第29話
住まう者を失くし、打ち捨てられた廃墟の村に、兵士たちの声が飛び交う。
その怒号を遠くに聞きながら、トッティは、ソラたちが逃げて行った方角を見つめた。
「おい、トッティ! 俺たちもソラを追うぞ!」
「おいおい、指揮官二人がどっしり構えてなくてどうするんだ。俺たちは此処で待機だからな」
先程までの冷酷さ(?)は何処へやら、バランが慌てて走り出そうとする。そんな青髪の若者をやんわりと窘めつつ、トッティは一人、内心で思考を巡らした。
(王国ではソラを攫ったと見なされているあの二人は、呪いを解く為に内陸の聖地を目指していると言った……)
その聖地とやらは十中八九、かの姫君の恋の相手を祀っている神殿だろう。かつて王女を死なせたが故に王国を追放された【悪の魔法使い】が、敵意をぶつけてくる同族から逃れるべく、地上に出て身を寄せた場所でもあると聞いている。
その神殿にソラがかけられた〈呪い〉を解く手がかりがある可能性は高い。成る程、そこを見れば、彼等の行動がソラに対する純粋な同情や厚意によるものと考えても不自然ではなかった。
だが、トッティの思考は、別の観点をも捉えた。
(……あの地は、ヒューマン族が興したとある宗教の重要拠点の一つ。そしてあの二人のうち男の方は、服装と先程の治癒魔法から考えるに、聖職者……教会の関係者だ)
つまり、見方を変えれば。
『近い内にマーマン族と敵対する可能性が極めて高い』組織の者が、『今や王国の最終兵器となりうる存在になった』少年を連れ回し、自らの陣地に引き入れようとしている−−そうとも解釈できるのだ。
尤も、かの教会がソラに関して何を企んでいるのか、はたまた、相手が此方の内情をどの程度把握しているのかが分からぬうちは、全てが推測の域であるのだが−−。
「……ま、この場は逃がして、泳がしておくのが妥当かもしれんな。そうでなくとも、部下たちにあのソラを捕まえられる実力があるとも思えねーし」
「何言ってるんだお前は⁉︎ 一刻も早く、あの人間共からソラを取り返すのが最優先だろう⁉︎」
「……ああ……お前は、ほんっとうにソラのことが大好きだねえ」
「今更何を言ってるんだ、当たり前だろうっ」
お調子者と見せかける為の仮面を外面に付けて、普段は決して自らの内面を明かさぬトッティと比べれば、バランの言動など実に分かりやすいものだ。
彼の全ての行動指針は、ソラの存在。あの紅の髪の少年の為ならば、この青年は、年相応の若者にでも冷徹な戦士にでも、それこそ“狂人”にだってなるだろう。
そして、そのような価値観をソラに対して抱くマーマンを、トッティはバランの他にもう一人知っていた。
そして、今この場には居ないものの、その『もう一人』も現在はトッティたちと共にこの地上を訪れている。
今は離れた所で待機して貰っているその人物に、もう少ししたら経緯を伝えに行こうとトッティは思った。
−−いずれは訪れるであろう状況下において、かの〈呪い〉を抑えつけてソラを捕らえることが出来るのは、その者であることを、この茶髪の青年は知っているのだった。
全速力で逃げ続けるのは、辛かった。
地を蹴る脚は水の中にいるかのように重い。絶えず肉体に酸素を供給する為の呼吸も覚束なくなってきて、溺れているかのように苦しかった。肺がしゃっくりあげ、自ずと涙が溢れてくる。
「逃がすな! 追え!」
「ヒューマンの男と女は始末しろ!」
「【悪の魔法使い】の子孫は殺すな! 生け捕りにしろ!」
そんな己の荒い呼吸音の狭間からも、兵士たちの怒号と足音が耳朶に届く。その音を聞く度に、まるで潮騒のように、錯乱と怨嗟の叫びが胸中から押し出された。
一体、何がいけなかったのか。
もう、故郷には帰れないのか。
同族たちの語る【悪の魔法使い】とやらは、幸せに生きることさえ赦されぬのか。
何より−−
(帝国を敵に回して、王国からも追われてっ……俺は、これから何処に行けばいいんだよ‼︎)
自分の居場所は、何処なのか。
それさえも今となっては分からない。
(どうしてっ−−)
疲労と、どうしようもない孤独と絶望とに、ソラの内側で何かが壊れかけた−−その時。
唐突に、小さく悲鳴をあげて、ソラの隣を走っていたエリルが倒れ込んだ。
(エリルっ⁉︎)
「−−えぇ、ちょっ、エリルちゃん⁉︎」
転んだ拍子に足を挫いたのか、なかなか立ち上がることが出来ない。
ソラたちの少し後ろを走っていたカイトも思わず立ち止まり、ソラは彼女に駆け寄って助け起こそうとしたが−−
「−−見つけたぞ! こっちだ‼︎」
運悪く、そんなソラたちの背後に、兵士たちの足音が迫ってきた−−!




