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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第52話


「この場所で何処までも幻想を追い求め、愚かな結末を迎えるが良いわ!」


魔女のその〈宣言こえ〉に従って、彼女の体から血のように滴っていた瘴気が、ゆらりと立ち上がった。直後、砲丸の形と化して、ソラへと襲いかかった。

ソラは迫り来る瘴気を紙一重で避けると、素早く体勢を正して、魔女の立つ方へ手のひらを向ける。水の槍を立て続けに放った。

ところが。

魔女は、空気を切り裂きながら向かってくる幾つもの槍を冷ややかに眺めている。息を吸って、ぽつりと呟いた。


「『止まりなさい』」


その一声だけで、水の槍はことごとく空中に縫い止められ、魔女の体に触れることすらなかった。やがて魔力による結合を失い、びしゃびしゃと床に落ち散らばって、石畳を虚しく濡らした。


「…………っ!」

「……ねえ。この戦いで、わたしと坊やの、どちらが死ぬと思う?」


唇を噛みしめる少年に、魔性の歌姫が問いかける。

優しい。

とても、とても優しげな声音だった。あまりにも優しげな響きであるからこそ、聴く者の絶望を引き立てる。そんな、究極に残酷な声であった。

しかしソラは、あくまでも気丈に言い返してみせる。


「さあ……。お前の方じゃないの?」

「あら、まだ、そんなことを言える余裕があるのね。面白くなってきたわ」


次の瞬間には、再び、どす黒い瘴気が少年を目掛けて放たれた。


相手の瘴気を少しでも浴びればそれだけで致命傷になりかねないのに、此方からの攻撃はまるで効かない。彼はたちまち追い詰められて、それでも奮戦し、瘴気を避けては何度も床を転がった。

−−しかも、少年を不利な立場たらしめる要因はそれだけではなかった。


「−−ねえ、坊や」


彼女が。


「苦しいでしょう?」


【海の魔女】が。

攻撃と共に、何度も、何度も、優しく〈声〉を掛けてくるのだ。

やはり、本当に、もうどうしようもない位に美しい声で。


「今すぐ、楽になっても良いのよ?」


−−甘い。

激しい戦闘の最中であるというのに、空気そのものに甘味を感じられるような、そんな錯覚に陥らされるほど魅力的な響きだった。この甘やかな声音に全てを委ねてしまいたくなりそうな、恐ろしく危険な誘惑で満ちていた。

それは、泣き出したくなる程の誘惑であった。

だが、それでも。


(負けて、たまるか……っ!)


頤を上げ、歯を食い縛り、そうやってソラが立ち上がった−−その時。



瘴気の弾丸が、少年の右足を貫いた。



「〜〜〜〜ッ⁉︎」


声にならない悲鳴。一瞬、意識が飛ぶ程の激痛。失神しかけた所を、続けて同じ箇所に瘴気が穿たれ、その痛みで強制的に覚醒させられる。

チカチカする視界の端で、人の脚の形をした血塗れの肉塊が、明後日の方向に飛んでいくのが見える。

だがそれを見届けるより先に、彼の体は瘴気と鮮血の池に沈み込んでいた。


そして、そして。


「うふふ……とうとう当てられたわ」


コツ、コツ、と。

幽霊のくせに、人魚のくせに、優雅な足音を立てて、魔女が倒れ伏した少年の元に歩み寄ってくる。

死が、歩み寄ってくる。


「ねえ。この場所で、わたしと坊やのどちらが死ぬと思う?」


無邪気な、可愛らしい笑顔で、魔女は先程の科白を再び投げかけた。


「死ぬのはあなたの方なのよ、坊や」

「……がう」

「え?」

「違うよ」


ソラが、答えた。

右手を懐に差し入れる。震える指先で掴み、ずるずると引きずり出した。


それは、一本の蝋燭であった。全体を赤く塗られた上に、少年の故郷に在ったものが−−美しい貝殻と魚の絵が施されている。

マイアがソラにくれた、『特別製』の絵ろうそく−−炎の魔術を宿した“魔法具マジックアイテム”だ。


片手に収まる大きさのそれを、魔女は心底下らなさそうに一蹴した。


「わたしにその魔法具の火球をお見舞いするつもり? そんなちゃちな攻撃が、このわたしに効く訳……」


彼女の言葉はしかし、途中で切れた。

−−唐突に、少年の体の内側で魔力の高まりが生じたのを感じ取ったからだ。


「あなた、何を−−」


異常な魔力の収束。

王国の切り札と謳われし魔性の血筋、その末裔たる魔導師の膨大な魔力が、蝋燭を持った右手へと集まっていく。

指先も、もう、震えてはいなかった。


「この場所で、お前と俺のどちらが死ぬか。お前は、そう問うたな」

「!? 坊や、あなたまさか……!」


漸く少年の意図に気付き、顔色を変えた魔女に対して、ソラはにやりと口角を吊り上げた。

直後、絵ろうそくを握りしめ……己が持つ全ての魔力を、一気に流し込んだ。

許容量を遥かに超えた魔力が、魔法具を内側から破壊する。−−内蔵されていた魔術の“暴走”を引き起こす!


「やめて、やめなさい! やめろおおおおッ⁉︎」


凄まじい魔力の奔流に、目映い光が辺りを包み込んだ、そんな中で。

壮絶な笑みを浮かべて、彼は言った。



「死ぬのは俺だけじゃない。−−俺“達”が、死ぬんだ」



大爆発。


この瞬間、紅が空間を満たし、灼熱の爆炎が全てを蹂躙した。

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