第20話
「喜べ。貴様らはこれからの帝国の、より一層の栄光の礎にしてやろう」
そんなことを言って。
強面の顔に喜悦の笑みを浮かべた将軍が、ソラとエリルの元に足を進めた。
ところが。
魔法具による攻撃の“射程範囲内”まで、将軍が距離を詰める−−その直前に。
「…………」
ゆらり、とソラが立ち上がり、腕の中にいたエリルを己の背後に押しやった。
「−−! そ、ソラっ⁉︎」
「ほほう、この状況に至って尚、小娘を庇うつもりか。所詮は無駄な足搔きとはいえ、殊勝なことだ」
ソラの意図に気が付いてエリルは苦しそうに表情を歪めたが、将軍は寧ろ楽しそうに、ソラを−−ソラの、人魚族の特徴を受け継いだ耳を見やる。
「そも、先に始末するのは貴様からと決めていた。エルフか蜥蜴人か、はたまた別の種族かは知らないが……貴様のその耳は、見るからにヒューマン族のものではあるまい。下等な異種族の小僧が上級種族に敵対した罪は、その命でもって償わせてやろう」
こうして今は、将軍の殺気が、二人にでなくソラ一人に向けられる。
ソラはひとりぼっちで死の照準に晒される。
−−されど。
−−これで良い。と、少年は思った。
決して、諦観したわけではなかった。
格好悪いことに、この状況に対する絶望の余り足元の感覚は覚束なく、エリルを押しやった手も恐怖で微かに震えていた。
とどのつまり、彼はどこまでも臆病で平凡で、当たり前に自分本位な少年であった。
−−だからこそ、これが良い、とソラは思った。
極限状態に陥って漸く、彼はどうしようもなく自分本位な己の“本心”に従ったのである。
ーー
また、舞台は変わって、プタリナのとある場所。
かつてそこにあった工場が廃業した後に新しい建物が建つこともなく、やがて誰も寄り付かなくなった更地の中。
カイトはそこに立って、地に倒れた兵士たちを冷ややかに見下ろしていた。
エリルたちがアパートを出て行った後すぐに追っ手が来て、カイトはマイアを連れて逃げなくてはならなかった。そして、人気のない此処まで辿り着き−−敵を迎え撃ったのであった。
カイトは気を失ったマイアを背負っていた。片手には、彼女が作った特別製の蝋燭。炎の魔術を宿すこの魔法具は、襲いかかってきた帝国の兵士たちを焼き尽くし、瞬く間に黒焦げの死体に変えた。
(……しかし、予想以上に攻撃力が高かったな)
もはや原型を留めていない元・人間たちを前にして、カイトは冷静に手の内にある魔法具の威力を分析していた。……今も背中越しに体温を感じる、この、隻足の少女本人の“利用価値”についても。
強大な力。
その力を持つ者。その者を狙う者達。
それは、きっと。
どんな世界にも存在する、単純で残酷な構造だ。
「さて……あいつは、声と引き換えに、どんな強大な〈力〉を得ちまったんだろうな」
そして。
その上で−−あいつはその力を、どのような“本心”に従って使うのだろうか。
少女を起こさぬよう、小さな声でそう呟いて。
それから、青年はその場を後にしたのだった。




