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赤い魔法使いと人魚姫  作者: 文鳥
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第9話

それから二日間、ソラたちは港町マーロンの宿屋で過ごした。


あの日−−神殿が崩壊した日から王国と連絡が取れず、ソラは故郷に帰れないでいる。エリルの現在の雇い主だというヒューマンの男は、そんなソラの分の宿賃をも出してくれていた。そのことに関しては感謝してもし尽くせない。

だが、今のソラはそれどころではなかった。突如として声を失ったという衝撃から未だ立ち直ることが出来ないのだ。おまけに此処は、一度訪れたことがあるとはいえ、同族の者がいない異郷の地である。

ますます不安を掻き立てられ、つい部屋に篭りがちになってしまっていた。


「ソラ」


部屋に入ってきたカイトが声をかけてきた。

寝台に腰かけていたソラはゆるゆると顔を上げて、かいとさん、と唇の動きだけで応えた。立ち上がり、近くの椅子に座ったカイトのために手早く茶を淹れる。

それから、首にかけた小さな黒板に白墨で文字を書いた。ソラも以前からエリルに使っていて、今もカイトが話している、ヒューマン族を中心に世界のあらゆる種族に通じる共通語だ。


『エリルは何処に行きましたか』

「旅に必要なものを買いに出かけたよ。明日にはここを発つからな、お前も支度しとけ」


わかりました、とソラは頷いた。

エリルは今カイトに雇われていて、もうすぐ〈巡礼の旅〉に出かけるところだと聞いている。いつまでもこの町に留まっているはずがなかった。

カイトは更に続けた。


「なあソラ、お前もオレたちについて行かないか? あんたの魔術は貴重だ、エリルと同様に用心棒として雇いたい」

『はい。むしろ、俺の方からお願いします。今の俺には行くところがありませんから』

「そうか……」


ソラの応答に、カイトは、どういう訳かしばし沈黙する。何か逡巡しているようだつた。

しかし、やがて意を決したように口を開いた。



「ソラ。お前、【紅の賢者】の子孫だろ」



は、ともえ、ともつかぬポカンとした口の形で、少年は相手を見つめた。

紅の賢者だなんて初めて聞く単語だし、何を言っているのかさっぱり分からない。対して、カイトはどこまでも真剣な表情であった。


「良く分かってないようだから質問を変えるぞ。……お前の一族は遠い昔から、ある一人の王女に呪われてきた。違うか?」

「…………!」

(どうして、それを)


息を呑むソラに、カイトだけが、やっぱりな、とひとり納得していた。


「【紅の賢者】は−−あんたらの“祖先”は」


そして、僧侶の男が語り出す。


「詳しい説明は省くが、オレたちがこれから向かう聖地で、かのヒューマンと共に聖人の一人と見なされているんだ。晩年はそこにある神殿で過ごし、自らにかけられた〈呪い〉を解くための研究をしていたらしい。その研究の資料は、現在も神殿の奥深くに保管されていると聞く」


自分の遠い昔の血族が−−故郷の王国では【悪の魔法使い】と呼ばれているはずの者が、この地上では聖人扱いされている?

−−いや。それも驚くべき事実ではあるが。それよりも。



(呪いを解くための研究……⁉︎)



ソラは既に、自分が声を失った原因はかの姫君の〈呪い〉であると見当がついていた。

だから、もし、カイトの語った内容が本当なら。研究に成功していなくとも、その資料が現存しているなら。

それは、ソラ自身にかけられた〈呪い〉を解く手がかりになるかもしれない。……その可能性は充分にある!


「そのことを踏まえても、ソラにはこの旅に同行して欲しいんだ。聖地は内陸の奥深くにあって、海岸から遠く離れている。厳しい旅になるだろう、だが」

『構いません!』


石墨を持つ手は、即座に承諾の言葉を紡いでいた。


『カイトさん、お願いします。俺をその聖地に行かせて下さい!』


−−それはあたかも海面に漂う藻のような、まるで手がかりのない一縷いちるの望みではあるけれど。それでも、ソラにとっては大きな希望であった。

何より、その旅にはエリルが同行する。エリルと一緒にいられるのだ。

そのこともまた、ソラの心に確かな光を与えた。

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