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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第37話


着々と、戦の準備が進められていた。

町では連日、徴兵された若者たちによる国境の戦場へと向かう列がなされ、首都ではささやかながら行軍記念のパーティーなるものが開催されもした。何処か浮ついた空気に国民たちは自らの愛国心と戦争意欲を向上させられ、獣人グーピルの国は、以前の陰鬱さが影を潜めちょっとした祭り騒ぎになっている。


(いくら浮かれた空気に、国の為という綺麗な言葉に惑わされても、これから戦争で殺し合いをさせられることに変わりはないのに)


未だ軟禁状態は解かれぬまま、屋敷の自室の窓から眼下の景色を眺めつつ。これが戦争というものなのか、と、ソラはひとり衝撃を覚えていた。

もっとも、これが人魚マーマン族の王国が関わる戦争であったならば、地上に出る前の『かつての』自分だったならば、今頃は王家の為に命を捧げようと自らを奮起させていたのかも知れないが−−


「我々の協力要請を受け入れてくれたこと、本当に感謝している。明日からはいよいよ君も出陣だ。今日はゆっくり休んでくれ」


階段を上ってソラの部屋を訪れたユスティリナが、その端麗な顔に笑みを浮かべて少年に言う。ソラは少し困ったように微笑してユスティリナに応え、それから、再び窓の外を見下ろした。

兵士たちへの激励や国歌の斉唱が町に響き渡る。これから戦地で人を殺す若者たちを、町の人狐たちは笑顔で送り出している。若者たちも笑っていた。

ソラはその光景を遠い世界の出来事のように感じつつもじっと見つめた後、笑顔を浮かべたままのユスティリナへ向き直り、白墨を手に取った。


『ユーリさん』

「ん? 何だい?」


『ユーリさんは、この世界を、どんな世界だと思いますか?』


「…………は?」

脈絡のない質問に面食らったようだ。ユスティリナの顔から笑顔が消えた。


『この世界が何なのか。俺にはもう、それがよく分からないんです』


親とはぐれて独りぼっちになった幼子のような、はたまた、長年連れ添った伴侶を亡くした老人のような、そんな寂しげな切なげな表情で少年が問う。

その表情に、今度こそユスティリナは言葉を失った。ただ漠然と、空みたいな美しい瞳をしているな、と思った。


しかし、やがて彼女は、部屋の中央にあるテーブルの元へ足を運び、上に置かれた果物籠に手を伸ばした。

その中から取り出したのは、この国の特産品である赤い果実だった。


「質問に質問で返す形になってしまうが……ソラ、君はこの果物がどんなものに見える?」

「…………?」

「この果物も、見方を変えることで、様々なものが見えてくるんだ」


丸い果実を手の内でくるくると回しつつ、ユスティリナは色々なことを教えてくれた。



「一つは、“産業”という観点からの見方。今はどんどん輸送の技術が進歩していて、世界中に各国の物品が流通している。所謂、国際グローバル化という現象だ。この果物も品種改良されたものがジャムや果実酒に加工されて、主にプタリナの港から海外に輸出されている。今や我が国で最も重要な産業の一つだ」


「或いは、“環境問題”という観点からの見方。海外への輸出による需要の増加に伴って果樹園に使われる土地の面積も増えた訳だが、新たに土地を切り拓く為に各地の森林が伐採され、自然破壊が進んでいる。農薬の多用による健康被害も懸念されているし……今後はそれらの対処が求められるだろう」


「或いは、“交通”や“市場”といった観点からの見方。先程の産業の話と内容は重複するが、運送技術と交通網の発達により、世界全体で、市場や流通の社会基盤インフラそのものが大きく変化している。例えば、無駄に高い仲介料を払わなくて済むようになって、この果物もより安価で売れるようになって−−……」



「……このように、果物ひとつでもこんなに多くの物事が考えられるんだ。この世界だって同じさ。一つの事柄でも様々な角度からの見方がある、視点が異なれば見えてくる景色も変わる。だから、時に迷ったり、分からなくなったりするのも当然だ」


ソラに優しく微笑みかけて、ユスティリナは語った。しかし最後に、ただ、と付け加えた。


「私は、『聖騎士として』の見方でしか世界を見ないと決めている。そうすれば、余計なことを考えずに、大切なもの一つだけを守れるからな」

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