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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第6話

初めて戦闘シーンを書かせて頂きました。

ソラたちが訪れた神殿は、質実剛健な石造りの建物だった。正面から入ると幾つもの太い柱が天井を支えているホールがあって、その奥に祭壇の間が続いているらしい。

ところが、


「迎えの者がいない……?」


お忍びとはいえ一国の王女が巡礼に訪れたというのに、神殿にいるであろう神官が誰一人として姿を見せないのだ。ホールの中は不気味なほどに静まりかえっている。

明らかに、異常事態であった。


「……どうする? サシャ」

「……前に進みましょう。私たちには為すべきことがあるわ」


サラーディアの判断にソラたち臣下も従った。警戒を解かぬまま、王女を護るようにしてホール内を歩く。

−−そうしていると、唐突に。


「ッ!」


ソラが、勢いよく顔を上げた。


「すぐ近くに、複数っ−−来る!」



直後−−ホールが、爆炎に包まれた。



隠密の魔術で身を隠していた『刺客たち』がこのとき攻撃してきたのだ。ちょうどサラーディアの隣にいるソラに向かって、一斉に。

紅蓮の炎が石柱と石畳を蹂躙し、圧倒的な熱量が空間を満たす。

そして、炎が消え去った時。

そこにあったのは、丸焦げになった王女たち−−ではなく、全く無傷の一行であった。


頭上に右手を突き上げる姿勢で立つソラ。その右手を中心に、透明な半球体が広がって一行を守っている。

半球体の正体は、魔力で構成された“氷”の壁であった。内側の一面に高度な魔法陣が刻まれており、その防御力を際限なく高めている。


この世界の魔法は、大まかに分けて、光・水・地・闇・火・風、そして雷の7つの属性を持つ。だがその全てを極めるのは困難を極め、仮にそうしようとしても、大方は全てが中途半端な出来になってしまう。なので多くの魔法使いは、自らが得意とする一つないし二つの属性魔法のみを習得し、実用レベルにまで特化させる。

それが、ソラとっては“水”属性だった。そして、ソラほどの腕前となれば、あらゆる液体を自在に操ることが出来る。


やがて、役割を終えた氷壁が砕け散ったと同時に、再び刺客たちが動いた。その内の一人が、剣を抜いて襲いかかってくる。

ソラは反射的に腕を伸ばして、サラーディアを守るべく自身の元に引き寄せた。

……ひゃあ、という可愛らしい悲鳴と共に、妙に弾力があって柔らかい『何か』が胸板に押し付けられたが、今は気にしないことにする。そのまま、空いた方の手を敵に向けた。

ソラが手のひらを向けた延長線で、先ほど砕けた氷の破片が、空中で集まり、伸び、円錐状に凝固する。そうして、剣の刃が届くより先に、鋭い氷槍が刺客の心臓を貫いていた。


ソラは絶命した相手が崩れ落ちるのを見届けずに、油断なく視線を周囲に巡らせた。


こちらを取り囲む、金糸の刺繍が施された黒衣を纏った、ヒューマンの男達。数は十。内訳としては、戦士と魔導士が半々だろうか。

途轍もない戦闘力を見せつけたソラであったが、残りの刺客たちは未だ闘志を削がれてはいないようだった。殺された同胞にも見向きせず、こちらを警戒しながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。先ほど浴びた爆炎魔法の威力も考慮すれば、一筋縄ではいかない相手だとすぐに理解できた。


周りの従者たちはすっかり腰が抜けてしまっているし、使い物にならないだろう。ソラはそこまで考えて、一番近くにいる者に呼びかけた。


「俺が敵を引き付ける! 君達は王女サシャを連れて逃げるんだ‼︎」


抱き寄せていたサラーディアを引き離し、その従者の元に押し出す。従者はサラーディアの手を取ると、震えながら何度も頷いた。そのまま、他の者達と共に転移魔法の詠唱を始める。

その間もソラは、次々と魔水の刃を生み出しては刺客たちと応戦した。


「待って、ソラ! 貴方も一緒に……っ⁉︎」


我に返ったサラーディアがソラの元に駆け寄ろうとしたが、その頃には既に転移魔法が発動している。たちまち王女と従者たち、ソラを除く味方全ての姿がかき消えた−−。





ソラは、ひとまずサラーディアたちの安全が確保されたことに安堵した。そして……これで心置きなく暴れられる、と刺客たちに向き直った。

敵の数は、既に半数以下に減っている。この襲撃が誰の指示なのか聞き出すためにも一人くらい残しておいた方が良いかもしれないが、それ以外は生かすつもりなど毛頭ない。

ここから一気に畳み掛けようと、大魔術の発動を試みた時であった。


ドンッ、と背中を強く叩かれたような衝撃に、少年の体がつんのめる。

後ろから矢を射られたのだ−−ソラがそう悟ったのは、床に膝をついてからのことだった。


(しまった、増援……伏兵か!)


背後から迫る敵に対応しようとしたが、肩に深々と刺さった矢が邪魔をした。息をするたびに激痛が走り、魔力を集めることも、立ち上がることさえも叶わない。

前方にいた刺客たちも、これを機にと襲いかかってくる。避けられない。死ぬ−−


その時だった。



「−−ソラっ‼︎」



ソラに迫りくる刺客たちより速く。あたかも、一陣の風のように。

石柱と石柱の間から勢いよく、男装の少女が飛び出してきた。

少し癖のある漆黒の髪に、意思の強そうな鳶色の瞳。その顔を見て、ソラは驚愕に目を見開いた。あの時から早三年、彼女も大人びた容姿に成長していたが、それでも見間違えるはずがない。

彼女こそが、かつてマーロンの町で出会い、決して忘れることの出来なかったヒューマンの少女−−



「……エリル……⁉︎」



言葉を失うソラの前で、エリルが腰の剣を抜き放った。

刹那に走った斬閃、舞う血飛沫。

エリルは刺客の一人を叩き斬ると、そのままの勢いで残りの敵に殺到した。

突如として現れた尋常でない敵に、刺客たちも伏兵たちも戦慄し、その思考を停止させた。−−ただ、一人を除いて。


「エリル! そのまま伏せて‼︎」


彼女の乱入によって生じた敵達の隙を、少年は決して見逃さない。

数秒の内におのれの膨大な魔力を練り上げ、片膝をついたまま、鋭い眼差しで敵を見据える。

そして、


「−−潰れろおおおおおおおおっ‼︎」



次の瞬間、彼の大魔法が放たれた。



ソラの足元から発生する魔術の洪水。

エリルのみを的確に避けてホールに殺到した大津波が、残りの刺客たち全てを呑み込み、蹂躙し、断末魔の叫びさえ押し潰した。


「なんなのこれ⁉︎ マジでなんなの⁉︎ オレとしては、『これでも信徒なわけだし、場所もわりと近いし、巡礼の旅の前に寄っとくのもいいかなー』って軽い気持ちでの参拝だったのに‼︎ てかエリルちゃんどこ行った⁉︎」


どこかで男の情けない悲鳴が聞こえた気もしたが、あいにく構ってなどいられない。

大魔法が収まったのとほぼ同時に、神殿の天井が凄まじい音を立てて崩れ始めたからだ。先程の爆炎と今の津波で、建物を支える石柱がついに限界を迎えたらしい。

エリルは負傷したソラを背負うと、落ちてくる瓦礫を避けて走り出した。


出口への道が瓦礫で閉ざされた今、目指す先は、崩壊するホールの奥−−未だ無事な【祭壇の間】であった。

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