第36話
その日の夜、ソラたち一行は、三人だけで話をした。
これまでのこと、これからのことを。
−−カイトは、“穏健派”の教会に属する者として、“過激派”の侵略を許すわけにはいかなかった。
−−ソラは、今もなお自身を蝕む〈呪い〉を解く為の手がかりが必要だった。
そして、エリルは−−
「ぼくはカイトさんとソラに従うよ」
彼女は、揺るぎない声でそう言った。
「雇われた傭兵としての義理だとか、正義感だとか、そんなものじゃない。……ぼくがソラと一緒にいたいんだ、一緒じゃなきゃ、ぼくはきっと後悔する」
「…………!」
思わず驚愕の表情でエリルを見たソラを見つめ返して、エリルは続けた。
「ソラ、ぼくは、キミが好き」
気負いもせず、しかし、紛れもない強い意思を込めて言ってのけた。
「だから、ぼくは、キミの為に自分が出来ることをするよ」
「…………っ!」
その声は。
この世界がどんなに変わり果てても、この想いは決して変えられない、と。いま此処にはいない【海の魔女】に宣言したかのようですらあった。
その言葉に、初めて知った少女の想いに。少年の端正な顔が、くしゃり、と歪む。
ソラの内で渦巻いていた〈呪い〉が、大きく音を立てて蠢いたのを、彼の心は確かに聞いた。
ソラは、泣きそうな表情になってエリルへと口を開く。それでももうどうしようもなく声は出なくて、喉の奥からは掠れた吐息が漏れるだけであった。
−−さて。ここまでは、帝国と獣人の国、過激派と穏健派、と“二つ”の勢力の対立に物語の焦点は当てられてきた。
だが、物事には、必ず“第三”の存在があることを忘れてはならない。
そもそも。
むしろ第三勢力の存在こそが、二つの勢力の対立に大きな影響を与え、また与えられることが多いのではないか?
極論を述べてしまえば、己の国からは犠牲を出すこともなく、武器の輸出などで利益を得る国家が存在するからこそ、どんな世界でも“戦争”というものがなくならないのではないか?
そう。
例えば今、“あの王国”も……−−
獣人の国の郊外。近い未来、帝国との戦争の場となる広野を、少し離れた場所から睥睨している少女の姿があった。
緩やかにうねる珊瑚色の長髪、緑柱石の瞳。戦場にまるで似つかわしくない可憐なドレスと、その華麗さにも劣らぬ美しい容貌。
少女−−海底の王国の王女たるサラーディアは、初めて訪れた地上の内陸で、幼い頃から共にいた筈の“彼”の面影を探していた。
−−否、実際に、彼女は感じ取っているのだ。
かの姫君の〈呪力〉の波動を。
かつて王族が有していた、現在は彼女の想い人たる魔法使いが纏っている、『王族だけが自在に制御できる筈』であった呪術の源を。
(かつて、今ほど自分が王家に生まれたことを恨み、そして、悦ぶことがあっただろうか……)
かつて【悪の魔法使い】に奪われて、少年にも押し付けられた呪力。“今もなお”王家が持っていて、少女にも受け継がれた呪術の技。
力を持つ者。その力を操る者。
楽器と奏者。
サラーディアとソラの立つ場所をどうしようもなく引き離し、それでいて、断ち切れないほど固く二人の運命を繋げているという、宿命とも呪いとも呼べる在り方だ。
その在り方が、サラーディアを此処まで連れてきた。そして、その在り方とは違う所にある彼女自身の想いが、此処から更に先へと彼女を突き動かしていくのだろう。
だから……
「ソラ、私は、貴方が好き」
サラーディアは、かつて伝えられなかった……これからも赦されないであろう想いを、声に出して紡いだ。
「私達が王族と悪の魔法使いの血族だったって、貴方が私ではない異種族の誰かに恋い焦がれていたって、そんなこともう関係ない。必ず、必ず貴方を取り戻してみせる」
その言葉は、少女の声は。
この世界がどんなに変わらなくとも、この想いだけは決して譲れない、と。己と遠く血の繋がった、王国の聖女である姫君に宣言したかのようですらあった。




