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薫の恋愛価値観

「姑息だな」

「それでも律儀にくる写楽は、紳士だね」


 呼び出した台詞は、「二人で食事がしたい」というおねだり。


 私が普段おねだりをしないということを、よく知っている同居人達は、これを言うとすぐ裏があると解りながらも、一緒にご飯に行ってくれる。


 写楽は、よほど疲れているのか、普段なら自分で車の運転をするのに、五十嵐家の執事さんに運転を任せていた。


「よほど大事な用事なんだろうな? それとも、よっぽど食べたいものなのか。もしくは、ようやくオレの魅力に気付いたか?」


 半笑い気味の写楽に、私は少しほっとして笑いかけた。


「良かった、まだ冗談を言える余裕はあるのね。ねぇ、写楽。堺由樹さんに会わせて」


「――いきなりだな、北斎の件か?」


「ううん、それはね、北斎自身の勇気が出てからじゃないと、駄目なの。


自分から歩み寄っていかないと、信頼関係をもう一度作ることはできないって目をしていたわ。


でも、写楽……貴方は、あの絵を見たときにどこか怯えている気もしたの」



 ……一言で言うと……お節介な奇人だな、と称していたあの顔を忘れられない。


 本当に困っているという表情をしていた、北斎との関係も考えていたのかもしれないけれど、今なら何となく写楽自身に堺由樹さんへの悩みがあるんじゃないかと思った。


 写楽は暫く黙り込んでいた。


「魔女の奴、まるで予言みたいだ」


「魔女がどうかしたの?」


「何でも無い。それならば、食事をきちんと二人で摂ってから、約束を取り付けよう。但し、条件がある」


「何よ?」


「オレを暴きたいのならまず自分を曝け出せ、オレは貴様が今や昔をどう思うかが聴きたい。貴様は、過去についてどう思う?」


 写楽の声は切実だった、本気で疲れていて、本気で困惑していて、本気で求める答えが見つからない声だった。

 何か、救いを求めて祈る声に似ていた。


「今と昔を、私はできるだけ比べないようにしたいなって思うわ」


「どうしてだ、今は幸せなのだろう? ならば昔と比べて満足したりすればよいではないか」


「――うーん、うまく、言えないけどね。あのね、大事なものって一緒くたにしちゃいけないと思うの。


大事なものはそれぞれの宝箱に詰めて、それで大事に大事にしたいのよ。だから私は、写楽は写楽で大事にしてるし、皆もそう。


誰かと比べてから、この人より大事にしたい、とか思ったりする?」


「恋愛感情は、どうなる。恋人というものは、比べて大事にするんだろ、友人や仲間と」


「ううん、私はそんな恋愛嫌よ。貴方は誰々より大事です、って宣言されたくない。


でも、一番は譲って欲しくない。


比べるというより、お互いに一番を与えるのが恋人って地位だと、今は思うの」


「――薫、貴様は多分、トロッコ問題が苦手なタイプだろ」


「うん、私、そのルール全部無視して、十人も一人も助けるわ。だって、私は元魔王よ、何でもできるわ」


「そこで、どちらも見殺しにすると言わないあたり、貴様は根っからの善人で偽善者だな。だが、その言葉は酷く心地良い」


 写楽がこつんともたれ掛かってきた、私の肩に。

 私は大人しくそのままにさせて、少しだけ頭を撫でると真っ先に「やめろ」と言われたけど、そのまま撫でる。

 心からの否定ではなかったみたい。知ってる。だから、撫でるの。

 だって、写楽は温かみを、欲しがっていたから。


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