魔女と北斎
「許可を貰えてよかったですわ、ふふ、これで薫と一緒! あ、あたしも写楽の家でお勉強教えるので泊まりますわ」
「……――百合」
「何です? 薫」
「……――私は、呆れて物も言えないよ」
はーっと深く溜息をつくと、写楽もつられて一緒に馬車のなかで頭を抱えた。
私と写楽は頭を抱えたまま溜息をついて、ちらりと見やると百合はきょとんとしていた。
さっきまで、神々しいオーラを出しながら、私の父親を大嘘で騙した人とは思えない。
あれは、所謂、美形オーラなのかなと、諦めるしかないのかな。
「貴様状況を判っているか?」
「薫のお婿さん候補になりましたわ」
「貴様のファンの数は?」
「……? ファンが関係していまして? あたしはあたしよ?」
「――ファンから嫌がらせ、もしくは貴様を嫌う者の敵意が総て薫に向くぞ」
そして、北斎の情報を信じるなら、もしも私に何かするような人がいたら、魔女が制裁するらしいと。
魔女が大暴れしてしまう――!
「魔女が、魔女がもしかしたら人間に害をなすかもしれないんだよ?」
「薫、それは好都合じゃありません? だって魔女ってば全然――」
「百合」
私はゆっくりと笑いかけてから、苛立ちを込めて睨み付ける。
「私は、ね。折角この世界にきたなら、魔女にも平穏を与えたいんだよ」
「……か、かお……る……」
「君が助けようとしてくれたのは判る、けどもっと誠心誠意かけて説得するとか、あったんじゃないかな」
「…………はい」
私の睨みを見ると、百合は一気に青ざめてしゅんとうなだれた。
「君は知っているよね、魔女は人間達に嫌われたから、人間から魔物になったんだって。
人間というものを嫌ってるから、名前を捨てているって」
「……――ま、魔王様……ご、ごめんなさい」
「×××、そのへんにしておいてくれ。すっかり怖がってる。こうなった以上仕方あるまい」
写楽は私の懐かしい名前を呼ぼうとして、声にできずにいると、顔をくしゃっと歪めて悔しそうだった。
「薫、貴様は――納得いかぬが、百合の恋人。少なくとも貴様の親の前ではな。
だが、他の場所ではそれはなしだぞ、いいな。百合もそれでいいな?」
「うん。ああ、百合……――結果はこうだけど、気遣ってくれたのは有難う、ね」
「……薫……ッ!! 怖かったわ、薫-!!」
「ちょっと、百合、抱きつかないで!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、写楽の家につく。
写楽は大きな建物の頂上の階層総てが写楽の家だと教えてくれた。
「今日からここが薫の我が家だ、おかえり薫」
「……写楽って、変なところで優しい言葉知ってるよね」
「……――貶すな、馬鹿」
写楽が真っ赤になってから微笑み、手を握ってくれた。
こうして、魔物達との共同生活が始まった。
*
どこかの廃ビルの屋上にて。
「先生、詐欺師の方々は今夜は諦めるみたいです」
「そう、あの海老チリ美味しかったな、もう少し食べればよかった。
それにしても意外だったな」
「何がでしょうか?」
「お前にだけ内緒にしていたが、あの会場は魔物にしか入れないようになっていたんだよ。
此方の世界では、どうやら僕だけは魔法を使える。
魔法で、結界を作っていたのに、お前は入れた。結界にも気付かず」
「……何のことだか、さっぱりですね」
「――それから、な。前は柑橘類の香水だったのに、今は白檀の匂いがする。
この世界では、魔法を使った後、白檀に似た匂いがするんだ。強い魔法なら、強い魔法ほど」
「何が言いたいんでしょうか、先生の言葉が難しくて……」
「では、簡潔に。お前は、誰だ? 僕のバイヤーに化けていて、人間の気配がしない」
「さァ、どなたでしょうね。一つ言えるのは、貴方は今その疑いを消しますよ。
少し眠ったら、疑いを持たない貴方になっている。さぁ、おやすみなさい――
大丈夫、貴方のバイヤーさんは何処かで元気にされてます。
それまでは、私が貴方のバイヤーの甫坂久哉です」
「……なる程、それで白檀の匂いか。読んでいたのか、僕が問うことを。
好きにすればいい、何度でもお前がホンモノであることを突き止めてみせる――
突き止めて、薫の前に……引っ張ってやるからな、魔女め」
「不器用な人。確信が無い限り、私を魔女だと隠してくれる、便利な人」
「どうして、そんなに頑なに……姿を……」
「私は、あの方に相応しくない。それだけです」
北斎は、意識を失い、この日までの魔女への確信を忘れる。




