第31話
ソラたち一行が、とある廃村でマーマン族の兵士たちに追われ、かの呪いの力を利用することで何とか逃げ切ったという頃。
そのちょうど同時刻、場所を変えて、大陸では新たな動きが起こっていた。
舞台は、大陸北東部。いずれはソラたち一行も、〈巡礼の旅〉の中で経由するという地点。
その付近に位置する、『人狐族』と呼ばれる種族の獣人たちが暮らす国に、未曾有の危機が訪れようとしていた。
−−ヒューマン族が支配し、国全体に他種族差別の思想が蔓延っているという、大陸最北部に広大な国土を有する帝国。そんな帝国からの、大規模かつ本格的な“侵攻”が始まったのである。
重厚な甲冑を身に纏い、数多の武器、軍馬、そして“魔法具”の兵器を携えた兵士たち。その数は十万以上。
グーピル族の国は元来なら豊かな国であったが、度重なる帝国軍との小競り合いと紛争で疲弊し、他国からの支援も足りず、今や、かの大国を撃退しうる程の力を持っているとは言えない。戦争を回避する策もなく、帝国側の侵略を防ぐことはもう叶わない。
獣人たちにとっての悲劇が、残酷かつ理不尽な結末が、目前に迫っていた。
帝国との国境から幾つかの集落を超えた場所に屹立し、これまでグーピル族の国を護ってきたという強固な城壁。
道中で周辺の村々を襲いつつ順調に行進を続けている帝国軍。現在、そのような軍団に最も近いこの石壁の上に、一人の若い娘が立っていた。
十七、八ほどの、美しい娘であった。
曇天の下でも輝く銀の長髪は無造作にまとめて背に流し、白銀色の胸当てや腰鎧に細身の体を包んでいる。凛々しさと可憐さを兼ね備えた目鼻立ち、その美しさをよりいっそう引き立たせる黄玉色の瞳は、実年齢に見合った若者特有の強い生命力と、その若さに反して深い知性とを同時に垣間見せていた。
ほっそりとした腰の辺りから、髪と同じ銀色の毛並みを持つ、太くて長いふさふさした尻尾が生えている。
小さな頭部からも、獣の耳がピンと立っていた。
さて、娘は、雲が太陽を完全に覆い隠してしまっている空の下、城壁の中でもひときわ高い箇所に立って、遥か遠くに広がる地平を見据えていた。
いかに獣人たちの五感が他の種族より優れていると言っても、流石にこの遠距離から帝国軍の姿を捉えることなど不可能だ。実際、彼女の目下には広大な草原と森林が広がっているばかりであり、人の姿は少しも見えやしない。
しかし、彼女には『聞こえて』いた。
幾千、幾万もの軍靴と馬蹄の響きが。戦の時は遠くないと告げる鬨の声が。兵士たちの歩みに合わせて、金属製の甲冑が擦れるほんの小さな音でさえ。
音は全て、“風”が届けてくれている。
だからこそ。
「……近い。もう、あまり時がない……!」
不意に彼女はそう呟いて、自身の鋭い犬歯で唇をきつく噛み締めた。




