救いの場所
「マラソン大会ってさ、誰が得するか考えよう?」
「僕はマラソン好きだから僕が得をする」
美鶴は北斎のアトリエで、マラソン大会について愚痴っていた。
美鶴と私達は違う学校でありながら、同じ日にマラソンが学校行事にあるらしく。
今まで不平不満を言わなかった美鶴が、真っ先に愚痴ったのがマラソン大会であった。
「僕は得をしないよ、嗚呼、友よ! 苦しみは分かち合う為のものじゃないのかな?!」
「高らかに友と宣言する奴はろくでもない奴って、百合が言っていたぞ」
「そんな! 僕の純真な心を疑うなんて、酷い!」
芝居がかった泣き真似をすれば、北斎が呆れて、軽く叩く。
随分と仲良しな姿に、私は嬉しくなる。
「ねぇ、それより! それよりだよ! 北斎くん、君は堺画伯とのことはそのままでいいのかい?」
北斎はあれから、美鶴に堺由樹さんとのしがらみを話したようだった。
「うん。いつか縁があるのなら、嫌でも何かが起きる。少なくとも僕が、このまま芸術家を目指すのであれば、あの人は彫刻もしている。いつかまた出会うことになる人だ」
「それってなんていうか知ってるかな、北斎くん。試練っていうやつだ!」
「……そうだな。僕にとっての、試練、だ。それより、薫。写楽がな、最近変なんだ」
「写楽が?」
「――僕に内緒で、師匠と連絡をとってるみたいだ、薫、何か知らないか? あいつなら、お前には話しているかもしれないと思って」
「……堺由樹さん、と」
どうしよう、写楽と前に個展にいったことは秘密にしたほうがいいのかな。
内密にって言われていたけれど、北斎は真剣な顔をしているし。
……ごめんね、北斎。でも、約束は約束だから……。
「内緒」
「あ、心当たりあるんだな。言えないのなら構わん、あいつにとって救いの場所があるのならそれでいい」
「北斎、言えるようになったら言うね」
「気にするな、誰にだって内密にしたいこととてあるだろう。とくにかっこつけのあいつのことだ、苦労は面にだしたくないはずだ」
きちんと兄弟をこっちの世界でしているんだね、北斎。
前の世界でも写楽が北斎の面倒を見ていたことを思い出して、つい撫でてしまった。
撫でると、北斎は嬉しげな顔をしてから、はっとして、「やめろ」と手を払った。
写楽の言ってた絵を思い出す。
写楽が気にしてるあの絵の画家であり、北斎のお師匠さん。
何となく、だけれど――絶対的に会わなければ、いけない予感がした。
それもなるべく早く。写楽が何かを思い詰める前に。
「吸血鬼のおにーさん自分から不幸背負ってきてマッハで胃に孔をあけるタイプだよね、こう、漂うオーラから良い人の匂いするもん」
美鶴の言葉に、北斎が珈琲を噴き出した。




