花開く記憶
幼い頃。
魔王をしていた頃の、幼い頃。
最初に私に仕えてくれたのは魔女で、魔女は私に色々と教育してくれた。
人の滅ぼし方も、魔法の使い方も、紅茶のいれかたも、総て魔女から。
私はある日、魔女にお返しがしたいと願った。
とびきり綺麗な花のブーケを作って、そこへ名札をいれた。
魔女に名前をあげたかった。
受け取ってくれたけれど、魔女は戸惑っていた。
「私は、ただの魔女です。名前なんて必要ありません」
「遠慮しなくて良いよ。とびきり美しい名前を選んだ、ハル。季節の名前だ。
魔女はハルのように、優しくうららかに、素敵な人だよ」
「……魔王様、ただの臣下を特別扱いするなんて、してはいけません」
「魔女の言うことでも聞けないよ。魔女にはとてもお世話になった。
だから、シノコという名前を捨てて、ハルとして生きてくれないかな」
「――知っていたんですね」
魔女の人間だった時代の名前には、怨念が込められていた。
手を下すこともなく、知らないところで野垂れ死ねという意味が込められた、「死子」
最初聞いた時は怒りが湧いた。
「魔女、もう自由になろう。人間から解き放たれよう。君はその為に魔物になったんだよ。
新しく第二の人生を踏み出す為に。それなら、名前も新しくしよう」
「……――それで、何になるんですか。
新しい、名前を貰っても、私は零から踏み出すなんてできません。
私はいつだって、マイナスの距離から魔王様達を見守っている。
そんな私には、名前なんて要らないんです。ただの、魔女と――」
「それなら私もマイナスから生きるよ。君を一人にはさせたくない。
魔女、存外生きるのは楽しいだろう? だからそんなに、頑なに拒むんだろう?
楽しいのだと自覚したくなくて。楽しいと、生きていたいと、肯定していいんだよ」
魔女の手を握ると、魔女はしとしと涙を零した。
「私は、捨て駒です」
「うん」
「私は、貴方達がもしも死んだとき、新たな世界へ行ける為だけに存在する鍵なんです」
「うん」
「鍵には命も名前も、何もかも要らない。私は、ただの、貴方達を来世へ繋げる生け贄なんですから」
「ハル、大丈夫。君は、もう生け贄以上の存在だよ――だから、怯えて泣かないで」
魔女――ハルは、両手で顔を押さえて、抱きついてきた。
その後ろ手に、杖を持っていると気付かず。
「魔王様、貴方は優しすぎる。だからこそ、臣下は貴方を愛する」
「そうなのか?」
「ですが、貴方様は恋を決してしてはならない。貴方が恋をすれば――……魔物同士が争う。
……なので、貴方様に呪いをかけます」
「呪い? どうして?」
「貴方様が傷つかないように。決してどなたの恋心にも気付かないように。
恋なんて覚えられないように、私の貴方がくださった名前ごと封印します――有難う、名前は大事にします。
でも、貴方は忘れてください」
「ハル――……」
***
「――ハル」
「? 起きたか、薫?」
ぱっと目を瞬くと、傍には北斎がいて、外は暗い。
帰る支度をしていて、此処は北斎のアトリエのようだ。
「帰ろう、遅くなってしまった」
「……ああ、うん。帰ろう、か」
何だか、とても懐かしい夢を見ていた気がする。
でも、何故だろう。
誰との夢で、どんな夢か、忘れてしまったんだ。
「ハル――」
小さく呟くと、北斎が瞬いて笑った。
「ああ、次の作品のモチーフは春だぞ! 桜を表現したいんだ、花は綺麗に春の花を。
優しくてうららかな季節――薫? どうした」
「え――」
「泣いてる――……」
訳の分からない涙が止まらない。
ただ、私の中で、何か大事なピースが砕け散ったのは、判った。
シリアス好きの血が疼いてしまいました。
次はラブコメ要素頑張ります




