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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第12話

アイランに連れられてきたアパートは、彼が勤める縫製工場の近くにあった。

木造建ての建物は建築されてそれなりの年月が経っているらしく、隙間風の吹き込む廊下の床は、一歩進むにギシギシと音を立てた。住民一世帯あたりの部屋は一つしかなくて、台所や便所は共有である。

決して快適な空間ではない。しかし、久しぶりに屋根の下で寝られるのは有難かった。


「オイラたちは一階の部屋で暮らしてるんだ。あんたたちが泊まる部屋はその真上な」


大家に話をつけてきたアイランに言われて、エリルたちは二階にある空き部屋へと足を向ける。

だが、アイランの住む部屋を通り過ぎようとした時、


「お兄ちゃん、帰ったの?」


心なし弾んだ声と共に、部屋の戸が開かれた。


開いた戸から顔を覗かせたのは、小人ドワーフ族の少女だった。おそらくはアイランの親族なのだろう、目鼻立ちがよく似ている。くるりと丸い赤茶色の瞳に、背中まで伸びたふわふわのブルネットが可愛らしい。


しかし。

そんな彼女は……右膝から下が『なかった』。


金がなくて買えなかったのか、簡単な義足すら付けていない。どうやら、松葉杖をついて戸の前まで歩いてきたらしかった。

アイランは、はにかんだ笑顔で立つ妹に明るい口調で応えた。


「ただいまマイア。兄さんはお客さんを上の階まで連れてくから、もうちょっとだけ待っててくれ。それからすぐ飯にしよう」

「お客さん……?」


マイアと呼ばれた少女は、首を傾げて兄の背後を見やり−−ここでようやくエリルとカイトの姿を目に捉えて、肩をビクリと震わせた。


「……っ!」


不自由な足で後ずさりして、次の瞬間には、勢いよく戸を閉める。

最後に隙間から見えたその顔は−−恐怖で引き攣り、酷く青ざめていた。


「……あー……やっぱり、会わせるべきじゃなかったか。オイラが悪かったな」


アイランは悲しそうな目をして閉ざされた戸を見つめた後、茫然とするエリルたちの方を振り返って、ごめんな、と呟いた。





アイランが妹のマイアの世話をして彼女を寝かせたのは、それから二刻ほど経った頃である。

それからすぐソラたちの部屋を訪れて、話をしてくれた。


「こういう話は、元来、おいそれと他人に話すようなもんじゃねぇんだろうけど」


そう前置きして、


「オイラたち兄妹がこの都市に来たのは、かれこれ三年くらい前かな。それ以前は、生まれ故郷でもあるドワーフ族の集落にで暮らしてた。此処よりずっと内陸にある、何にもないけど長閑で平和な村……だった」

「だった、って、まさか……」

「“帝国”に侵攻されて、滅びちまったんだ。沢山の同胞が死んで、オイラたちの父ちゃんと母ちゃんも殺されて、マイアも……逃げられないよう片足を斬りつけられた挙句、乱暴された。オイラはマイアを背負って、何とか村の外に逃げ出せたけど……状況が状況だけにロクな治療もしてやれなくて、マイアの足は切断せざるを得なかった」

「そんなことが……」



アイランの言う帝国とは、この大陸の最北部に広大な領地を持ち、ヒューマン族が治めている大国である。

ヒューマン至上主義を掲げるその国はヒューマン族以外の種族を蔑視しており、周辺の他種族の集落を次々と襲っては殺戮と侵略を繰り返している。そんな帝国の内外ではもう何年も前から紛争が絶えない。


内陸の聖地を目指すソラたちも、いずれは必ず通る地であった。



「マイアは今も、ヒューマン族そのものを怖がってるんだ。ヒューマンを見る度に帝国のことを思い出してしまう。エリルさんとカイトさんを見てああ反応したのも、それが原因だ」

「それで、難民を盛んに受け入れてくれて、尚且つヒューマンの数が少ないこの都市プタリナを選んだんだね」

「……ああ! この町はオイラたちに似た境遇の奴が多いからな。マイアは足が不自由だからって理由で断られちまったけど、オイラはすぐに今の工場に就職できたんだ」


お陰で何とか二人でやっていけてる、とアイランは笑った。


「給金は安いけど、いずれ金が貯まったら他所の国に行って一旗あげるつもりだ! 今はどんどん輸送の技術が進歩していて、どの人も簡単に海を渡れるようになってきていて、現にオイラたちの作った服を海外の人が着ている。悲しい思い出があるこの土地を離れて、マイアと新しい幸せを手に入れるんだ‼︎」


−−幸せを手に入れる。


そう語ったアイランの目は理想に燃えていて、過酷な労働で痩せた身体も、着古してボロボロになった服も−−今語った過去の思い出さえも、その表情を曇らせるなんてことはなかった。

そして。

ソラは、兄妹の凄惨な身の上に、強い衝撃を受けると共に……今のアイランの姿に、言いようのない安堵と、ほんの少しの羨望を覚えた。

−−自分がやるべきと思ったもの、叶えたいと願ったものを、信じ貫くことができる、そんな在り方。

それを見て、ソラは人知れず、唇の動きだけで呟いた。



しあわせになりたい。





その後、ソラは一人だけアイランにこう頼まれた。


「なあ、このアパートに滞在してる間、ソラさんはマイアと一緒にいてくれないか? オイラは昼間は仕事があるから、全然かまってやれなくて……この都市に友達のいないあいつは、きっとずっと寂しかったと思うから」


その頼みを、ソラは快く了承した。

こうして明日は、ソラはマイアと共に部屋の中で、エリルとカイトは買い出しも兼ねてアパートの外へと、一行は別々に行動することになった。

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