第22話
鍛え上げられた輝く白銀の剣身と、魔力を帯びた無色透明の刃とがぶつかり合った。
ソラが数秒の内に作り上げた魔氷の刃でもって、将軍の斬撃を受け止めたのである。
「−−ぐおおおおっ⁉︎」
将軍は力任せに押し切ろうとしたが、ソラとて負けてはいられない。ありったけの魔力を練り上げ、魔力を純粋なパワーに還元させることで抵抗する。
回避も後退も捨て去った決死の抵抗。
魔法具で攻撃しようにも、流石にこの近距離であれば火炎に巻き込まれるやもしれず、相手も迂闊には使えまい。その点を考慮した上で、ソラはこの一撃に全てを賭けたのであった。
大剣と魔刃が、ソラの残り少ない魔力と将軍の鍛えられた筋力が均衡する。
この瞬間、両者は、同じ平等な土俵の上で互いのしのぎを削り合う。
−−それなのに。
「っ、この、下等種族の分際でええええっ‼︎」
(……どうして)
互いに平等に命を賭けて闘っているというのに、それなのに、どうして、彼は今も尚そう叫ぶのか。
彼が何故そこまで自分を認めようとしないのか。ソラにはその理屈が分からなかった。
ソラとて、己の一族が仕える王家に対する忠誠心も、生まれ育った海底の王国に対する愛郷心も当たり前に持っている。この長い永い歴史の中で、世界の大半を占める広大な海を支配し繁栄を築いてきたという人魚族、そんな種族に名を連ねていることに対する誇りを……いわゆる同族意識を少なからず持っている。
だが、いくら自分の種族が大切だからといって、他の種族を不当に見下し、その権利を剥奪することが赦されるとは思っていない。他種族を蔑ろにする気など決して持たない。
現にソラは他種族であるエリルに恋い焦がれ、たった今、彼女を守る為だけに戦っているのに−−。
そのようなソラの疑念を断ち切るかのように、唐突に、将軍が目を見開いた。
「−−ソラっ‼︎」
瞠目した将軍の瞳に映っているのは、たった今、刃を交えている少年と−−その背後から駆けてくる、少女の姿。
ソラと将軍の力が拮抗し、互いに動けない今この時を狙って、エリルがソラを助太刀する為に動いたのだ!
ところが。
己の首を刈るべく自らの負傷を省みぬ速度で駆けて来る敵に対しても、歴戦の戦士たる将軍の判断は素早かった。
火の付いた絵ろうそくを、走ってくるエリルに向かって投げつけたのである。
「なっ……⁉︎」
直撃すれば死を免れぬ、究極の火炎魔術の源が、夜風を切り裂くように少女へと迫る。
ソラもエリル本人も、突然すぎて反応できない。回避も叶わぬまま、エリルは飛んでくる赤い蝋燭に呆然と立ち尽くした。
(–−エリル‼︎)
顔を青ざめさせたソラとは対照的に、今度こそ己の勝利を確信した将軍の顔面に醜悪かつ残忍な笑みが浮かんだ。
大剣と魔刃の拮抗が、崩れる。
エリルがいる背後を振り返ったことで無防備に晒されたソラの背に、将軍の振り下ろした剣身が−−死が、迫った。
「……! 待ってソラ、後ろが、危なっ−−⁉︎」
自らの死が迫ってきているこの危機的状況、そうであるにも関わらず、二人は互いに相手のことしか見えていなかった。
だからこそ。
今は声を出せぬことも忘れて、ただ、エリルに声を届けたくて、ソラが口を開いた−−その時。
そう。
その時であった。
「『とまりなさい』」
ソラの喉を震わして−−少年の声帯を奪って、『女の声』が響き渡ったのは。
−−それは。
それは、エリルの声でも、ましてや、ソラの声でもなく。
ただ、それは。
あまりにも美しい声であった。
何者も抗えぬ、そんな〈呪力〉が込められた声であった。
夜風の音も、屋敷が焼け落ちる音も、生者たちの呼吸音さえも、その美しすぎる声の響きに呑み込まれた。
そして。
世界が、美しく恐ろしい沈黙に満たされた中で−−
投げられた筈の赤い蝋燭が。
重力に、世界のあらゆる物理法則に逆らって。
今は『彼女』の声だけに従って、空中で『静止』していた。
そして、そして。
その光景に、思考さえも奪われそうになる中で−−
「−−うわああああああーーっ‼︎」
驚愕も戦慄も断ち切るように、エリルが己の剣を振りかぶった。
空中で静止したままの魔法具がすっぱりと両断され、それぞれが明後日の方角に飛んでいく。
瞬間、音が、正常な時間の流れと共に戻ってきた。エリルのすぐ両隣を、しかしエリルを避ける形で落下した魔法具の残骸が−−行き場のなくなった内部の魔力を暴走させ、爆発を引き起こす!
その二つの爆炎を突っ切って、エリルがひた走る。エリルが動くと同時に、ソラも前方に大きく踏み出した。
「「〜〜〜〜ッ‼︎」」
細身の剣と氷の刃とで、将軍の首を斬り落とす。
奇遇にも同時に、同じ速度で、同じ高さで武器を振りかぶった為、二人の得物は太い首の半ばでぶつかり合った。
骨と肉を断つ音と、氷と金属がぶつかり合う音。二人して血の噴水に身を汚し、しかし次の瞬間には、今度こそ、互いに互いへと手を伸ばして。
手を握り合って、震えながら、将軍の死体を前に立ち尽くしていた。




