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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第50話


マーマン族とヒューマン族、両者が神殿の広間で、血で血を洗うような死闘を繰り広げている最中−−


人魚の王女を殺せ、と、何処かからそう叫ぶ声が聞こえた。


その声に、人魚族の王女−−サラーディアが、顔を上げる。

彼女の視界に、此方へ襲いかかってくる刺客たちの姿が映り込んだ。−−漆黒の布地に細やかな金糸の刺繍が施された外套ローブを身に纏った、戦闘僧侶バトル・プリーストだ。

以前、王家のしきたりとして訪れた港町マーロン郊外の神殿、そこで彼等の襲撃を受けた時と同じ状況。しかし、当時と違うことは……今、彼女のそばにあの少年は居ないということだった。


(……ソラ)


刺客の刃がサラーディアに届くよりも早く、駆け付けた従者トッティが、勢いよく戦斧を振り下ろした。

一撃で刺客の身体を両断する。数瞬遅れて噴き上がった血の噴水が、サラーディアにまでかかった。


「おいお前ら! 動ける奴が姫様を連れて、さっさと逃げ……っ⁉︎」


少女の体から、膨大な量の魔力が噴き上がったのはその時であった。


凄まじい力の奔流。サラーディアは己の魔力感知能力マジックセンスを研ぎ澄まし、その知覚は極限まで高められる。

そして、そして。


「−−−−っ!」


僧侶たちが反応するより早く、トッティたちが引き留めるより速く。

彼女は、床を蹴って駆け出していた。

戦場と化した広間から脱出し、先ほど“視えた”彼の魔力を目指して、神殿の地下に続く通路を探す。


力を持つ者。その力を操る者。

楽器と奏者。

サラーディアとソラの立つ場所をどうしようもなく引き離すその在り方が、今も尚、断ち切れないほど固く二人の運命を繋げている。

そういう意味ではきっと、この場の誰よりも彼に近い場所に立っているのは彼女だろう。だからこそ、彼女は、彼の居場所を感覚で知ることが出来た。


「ソラ、貴方は今、其処そこに居るのね……⁉︎」


心細かったし、狂おしかった。

早く、少年に逢いたい。

そんな想いに駆られるまま、少女は、薄暗い神殿の中をひた走った。





空中に浮かび上がる魔力の光が紡ぎ出した、【海の魔女】からの〈呪い〉を解く方法。

それを読み終えて……ソラは、膝から崩れ落ちた。水色の瞳が震えている。端整な顔もくしゃりと歪んだ。



−−呪いを解く、ただ一つの方法は。

−−自分が愛した異種族の者を殺害し、その血に触れること。


−−恋によって生まれた呪いであるからこそ、その呪いは、『恋を“悲劇”として終わらせる』ことでしか解けない。


そう、書かれていたのだ。



「……なん、で……」


絞り出すようにして吐き出された少年の声は、魔女の哄笑に掻き消された。

高い天井と石造りの部屋に反響して響き渡る人魚姫の笑声。その美しすぎる声には確かに〈呪力チカラ〉が宿っていて、かの〈呪い〉の力も完全に封じられた訳ではないのだと再認識させられる。


「−−嗚呼、最高だわ! ねえ、坊や。希望の果てに絶望を叩きつけられて、今どんな気持ちかしら?」


魔女は、嘲笑っていた。

此処において、苦渋の二択を強いられた少年を。


己の運命を歪めるほど愛した相手をその手で殺め、以前までの平穏と引き換えに生涯癒えぬ心の傷を負うか。

愛と引き換えに自らの希望を捨て去り、押し付けられた異能に運命を歪められ、悲劇に満ちた一生を送るか。

どちらの道を選ぼうとも、その先に在るのは苦痛と絶望でしかない。


石畳の床に座り込んだソラは、深く俯く。真紅の髪が顔の前に垂れ下がり、目元を覆い隠した。表情は伺えない。

そんな彼に、魔女が嗤いながら畳み掛けるように言った。


「さあ、坊やは、どちらの選択を−−」


−−刹那、魔女の顔のすぐ横を、“魔水の刃”が通り過ぎた。


刃は壁にぶち当たり、轟音を奏でる。石の壁に確かな傷を刻み込んだ。

さしもの魔女も笑みを浮かべたままの顔を硬直させ、ソラを見つめる。少年は顔を上げ、獲物に狙いを定めるような目で魔女を見据えた。


「……何のつもり?」

「話は分かったよ」


ソラは言った。


「俺は、エリルを殺せない。だけど、お前の玩具オモチャでいるつもりも毛頭ない」

「……何を言って……」

「だから、俺は、どちらの選択も選ばない。俺は−−」



「“呪いを解く”ことが出来ないなら、目的を変える。此処でお前を滅ぼし、呪いの“存在そのもの”をこの世界から消し去る」



「何ですって−−⁉︎」

「これまでの旅路を思い出したんだ。他人の思惑に、世界の理不尽に、振り回されてばかりだった。……けれど」


懐に手を差し入れる。その中にある絵ろうそくを、指先でそっと撫でた。

思い出す。

救いたかったけど救えなかった、それでも、確かに“行動に移して”助けようとしたことを。

その時、ドワーフ族の少女がくれた、あの言葉を。


「俺にはまだ、自らが望む行き先も、そこに辿り着く為の足もある……だから、この地の果てまでやって来れたんだ。これまでそうだったし、これからだってそうだ。だから、今だって、諦める訳にはいかない!」


魔女の顔から、笑みも驚愕の表情も消え失せた。

そこに残ったのは、海の底のように昏く冷たい感情。

そして。


「……そう。そういうことなの。……良いわ。それならば−−」


彼女は−−臨戦体勢を取った少年へと、こう高らかに告げたのであった。



「この場所で何処までも幻想を追い求め、愚かな結末を迎えるが良いわ!」


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