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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第49話


ソラは、扉のない入り口から、【紅の賢者】の隠し部屋の中に飛び込んだ。

すると。

部屋の床にソラの靴底が触れた瞬間、ちょうどその場所から火花が散った。直後、彼の足元から、大気をつんざくような爆音を立てて青白い光が炸裂する。


−−雷光、であった。


冷たく乾燥していた空気が擦れ合い、雷の威力を増幅させる。目を焼くような青い稲妻が、一瞬で少年の細身を包み込んだ。


( “雷”属性の魔法……⁉︎」


いかづちの魔法。

神族か、神族の加護を受けた者にしか使えないとされる、大まかに7つに分類される魔法属性の中でも特殊な魔力。奇跡の魔術。

そんな力を、自分おれと遠く血の繋がった人魚が持ち−−その魔術は、数百年経った現在もこの場に残されていた……⁉︎


自身を包み込んだ稲妻にソラはびくりと身を震わせたが、想定したような衝撃は訪れなかった。

バチバチッ、と繰り返し轟音を奏で、激しいスパークを放った雷は、やがて跡形も無く消え失せる。

後には、再び、静寂が訪れた。


「……何だったんだ? 今のは……」


ソラが茫然と呟いた、その時。


「本当に、嫌になるわね」


背後から投げかけられたその声に、彼は弾かれたように振り向いた。


「なっ⁉︎ お、お前は……!」


真珠色パールホワイトの髪、碧色の瞳。幾重にも重なった青いドレスの布地が、熱帯魚のひれのように揺らめく様が美しい。

これまでのように、声だけじゃない。此処は夢の中ではなく現実の世界であるのに、確かにその姿を視認できる。


ソラを呪った張本人が。【海の魔女】の異名を持つ人魚姫が。

今、この場で、“実体”として存在していた。


「どうして……」


呻くようにそう言って、ここで漸く、もう一つの重大な事実に気が付いた。



−−声が、出た。

他ならぬ、自分ソラ自身の声が!



「どうしてっ……⁉︎」

「空間そのものに、『あの子』の遺した魔術が掛けられているのよ。この部屋の中だけなら〈呪い〉が弱まる上、わたしを無理やり実体化させるという代物みたいね」


本当に嫌になっちゃう。再度そう言った彼女の手足には未だ、青白い電光がパチパチと小さな音を立てて纏わり付いていた。

ソラにとっては無害だったあの光も、かの魔法使いとその血族の“宿敵”に対してはそうでもないらしい。雷撃に焼かれた白い肌は爛れ、そこから血の代わりにどす黒い瘴気がしたたる。

だが、あくまでも魔女は涼しい顔で、


「そんなことより、『あの子』が遺した資料を見なくてもいいの?」

「!」


……そうだった。自分は〈呪い〉を解く為の方法を探していたのだ、いくらこの部屋の中では呪いの干渉を受けないと言っても、外の世界でそうでないのなら意味がない。

すぐ間近に魔女が居るという状況は落ち着かないが、ソラは気を取り直し、【紅の賢者】本人が魔術を仕掛けたというこの空間を見渡した。


書架と聞いていたが、本やら巻物やらはまるで見当たらない……というか、驚くほど何もない部屋だった。

以前、王女サシャと共に訪れ少女エリルと再会したという、港町マーロン郊外に建っていた神殿−−その【祭壇の間】を思い出す。広々とした正方形の部屋には、一番奥に、祭壇めいた石製のテーブルが置いてあった。

その祭壇へ、恐る恐る近付く。

滑らかな表面に、貝殻を模した絵と、短い文章が彫り込まれていた。

この大陸におけるの共通語ではなく、人魚族だけが使用する言語だ。更に、現在の王国で使われているものでもなく、一つ古い時代の言語であった。

普段使わない言語だけあって読み辛いが、読み方自体は習っている。次のように読むことが出来た。



『我は、【悪の魔法使い】と呼ばれし人魚なり』

『我の血を引きし者、恋と呪と運命に導かれし者よ』

『この地にまで辿り着いた、勇者よ』

『解呪の法を知りたくは、この石に手をかざせ』


『そして』


『ごめんなさい。あなたにまで背負わせてしまって』

『解呪の法を知って、その上で決断を下すのは、あなたです』

『どうか、どうか、悔いなき決断を』

『ごめんなさい。それでもわたしは、あなたの幸福を祈ります』



「……嗚呼……」


思わず、吐息と共に声が漏れ出た。


ソラが顔も知らぬその人から、その人にとって名も知らぬ子孫へと綴られたメッセージに。謝罪と祈りの言葉に。

その人は、決して悪党でも聖人でもなかったのだと。

その人は、決して【悪の魔法使い】でも【紅の賢者】でもなかったのだと、少年は悟った。


どんな理由があって姫君から声を奪ったのかを、追放され流れ着いたこの地で何を思って過ごしたのかを、ソラは未だ知らない。

されど。

当たり前に傷ついて、苦しんで。悩んで迷って。それでも、己だけの生を生き抜いたであろうその人は−−

何処にでもいる“ただの人魚”であり、唯一無二の“勇者”であり続けたのだ。


だから。


己と遠く血の繋がった、何処までも近く本質の繋がった、その人へ。手を差し伸べるように、或いは、助けを求めるように。はたまた握手を求めるように、ソラは祭壇の上に手をかざした。

指先が貝殻の絵に触れた瞬間、祭壇が淡い光を放つ。溢れ出た魔力の光が、空中で文字を、やがて文章を形作る。



ソラは真剣そのものの表情で、解呪の方法が記されたそれに目を走らせた。

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