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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第2話

今回で過去編(?)は終了です。

「ソラ、こっちこっち! 来るのが遅いよー」

「ごめんごめん。でも仕方ないでしょ、抜け出すのも大変なんだから!」


あれから数日。エリルとソラは、毎日、一緒に祭りを見て回るようになっていた。

二人で港町を歩き回るのは独り時よりずっと楽しかったし、エリルはソラと話すのが好きだった。ソラはエリルに、故郷の話と、自らの身の上を語って聞かせた。


「俺は、海の中にある王国で暮らしてるんだ。すごく綺麗なところだよ。それでね、俺の家は代々魔法使いの一族で、俺も魔術を習ってるんだ! エリルを助けた時も、魔力で水を操ったんだよ」

「海の中って……ああ、そうか! ソラは、人魚族だったのか!」

「うん。だから、地上に出たのもこれが始めてだよ。それでなくとも、俺はずっと王都から出してもらえなかった」


ソラの一族は魔術の才に優れ、古くから王家に仕えてきた。だが、どういう訳か王族や貴族からの扱いは悪く、ソラも子供ながら肩身の狭い思いをしてきたらしい。特に厳しかったのは行動の制限だ。もともと外との関わりを極力持たぬマーマン族ではあるが、ソラの一族に対しては徹底されていた。

決して異種族の者と触れ合ってはいけないと。ソラたちの心身は、同族の王族にのみ捧げるものであると。ソラは物心ついた頃からずっと言い聞かされてきたという。


「ぼくたちと交流しちゃいけないって……どうして?」

「知らない。父様も母様も、俺が大人になったら教えてくれるって。だけど、そんなの納得出来ないよ!」


だから抜け出してきちゃったんだ、とソラは悪戯っ子そのもの風体で笑ってみせた。


「【夏至祭】は港町の繁栄を祝って毎年行われるものらしいけど、今年は、交易先との親交を深めるために俺のところの王族も参加するからね。今回だけ決まりを破って、俺たちも護衛としてついて行くことになったんだ。でも、俺はまだ小さいからって任務から外されちゃった。だから、部屋に閉じ込められてたところを、警備の目を盗んで町に出たんだ」


逃げ出してすぐ、見つからぬよう路地裏を歩いていたところで、破落戸ごろつきどもに襲われていたエリルを発見したのだと言う。


「なあんだ。それなら、やっぱりぼくと同じじゃないか!」


こんなやりとりがとても楽しくて、エリルはソラと会うのを心待ちにするようになった。

傭兵団には、ソラの身の上については隠して「友達が出来た」とだけ話してある。傭兵団の者達は悪い顔をせず、少額ながらソラの分の小遣いまでくれた。


こうして、二人の逢瀬は、一週間以上続く【夏至祭】の最終日−−ある決定的な事件が起きるまで続いたのである。





その日。港町は、これまでにない熱気と興奮に包まれていた。本日行われるパレードにて、マーマン族の王女−−サラーディア姫が、民衆の前に姿を見せてくれるというからである。


「サシャは、ああ見えて繊細だからなぁ……緊張で倒れたりとかしてないかしら」

「それ以前に、ソラはお姫様が知り合いだなんてすごいよね。ぼくもお姫様と会ってみたい」


人混みを避けて裏の通りを歩きながら、そんな会話を交わす。そういえば王家に仕える魔法使いの一族であったとはいえ、一族の姫君と面識があるというソラに対して、エリルは純粋に驚いた。

……だが……それと同時に、エリルは人知れず不安な気持ちを掻き立てられていた。すぐ隣にいるはずのソラが、何故か遠くにいるかのように感じられる、そんな矛盾した感覚。

何故そう感じたのか、この時はまだエリルは分からなかった。


−−何処からか、ひどく焦っているような人の囁き声が聞こえたのは、その時であった。


「あれは……俺の国の兵士?」


ソラによく似た形の耳を持つ、異国の服の上に武装した男達。彼らはあくまでも民衆には知られぬよう、裏路地で慌ただしく動き回っていた。

そのただならぬ様を感じ取って、エリルとソラはどちらが言うでもなく、咄嗟に物陰に隠れる。

そして。

耳を澄ませば、確かに、一人の兵士がこう呟いたのが聞こえた。



『まさか……姫様が、いなくなってしまわれるだなんて……‼︎』



「なっ−−⁉︎」


息を呑んだエリルの横で、ソラが勢いよく顔を上げた。マリンブルーの瞳に、濃い焦燥の色を宿している。エリルを助けた時でさえ、ソラはこんな目をしちゃいなかった。


「俺……サラーディアを、探さなきゃ」

「えっ?」


そう呟いたソラの声は掠れていた。


「俺が出かける前まではいたんだからまだそう遠くへは行ってないはずだし、俺ならサシャの魔力を辿ることが出来る。早く見付けなきゃ、サシャが危険な目に遭うかもしれない」

「……待って! それならぼくも手伝う、二人で探した方が早いはずだ!」

「悪いけど、それは出来ないよ。俺は本来外に出ちゃいけなかったんだ、今までエリルが俺と一緒にいたと知られたら、エリルまで責められてしまう」

「そ、そんなこと……」



「ごめんね。いきなりだけど、これでさよならだ」



次の瞬間、ソラは、物陰から飛び出して行った。


ソラが現れて、何か騒いでいる兵士たちを視界に入れながら、エリルは声を発することすら出来なかった。

この時になって、先程感じた不安感の正体を理解する。そして、その不安が現実になってしまったことも。


−−彼は、ソラという少年は。人魚で、魔法使いで、王家に仕える一族の生まれだ。

どんなに仲良くなっても、一緒にいてどんなに幸せだと感じても、共に生きるなど出来やしない。自分と彼が立っている立場は、あまりにも、あんまりにも遠いのだから。


ソラといた時に感じていた、あの心躍るような気分はとうになくなっていた。まるで溺れているかのように胸の内が苦しく、その視界は、あたかも水中にいるかのように揺らいで見えた……。





結局王女はすぐに見つかったのか、その後のパレードにて、エリルは彼女の姿を垣間見ることとなる。


町の全ての人々の歓声と祝福を受ける、マーマン族のお姫様。ソラやあの兵士たちが着ていた服に似た意匠の、しかし比べ物にならぬほど豪奢な造りのドレスが、綺麗な珊瑚色コーラルピンクの長髪とたおやかな肢体によく合っている。……王女が乗った馬車に寄り添うようして、あの紅い髪が一瞬だけ見えたのは、目の錯覚であろうか。

初めて目にした人魚姫の容貌は、遠目から見ても煌びやかで美しかった。自分などとても敵わない。ただ漠然とそう感じた。





こうして。

それから三年の間、二人が相見えることはなかった。

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