第30話
「−−見つけたぞ! こっちだ‼︎」 「動くな!」 「包囲しろ!」
流石は王国の兵士、バランやトッティの直属の部下。連携が早く、統制もよく取れている。
あっという間に追いつかれ、取り囲まれてしまった。……同じマーマン族の一人として、その有能さを誇らしく思うことはあっても、忌々しく感じたのは今回が初めてであった。
ソラは、立ち上がれないエリルに寄り添って地面に膝をついたまま、此方を警戒しつつもじりじりと距離を詰めてくる兵士たちを見上げつつ、冷たい汗を流した。
このままでは、エリルとカイトは殺され、自分は捕らえられる。
そして王国は、捕らえたソラを−−姫君の呪いを受け、不可思議な声を得た自分を−−利用しようとしない筈がない。ソラとて、権力者とは、国家とはそういうものであると知っていた。
(どうする……⁉︎)
エリルを見捨てて逃げるなんてあり得ない。だがエリルを背負った状態で、王国の兵士たちから逃げ切れる可能性は低い。
それならば抵抗するしかない。だが自分は、同族の兵士に躊躇いなく攻撃が出来るか?
きっと出来やしない。ソラは、己の水の魔術を、魔力を、同族に向けられなどしない。
そう。“自分の”魔法を使うなんて……
「…………!」
その瞬間、あたかも天啓のように−−否、悪魔の囁きのように、少年の脳裏にとある方法が浮かんだ。
−−あるじゃないか、方法なら。
こんな状況を作り上げた元凶であり、しかし、この状況においては最も有効な手段となりうる、切り札の存在が。
大切なものを代償にして押し付けられた、これまでは不要だと信じて疑わなかった呪力が。
つい先日も、自身とエリルの命を救った、あの、
自身の本来の声と引き換えにソラが手に入れた、“あの女の”声が−−!
「おい、動くなと言っただろう! ……うっ⁉︎」
「大人しく命令を聞け! 【悪の魔法使い】のくせ……に……っ⁉︎」
武器を構えた兵士達に対して、ソラは躊躇いなく、勢い良く立ち上がった。
そうして、直後。
想い人の少女を庇うように同族たちの前に立ち塞がって、少年が、否、『彼女』が口を開いた。
「『黙りなさい』」
声が、出た。地上では【海の魔女】と呼ばれている、あの女の声が。
その一言で、この、死した村の中を飛び交っていた兵士たちの怒声は一斉に打ち消された。【悪の魔法使い】の喉を借りて解き放たれた、かの姫君の美声を前に彼等は息を呑み、青ざめた顔に畏怖の表情を浮かべて少年を見やった。
「『今すぐに剣を引き、立ち去りなさい』」
「……ぅ……ぁあ……ッ⁉︎」
水蒸気よりも軽やかに、水よりも滑らかに、氷よりも冷たい声が響き渡る。
その、決して拒絶は許さぬと言わんばかりの口調と美しい声音そのものに宿った絶大な魔力とに、兵士たちはガタガタと体を震わせながら後退り、次の瞬間には、
「「「うわあああああーーっ‼︎」」」
続々と、ソラたちに背を向けて走り出した。まだ恐怖の叫び声をあげるだけの自由が残されていたことは、己の感情に従って手足が動くことは、不幸中の幸いなのやも知れなかった。全員が我先にと、一目散に逃げ去っていく。
この時を以て、ソラたちの生存は確実となった。
ところが。
「……ソラ⁉︎ 大丈夫か⁉︎ ソラっ!」
兵士たちの逃走を見送った直後に、ソラが、その場に倒れ込んだのだった。
尋常でない量の汗を流しており、滝の水を浴びせられたかのようだ。過呼吸を起こし、死にかけた虫の如く痙攣する。
傷つけられた。傷つけた。裏切られた。裏切った。利用されていた。利用した。
魔女の哄笑と少年の絶叫とが、ソラの頭の中で響き渡っていた。
「……先の追っ手が戻って来るなり、次の追っ手が追い付くなりする前に逃げるぞ! ソラ、エリル、気をしっかり持て!」
カイトが、悶え苦しむソラと動揺するエリルに檄を飛ばした。苦しい呼吸の狭間にもしゃっくりあげ、泣きじゃくるソラを抱き上げつつ、挫いたエリルの足首には回復魔法の光を浴びせる。
−−ソラも、エリルも、この時は気づかなかった。
呼びかけた声に、表情に焦燥の色を滲ませつつも、この時の男の視線は恐ろしいまでに冷徹だったことに。
かつて、プタリナの街で、エリルにこの世界の現状を語った時。ドワーフの少女を連れて帝国の兵士たちを返り討ちにした時と同じ。まるで、何かを見据え、見極めようとしているかのような眼差しであった。




