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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第1話


痛いほどに眩しい夏の日差しが、どこまでも広がる海原と活気に満ちた町を照らしていた。


この大陸内でも最大の規模を持つ港町、マーロン。広大な海に接した船着き場には多くの巨大な船が出入りし、水夫たちが荷の積み下ろしに精を出している。路上ではひしめき合う露店で様々な品物が売り買いされ、あるいは、吟遊詩人や大道芸人たちが注目と喝采を浴びている。

飛び交うのはいくつもの国の言葉、行き交うのは多種多様な外見を有する人々。ヒューマンやエルフ、ドワーフや獣人など、道は様々な種族の者達で溢れかえり、皆が分け隔てなく笑みを交わしていた。


そんな街の中を、エリルも他の例にもれず、実に楽しい気分で闊歩していた。


エリルは今年で十二になるヒューマンの少女だ。

孤児だったところを小さな傭兵団に拾われて、彼らと共に大陸中を旅している。傭兵団は今、この港町にやって来た商隊の一つを護衛していた。しかし、まだ幼いエリルはその任務から外され、好きに遊んで来いと街中に放り出されたのであった。

手に持った小袋の中には、小遣いとして渡された数枚の銅貨が入っている。子供にとって自分が選んだものを自分の好きなように買うというのは、それこそ額の大きさなど関係なく、非常に心躍る喜ばしいものだ。当然、これから何を買おうかと考えるエリルの頬も自然と緩む。


結局たまたま目に付いた出店で、串に刺された焼き魚とサンドウィッチを買った。

先程この海で獲れたばかりだという串焼きの魚は、少し焦げ付いた皮の中にふっくらした身がぎっしりと詰まっていて、塩気の効いた味付けがよく合っている。サンドウィッチは、二枚の白パンの間に遠方の大陸北東部で収穫されたという果実のジャムが塗られていて、強い甘味と真紅の色が印象的だった。

エリルが美味しい美味しいと言ってかぶりついていると、人の良さそうな店主が話しかけてきた。


「お嬢ちゃんは旅人だろ? この町に来て、年に一度の【夏至祭】に参加したのは初めてかい?」

「うん! でもさおじさん、【夏至祭】ってのは毎年こんなに盛り上がるものなの?」

「うーん、まあ、いつもけっこう騒がしくなるが、今年は例年より人が多いねえ。なんてたって今年は、人魚マーマン族の王女が来てくださるって話だ。みんな王族を一目見たくて浮き足立ってるんだろう」

「ふうん。人魚のお姫様かぁ……」


人魚族。彼らは海神の加護を受け、水の中で生きることが出来る種族だ。マーロンをはじめとした港町と交易しているが、それ以外で他種族と交流することはほとんどなく、謎が多い。その王族に至っては、不可思議な呪術が使えるとか、恐ろしい魔法使いの一族を従えているとか、お伽話めいた噂が囁かれていた。


「ぼく、マーマン族の人には一度も会ったことないんだけど。人魚って言われるくらいだから、身体の半分が魚みたいだったりするのかな?」

「ははっ、まさか! 見た目はヒューマンとほとんど変わらないし、奴らは地上でも普通に生活できるらしいぞ?」


その後は他愛のない話をして店主と別れ、エリルは再びあてもなく歩き出した。小遣いはまだ少し残っている。腹は満たされたし面白い話は聞けたし、エリルはすっかり満足していた。傭兵団の者に土産でも買って、そのまま帰ろうかとも思い始める。


そんな彼女が見知らぬ三人の男に囲まれたのは、人混みを避けて路地裏に入ったところであった。


「よお、嬢ちゃん。まだ小さいのに、そんな勇ましいカッコして可愛いねえ!」

「なあなあ、俺らと遊ぼうよ」

「お兄さん達、今ちょおっと金に困ってるんだよね〜」


−−人が多く集った場所には、このように、悪事を働こうとする輩が少なからずいる。エリルの所属する傭兵団が雇われたのも、そういう事情をふまえてのことだ。いかにも破落戸ごろつきといった風貌の男達を前に、エリルは険しい表情を浮かべた。


「ぼくは裕福な商人の子供じゃないし、お金もこれしか持ってない。金を奪いたいなら他所をあたってくれよ」


銅貨が申し訳程度に入った小袋を開けて見せれば、エリルが本当に金を持っていないと悟ったのだろう。男達は舌打ちし、うち一人はあろう事か、腹いせとばかりに殴りかかってきた。

エリルは反射的に動いていた。男の拳を危うげなく避けざま、相手の体勢が乱れたのを狙って足払いをかける。そして、男が転んだのを見届けるまでもなく走り出した。三人から背を向けて、がむしゃらに表通りへ向かって逃げる。

ところが。


「ふざけんな、このガキがああああ‼︎」


倒れたのとは別の男が、エリルに追いついて腕を掴んだのだ。エリルは必死に身を捩ったが、所詮は子供の力。喉元を無理やり押さえつけられて、苦しさに息が詰まった。


(こ、殺されるっ……⁉︎)



うわあああっ⁉︎ と男の情けない声が上がった。


エリルを押さえつけていた男が、額に手を当てて激痛に呻く。解放されたエリルが呆然と顔を上げたその先に、小柄な男の子の姿が見えた。少女に寄ってたかって暴力を振るおうとした男達を睨みつけ、エリルに甲高い声で呼びかける。


「そのまま伏せてて!」


男の子の周りに、日の光を透かして煌めく透明な“球”が幾つも現れた。直後、球は次々と男達に向かって殺到する。先程、エリルを捕らえた男にも同じことをしていたのだ。

球は男の身体に当たった瞬間に砕けたが、その球が当たる衝撃は凄まじいものであるらしく、男達は悲鳴を上げて逃げ出した。エリルは無傷であったが、球が砕け散るともに、透明な飛沫がエリルにもかかった。


「えっ……これ、水の雫……?」


−−どうやら、三人の男を撃退した球の正体は、『ただの水の塊』であったらしい。

でも、形を持たないはずの水が、どうして? この子は一体−−


「大丈夫だった? 服、濡らしちゃってごめんね」


やがて、エリルに駆け寄った男の子が、おずおずと顔を覗き込んできた。

年の頃はエリルとそう変わらないだろう。あざやかな赤い髪の下で瞬く、海の色を映したような水色の瞳。ゆったりとした袖口に見慣れぬ意匠の刺繍が施された服を着ている。

異国の者だろうかと思って更によく見れば、耳の形がヒューマンのものとは異なる。かといって、エルフや獣人のものにも似ていない。……あえて例えるならば、魚の『エラ』を連想させる形状だ。


「あ、あの、助けてくれてありがとう。ぼくはエリルっていいます」

「どういたしまして! 俺は、ソラ。この町には初めて来たんだ」

「……えっ、そうなの? それならぼくと同じだね!」


差し出されたソラの手を取って立ち上がり、エリルは無邪気な笑みを浮かべる。少女と少年は、子供特有の遠慮の無さですぐに打ち解けた。





−−これが、少女エリル少年ソラの出会いであった。


彼を縛る血の呪いも、この世界の陰で動く思惑も。これから二人に降りかかる運命さえも。

子供だった二人が何も知らなかった頃の、暖かく、切ないほどに優しい記憶である。

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