第21話
(……何故だ?)
再び、視点を変えて。
グドウは、つい先程までとは一転、激しい憤怒と焦燥に身を焦がしていた。
(何故だ、何故、攻撃が当たらん⁉︎)
大剣を横薙ぎに振れば、後ろに跳んでどうにか避け、しかし、次の瞬間には再びこちらに踏み込んで来る。
魔法具の炎弾を放てば、氷の盾で僅かに軌道を逸らすことでどうにか避け、続けざまにその盾を投げつけてくる。
相手の斬撃を掻い潜り、蝋燭の魔弾をいなし、ただひたすらに前へ。
前へ−−
(−−この儂へ、立ち向かってくる!)
こんな筈ではなかった。
本来ならばこの小僧は、一方的に追い詰め、嬲り、一つの抵抗さえ許さず殺すつもりであったのに。
「何故、当たらぬ! 何故、斃れぬ‼︎」
苛立ちのせいで、次の一撃は、今までよりも大剣の振り幅が大きくなった。
その際に生じた隙を少年は逃さない。紙一重で剣身を躱しざま、細い腕を大きく伸ばして、その手のひらをグドウに向けた。
「なっ……⁉︎」
直後、首から心の臓にかけて、氷の手で撫でられたかのような寒気が走る。
考えるよりも先に後方へ跳んでいた。それは、グドウにとって初めての後退であった。
すると。
直前までグドウの上半身が存在した空間を、水と魔力で出来た刃が通り抜けて行った。
(……まさか)
ぽたり。
傷口から血が流れ出るように、冷たい汗がグドウの首筋を伝う。
(此奴は−−本気で、この儂を討つつもりか?)
ぽたり、ぽたり。
グドウに当たらなかった魔水の刃が、その結合を失って地へと落ちていく。
今もなお屋敷を焼く魔法具の火焔に照らされて、煌めきながら落ちていく滝の向こうに少年は立っていた。
艶やかな真紅の髪が、黒目がちな大きな眼を静かに覆っている。
前髪越しに見える、その水色の瞳は−−迷いのない闘志と殺気を宿していた。
その瞳を見た、次の瞬間。
「ふ、−−ふざけるなあああぁぁッ‼︎」
増幅された焦燥と、新たに芽生えた戦慄とに掻き立てられて、グドウはがむしゃらに敵へと斬りかかっていった。
魔法具による攻撃で、エリルが脇腹を負傷したのを、屋敷の一角が破裂したのを見て−−掠っただけならば即死を免れたのを、屋敷そのものは爆破されなかったのを見て−−もしかして、とは思ったのだ。
そして今、実際に戦って、確信した。
(落ち着いて。『軌道』に接触さえしなければ、何とかなる。落ち着くんだ)
己に向けられた絵ろうそくの先端を見据え、その先の『延長線』を予測する。
その延長線から逃れることだけを考えて動く。
(確かに火炎自体の威力は異常なまでに強いけど、攻撃の軌道は直線な上、攻撃が及ぶ範囲も狭い。魔術が発動するまでの時間だって短くはないっ!)
大剣の切っ先が、ソラの白い肌に幾筋もの細かい傷を刻んだ。魔法具の放つ炎弾が、赤い髪を数本炙った。
それでも直撃だけは避けつつ、死と隣合わせに在りながらも、前へ。
相手の斬撃を掻い潜り、蝋燭の魔弾をいなし、ただひたすらに前へ。
将軍へと、立ち向かって行く!
(どうにかして将軍を倒して、彼女を護らなきゃ……!)
恐怖はある。苦痛もある。それでも、今この時、ソラの胸中の大半を占めているのはそんな本心であった。
それは、きっと。
十五歳という年齢に似つかわしい、後先を考えない愚直な蛮勇でも。世界中の大半の者が当たり前に抱く、ありきたりな義憤や正義感でもなく。
エリルただ一人を守りたいという、自分本位な、ソラ一人だけが持つ本心であった。
それを、きっと。
世間の者は、それを、“愛”とでも呼ぶのだろうが−−
「ふ、−−ふざけるなあああぁぁッ‼︎」
その鋭い目に焦燥と恐慌を滲ませて、敵ががむしゃらに斬りかかってきた。
(−−−−ッッ‼︎)
愛か恋と呼ぶには、余りに切実で、余りに暴力的で−−。
そんな感情に掻き立てられて、ソラもまた、将軍を迎え討つべく身構えた。




