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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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番外編2


エリルが水浴びをしている場所から、湖面を挟んでちょうど向かい側に当たる岸辺にソラは訪れていた。

足が付かないほど水深が深い場所だ。しかし、むしろ、ソラにとっては格好のスポットであった。


(……ああ、やっぱり、俺は“人魚”なんだなぁ)


そそくさと上衣を脱ぎ捨てて、上半身だけ裸になる。普段はゆったりとした袖口の服に隠されている、男にしては華奢で中性的な体格が露わになった。

成熟しきっていない、未だ分岐前の性を残したままでいる、それがソラという少年だ。

また、脇の下から細い腰にかけて、髪の真紅の色を薄めたかのような淡い桜色の、透き通った“鱗”が生えていた。魚のエラのような形をした耳と同様、彼が生まれた時から存在する、マーマン族特有の身体的特徴である。

最近はそれを見る度に、やはり、自分はどうしようもなく人間エリルとは違うのだ、と少年は思わされた。


(こんなところまで来てしまったけど……エリルは、これからどうなるんだろう)


こんな時でも、考えるのはあの少女のことばかりだった。

少年のような口ぶりと格好で、それでも一緒に居れば、やはり“女の子”であるのだと自覚させられる時があって、その度にソラの心臓 は跳ね上がる。

どこまでも明るくて快活で、爽快なまでの強さと生命力とに溢れた、愛しくて恋しい少女。ソラは今、そんなエリルにどうしようもなく惹かれていた。


だけど、その想いを、声に出して伝えることは叶わない。


(……俺も……これから、何処に行くんだろうな)


声を奪われて、彼女への告白も出来ないままで。

もし〈巡礼の旅〉の終着点に辿り着いたとして、本当に【海の魔女】の呪いが解けるかも分からないというのに。


(俺自身がそんな状況下にある癖に、それでも俺の手でエリルを守りたいと思うなんて、我ながら身勝手だなあ)


そんな自嘲めいた思考を最後に、少年は目を閉じて、今はただ心地よい水の感触に身を委ねた。





枝葉に遮られていた日の光が、今はやけに眩しく感じられる。

エリルは、ソラが水浴びに向かった岸辺へと足を進めていた。


「……確か、ソラはここら辺に向かった筈……」


きょろきょろと辺りを見渡して、それから、何とも無しに湖面を覗き込んで−−エリルは硬直した。


ソラが、水の中を漂っていた。


あまりにも水面が静かなものだから、その姿は、彼が硬く透明な水晶の内に閉じ込められているかのようだった。湖面に差し込んだ日の光を透かして、肉付きの薄い体に生えた、初めて見る淡紅色の“鱗”が煌めいている。見慣れた鮮紅の髪も、水中では微かに揺らめいており、その様が、普段とはまた違った不思議な魅力を見る者に与える。

少女のまま時間ときを止められて、深い海の底に閉じ込められて眠った、麗しくも憐れな人魚のお姫様。

そんな、お伽話の世界に迷い込んだかのような錯覚さえ感じられた。

その光景の美しさに、エリルはしばし見惚れて。

そして。


「ソラーーっ⁉︎」


ヒューマンとしての感覚ゆえに『ソラが溺れている』と誤解したエリルは、次の瞬間、湖の中に飛び込んでいた。

勢い余って冷たい水を呑み込んでしまった辺りで、エリルの記憶は少しの間途切れる。



気が付いた時には、岸に仰向けになって寝転がっていた。

ゆっくりと目蓋を開けたエリルの視界にまず映り込んだのは、エリルの顔を心配そうに覗き込むソラの姿だった。

早とちりして勝手に慌てふためいて、本当に溺れてしまったのはエリルの方だったらしい。

しかし、この体勢はあたかも、ソラがエリルを押し倒しているように見えなくもなかった。ソラは上半身裸のままであるし、エリルのシャツは濡れて下着と素肌が透けて見えている。

それに気付いたエリルは、かああっ、頬を赤く染めて−−だがその直後には、何とも言えない虚しさを心に覚えて、何も言わずに彼の瞳を見つめ返した。


こんなに海から遠く離れた場所まで来て、こんなに広く晴れ渡った空の下にいるのに。ソラはエリルに声をかけることが出来ないし、エリルは水中で呼吸なんて出来やしない。

二人一緒でもドワーフの少年ひとり助けられないし、この世界の在り方だって何も変わらない。

自分たちの理想の愛の在り方と、現実の自分たちと世界の在り方との乖離。それを自覚した瞬間、エリルは、ソラに告白しようと決めた先程までの自分が酷く愚かな存在に思えてきたのだ。だから、言うことが出来なくなった。



あらゆる音が、水が、光が。世界が、今となってはあまりにも遠い。

そう感じながら、二人は、その日も互いの恋心を伝えることが叶わなかったのだった。

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