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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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エピローグ2


大陸の北の果て、絶海と渓谷の狭間には、小さな神殿が建っている。薄金の髪の精霊が管理している、とても美しい神殿だ。

とある人魚マーマン族の聖人が祀られているその場所には、時たま、〈巡礼の旅〉を行う信者が訪れた。その度に、聖人の墓前には豪華な品々が手向けられた。

そして。

いつの時代にか、立派な造りをしたその墓の隣には、もう一つの墓が建てられていた。故人の名前すら刻まれていない、小さくて粗末な墓石であった。

この墓石が、かの賢者と遠く血の繋がった、かの魔女を討ち果たしたという少年のものであると知る者は少ない。

故に、この墓に献花をする者は本当に僅かだった。だが、その数少ない中には、ある一人の傭兵が含まれていた。

傭兵は数年に一度の頻度で訪れては、墓前に幾つかの貝殻を置いていった。マーロンの港町の近く、この地から遠く離れた海岸で取ってきたというそれは、少年の墓を美しく彩った。


そんなささやかな贈り物は、傭兵が、遠い遠い戦地で命を落とすまで続いたのだという−−。





どこまでも晴れ渡った青空の真下で、その枯野は血に染まっていた。


合戦を終えたばかりの戦場だ。激しい戦闘の痕跡がそこかしこに散らばっている。動ける兵は既に撤退しており、残ったのは数多の死体と、助かる見込みもないような瀕死の者達だ。

そんな怪我人の中に、女の傭兵……エリルの姿があった。


「……最悪」


古木の切り株にもたれかかり、俯く。酷い倦怠感を感じていた。脇腹に大きな傷を負っていて、今も尚、出血が止まらない。傷口から命が零れ落ちていくのを彼女は感じていた。

死にたくない。

まだ生きていたかった。


“彼”も、そう思っていたのだろうか−−



「うん。死にたくはなかった」



「…………えっ?」


声変わりを済ませた少年の、しかしまだ大人になりきれていない……大人になれなかった、透き通った声。

あの日から何年も、何百回も、もう一度、たった一度でも良いから聞きたいと願い続けた声だった。

その、記憶の海の彼方に在った声を耳にして、エリルは呆然と顔を上げた。


その視線の先に、一人の少年が立っていた。

ゆったりとした袖口に見慣れぬ意匠の刺繍が施された服。魚のエラか胸ビレを連想させる形状の耳。

あざやかな赤い髪の下でまたたく、海の色を映したような、水色の瞳。


「……幻覚?」

「そうかもね」


ぽかんと口を開けるエリルに、少年は肩を竦めて言った。


「だけど……幽霊だろうが幻覚だろうが、はたまた空気の精みたいな存在だろうが、俺はちゃんと迎えに来たよ」


エリルは魚みたいにパクパクと口を開閉し、しかし結局、この今にもうねりを上げそうな感情おもいを言葉にまとめることは出来ず。ただ、少し困ったように、心底から嬉しそうに破顔した。


「ありがとう。ソラ、ぼくは、これまでもこれからだってキミが好きだよ」


ソラが歌う。祝福と、鎮魂と、愛の唄を。魔女の声ではなく、紛れも無い自分自身の声で。

その歌声を聞きながら。天空の蒼と大地の紅と、幸せそうに笑った愛しい人魚の姿を瞳に焼き付けて。そうして、彼女は瞼を閉じた。



精霊の歌声が、あたかも水面に昇っていく海の泡のように、世界の理不尽も悲劇も天にあげて昇華させるように、遥か彼方の蒼穹へと吸い込まれていく−−。









<赤い魔法使いと人魚姫・完>

これにて完結です。ブックマークをして下さった方、感想を書いて下さった方、評価をして下さった方、そして、この小説を読んで下さった方々。本当に有難う御座いました!

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