していたが、いくら待っても誰も来てくれないので仕方なく自分で起きることにした。
俺はパジャマのまま上着を羽織り、魔法の櫛で髪を梳かして広間に下りる。
広間には誰も居ないようだが、サキさんのミシン台の所にある木窓の外から声が聞こえるので覗いてみると、河原の方では燻製作りが始まっているようだ。
俺は顔を洗って歯磨きをしてから調理場の方へ移動した。
「まだ調子が悪そうね?」
「うん。今朝と全然かわんない……」
調理場に居たのはティナ一人だ。俺は自分が寝ていた間の出来事をティナに聞いてみた。
「サキさんはエミリアとナカミチの三人で燻製を作ってるわ。河原にいるけど夕方近くまで掛かるそうよ。ユナは薪ストーブを一台買いに行ったわね。何か試したいことがあるみたいだけど……」
「そうかあ。俺は家で大人しくしておくかな」
俺は便所に行った後、もう一度部屋のベッドで横になった。まあ、放っておけば元に戻る事がわかっているだけマシか。前回は怖くて泣いたが。
いまいち食欲もないので部屋のベッドで体を丸めていた俺だが、調理場から漂ってくる甘い匂いが気になり始めた。
「ミナト起きてる? やっぱり何か食べた方がいいわよ」
ティナは部屋のローテーブルに熱いハーブティーと皿に乗せたクッキーを置いた。
さっきまでの甘い匂いはこれを焼いていたのだろう。
俺はのそのそ起き上がって、メビウスの輪のような形をしたクッキーを口に運ぶ。
「おいしい……」
本人が得意だと言うだけあって、ティナの焼いたクッキーは美味かった。結局俺は、食欲がなかったにも関わらず気が付くと全部一人で食ってしまっていた。
腹も膨れて食欲を満たした俺は、ティナに甘えて膝枕をして貰っている。俺はティナのお腹の辺りに顔を埋めた。
「ミナトはいつもそっち向きなのね」
「うん!」
お腹の方を向いていると、色んな角度に顔を埋めて好きなだけティナの匂いを嗅いだりできるのでいいと思う。
「ミナトさんいますか? これ使ってください」
ティナに頭を撫でて貰いながら、毎度のごとく気が狂ったように甘えている最中だったのだが、タイミング悪く街から帰ってきたユナが部屋に戻ってきた。
確実に見られた。これは気まずい……。
「湯たんぽ……かしら?」
「そうなんです。サキさんに常備しておけって言われたので買い物のついでに買ってきました。お湯も入れておきましたよ」
さも当然のように振る舞っているティナに、ユナも特に気にしないような感じで答えた。あれ? 俺の行動は変じゃないのか?
俺は第三者の視点になって先程の甘えっぷりを脳内再生してみた。
……気が狂っていると思う。
「ミナトさん、腰の下辺りに巻くのがポイントらしいですよ。サキさんが言うのできっと効きますよ」
ちょうど尻を向けていた俺は、ユナに小さめの湯たんぽを括り付けられた。
湯たんぽのジワジワ来る暖かさが直接腹に伝わるような感じがして気持ちいい。
「あああ~っ。なんかすげえいいかも~」
まるで風呂にでも入っているようだ。湯たんぽの厚みで寝返りを打てなかった俺が尻を向けたままユナにお礼を言うと、ユナはまだやることがあるからと言ってそそくさと部屋を後にした。
湯たんぽと膝枕でかなり気分が良くなっていた俺だが、暫く経つとお湯が冷めてきた。やはり小さい物だとお湯も少ないので仕方ないかあ……。
「お湯取り換えて来るわね」
「いや、俺も広間に行く。湯たんぽがあるとかなり具合がいい」
俺は腹巻に挟んである湯たんぽが落っこちないように手で支えながらティナと調理場に向かい、新しいお湯を沸かして貰っている。
勝手口から河原の方を覗くと、昼間から酒の決まったサキさんとエミリアの姿が見えた。もう少しすると日が傾いてくるのだが、作業は順調なのだろうか?
気にはなるが便所で用を済ませた俺は、再び湯たんぽを装着して広間のソファーに腰掛けた。
木窓の外を見ると、玄関側ではユナとナカミチが二人で何かをしているようだ。
荷車の上に乗せた小さ目の薪ストーブに排気用のパイプを色々と繋げながら、何やら小難しい話をしている。
会話の主導権はナカミチのようだが、技術的な事は良くわからんので放って置くことにした。会話に参加して作業の邪魔になっては悪い。
……そろそろ日が暮れてきたな。ユナの方は一段落着いたのか静かになったので、みんな河原の方へ移動したのだろう。
俺は体温よりもぬるくなった湯たんぽを取り外して、燻製部屋の様子を見に行くことにした。