勝手な希望
「儂が子供の頃であったかな、母に連れられて別荘へ行ったのだが、別荘は林の中でな、儂は迷子になった。
いつもであれば、知った道に出られるものの、その日だけは妙に知らん道のままだ。
やがて泉が見えた。やけに綺麗すぎて、幻想的な景色であったのを覚えている。
声がしよった、決してあり得てはいかん声が」
堺さんは嬉しげに思い出を語る、孫へ語りかけるように、私の頭を撫でた。
「龍の声がしたのじゃよ。それも、林を突き出るかと思う程、どでかい龍であった。
とんでもなく大きく、わしは怯えかけたが、そいつは儂が子供であると気付けば儂を背に乗せ、とある城へ連れて行った」
「それって……」
「その龍は、名乗ったよ、ハーヴィーと」
シィと人差し指を顕わにして、堺さんは内緒じゃよ、と笑った。
「龍は自分の友人の家や城を訪れ、この子供は知らないかと必死に探してくれた。
その時に君らと会った。そうして、魔女といったかな、あの唯一名前がなかった女性なのか男性なのかも判らん見目の人間。
魔女が儂を、此方に戻してくれたのじゃ。
――その日以来、儂は夢で向こう側を見ることができるのじゃよ」
「だから、北斎に関わるの? 甫坂さんとも? 写楽とも? 私達の気を引いて、昔話がしたかったの?」
「悪手であったと写楽君を見て思ったよ、それから、儂の絵は凶器にもなるのだと。北斎については、最初あの子は普通の子であったのだから、贔屓はしておらぬよ。あの子の才能は、記憶を取り戻す前からも、取り戻してからも、儂はとてつもない才であると思っておるよ。安心しなさい、芸術にだけは妥協せん、儂は」
「堺さん、――また再会できたのは、嬉しいことだと思うけれど。でも、自分勝手すぎるわ。思い出から会いたいと願って、写楽を傷つけたり。写楽に他には何か約束していない? 隠し事しているなら教えてください、でないと怒ります」
「……絵の続きを、描くと」
「貴方は絵の未来を既に見ているのなら、どうしてそんな約束をしたんですか」
「あの絵の続きは、いつか飽きると思ったのだ。君には教えよう、君がいない後の世界は勇者と呼ばれる者が魔王になり、討たれることの連続だ。勇者とは純粋無垢であるはずが、王になったあまりに、穢れ策を持ち始める――より、強い者に会おうと」
「……そんな残酷な続きを、写楽に教えたいのですか?」
私はぎっと堺さんの目を睨み付けて、胸ぐらを掴む。
堺さんは老人だからそんなことされないと信じ切っていたみたいね、私女の子だし、今は。
でも、でも馬鹿にしないで。




