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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第41話


「戦争……だって……⁉︎」

「ええ。……海底から地上に進出し、いずれはこの大陸全土を制圧するわ」


−−彼女たちは、何を言っているんだ。

−−こんなのは、それこそ誇大妄想の類いか何かじゃないのか。

−−だって、それは、地上が作った【海の魔女】の伝説そのものじゃないか!


それに、一体、何の為に−−


「何の為に、そんなことをするんだ! ソラから聞いた話によれば、マーマン族の王国は、海の底にあるけどとても豊かな国なんだろう? わざわざ地上に進出する必要なんて−−!」

「ああ。確かに、俺達マーマンの王国は豊かな国……『だった』さ。けれど、これからはそうもいかないんだ」

「これからは……?」

「そうだ。世界は今、かつてない程の変化を遂げている。……嬢ちゃんは、『国際グローバル化』って聞いたことはないか」


トッティが、普段とはまるで似つかわしくない、静かな声音で問いかける。

どこか噛んで含めるような物言いは、真面目な話をする時のカイトのそれに似ていた。


「他種族同士の交流の高まり、貿易の自由化による国際貿易の発達。長い間海底に閉じこもり外部との交流を避け続けてきたマーマン族は、その世界情勢から完全に遅れてしまった。まあ、全く外部との交流がなかった訳じゃなくて、寧ろ『それ』こそが国にとって必要不可欠なものだったんだが……」

「それなら、これからだってその交流を続けていけば−−」

「それがまた、これからはそうもいかないんだよ。……その交流は、『中継貿易』だったんだ」


中継貿易。

外国から輸入した製品をそのまま他の諸国に再輸出することで、仲介料や手数料を得るという貿易体制だ。

大陸同士を繋ぐ海そのものを支配してきたマーマン族だからこそ成し得た商法であり、この中継貿易による莫大な利益で海底の王国は栄えてきたのだ。


「だが、国際化に伴った運送技術と交通網の発達により、諸外国は、王国の仲介を得ずとも自由に商品を輸出入できるようになってきた。現在、中継貿易の在り方は崩壊しつつある」


確かにそうだった。以前、ドワーフの青年も、グーピルの女騎士も話していたじゃないか。

今はどんどん輸送の技術が発達して、どの人も簡単に海を渡れるようになってきていて、世界中に各国の商品が流通していると。無駄に高い“仲介料”を払わなくて済むようになった……と。


それに−−


「そして、海底に在る王国は、中継貿易以外で国家を支えられる産業を持っていない」

「…………っ!」


日の光も届かぬ暗い海の底で、魔術の結界で辛うじて守られた領土。その外には、【海竜王リヴァイアサン】をはじめとした、地上のドラゴンよりも遥かに凶悪なモンスターの数々。

寒冷な気候である為に広大な国土に反して作物もあまり育たず、一部の地下資源を除けばあまりにも資源に乏しかったが故に、国外に進出しなくては発展できなかったという帝国と同じだ。

国内だけで必要な資源や外貨を得られないのならば、他国を侵略し、奪い取るしか道はない……のかも知れない。


(でもっ……‼︎)


でも、きっと、そんなのは間違いだ。

どのような背景があろうとも、今のソラは、侵略を、戦争を、肯定することなど出来なかった。


(地上に出なければ……俺は、この世界の悲しい現状を知ることも、理不尽な罪悪感を覚えることもなかった! ……だけど! だから……っ‼︎)


この時、少年の脳裏に幾つもの記憶が交錯した。


帝国軍に足を奪われた小人ドワーフ族の少女。

豚鬼オーク】に無惨に殺された彼女の兄。

襲撃されて滅ぼされた獣人たちの村。

兵士たちに押し倒されて乱暴されそうになった、異種族の旅人である自分たちにも親切にしてくれた村娘たち−−。


この旅の中で出会った者達を襲った悲惨な出来事を。この目で見た悲劇を。

『かつて』とは違う見方で見てきた、世界の様々な光景を、今、思い返す。


そして、何より。

この自分が旅に出て、地上を、新しい世界を生きるきっかけとなった少女。

種族の違いも生きてきた世界の隔たりも何もかもを超えて、互いに惹かれ合った存在。

彼女が居る限り、彼は、この大陸を侵略してしまおうとは絶対に思えない。


(俺、は……!)


侵略戦争なんか許さない、と遮二無二しゃにむに暴れるソラを、サラーディアはじっと見つめていた。

彼女は、どう感じたのだろう。

自分ではない異種族に恋した少年を。声に出せない、制御できない感情を暴走させるその姿を。

しかし、やがて。


「ソラ、もうやめて」


海底の王国の王女が、自身の想い人でもある【悪の魔法使い】の末裔にそんな声をかけた。


「もうダメなの。もう抗う意味さえないのよ。貴方には、“拒否する権利”もないのだから」


ごめんなさい、とサラーディアは呟いた。その白い頬に、一筋の涙が伝う。

王女の言葉に、どういう意味なのか、とソラは訝しげな表情でサラーディアを見やったが−−


サラーディアが口を開くよりも先に、別の声が、彼の“脳内”に響き渡った。



『ええ。そう。本当にその通りだわ』



「−−−−ッ⁉︎」


サラーディアの綺麗な声にほんの少しだけ似た、しかし遥かに恐ろしい声。

ソラに憑依した【海の魔女】の声だ。

今はソラだけに聞こえているらしい。


何故こんな時に⁉︎ とソラが混乱する中、魔女の声が聞こえないサラーディアは言葉を続けた。

彼女の眼はもう涙には濡れておらず、だが代わりに、爛々とした妖しい輝きを放っている……。



「ソラ。貴方が受けたかの姫君の〈呪い〉、その本質は、彼女の声に宿った呪力。でも、思い返してみて。私達の王国が伝えてきた伝承の内容を……」


『当時の王家は、代々、極めて強大な呪力と呪術の技を受け継いできた。坊やはそう聞いてこなかったかしら?』


「……そう。呪力こえだけなのよ、貴方が得た呪いによる力は。そして、呪術うたの技は、“今もなお”王家わたしたちが持っている」


呪力チカラを制御する為の呪術わざは、そこのお姫様が−−わたしの子孫が受け継いだわ。それがどういう意味か分かる?』


「わたしたちは、楽器と奏者。力を持つのは貴方でも、実際にその力を操ることが出来るのは私。……だからこそこの数百年の歴史の中で、王家と【悪の魔法使い】の一族は、揺るぎない主従関係のもとに在り続けたのよ」


『つまり、坊やはどう足掻あがいても、わたしやサシャには逆らえない』



サラーディアと海の魔女の声が交互に響いて、ソラに残酷な真実を告げる。

そして、そして。


「だから」

『だから』


最後に、彼女たちは宣言した。



『「この戦争で、わたし貴方ぼうやを使うわ。もう二度と、貴方ぼうやわたしから離れられないように−−』」



ソラはとうとう言葉を失って、震えながら彼女の碧色の瞳を見つめ返した。

声のみならず、時代を隔てた二人の王女の本質はあまりにも良く似ていた。真珠色の髪の姫君は【悪の魔法使い】に憎悪という形で執着し、珊瑚色の髪の姫君は“少年ソラ本人”に恋情という形で執心する。

ソラにはもう、〈呪い〉の力を、彼女たちの執念を止めることが出来ない。


物語が、最悪の道筋シナリオを辿って動き始めようとしていた−−。

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