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フェアリーイーター、タイプ・シャーク

 大きく開けた口に馬の魔獣は一瞬にして飲み込まれる。


 現れた緑の光を放つ鮫は咀嚼など一切せずすべてを丸呑みした。軽く地面をえぐり馬は一種にして姿を消した。その後には血すら落ちていない。


 異常なまでの存在の出現に、しかしながらセツナは一切その場から動くことができなかった。恐怖などではなく理解が及んでいなかったからだ。一方的な暴力なんて言い方はおこがましいとも言えるほどの蹂躙劇。なすすべもなく、いや気が付くこともなく馬の魔獣は飲まれた。


「……っ!」


 ようやく頭が回転し始めすべてを理解する。そして思った。


 ……今の思考停止の時間は最適の判断ではなかったっ!


 セツナが踵を返し全力でねぐらへと駆ける。全力で、しかしながら息を殺し見つかるのを恐れて急ぐ。

 あの鮫の大きさでは、ねぐらなら入り口が小さいから入ってくることができない。そう考えての判断であった。


 走りながらセツナが後ろを振り返る。鮫はどういうわけか地面に接しておらず浮いていた。

 空中に浮いている鮫はゆっくりとセツナの方へ向き直り、魔獣の象徴ともいえる大きな角をセツナに向けた。

 魔獣は角以外にも真紅の目玉も同じ特徴なのであろうか?と今は、どうでもいいことを考えながら走る。


 鮫はゆっくりとだがセツナの方向へと『泳いで』来る。尾びれを揺らし凶暴な面をセツナに向けて宙を『泳ぐ』。

 大木が鮫の進路を邪魔するが鮫はそんなものは気にせず進む。大木は細い木の棒のようにあっさりと折れて横に倒れた。それだけであの鮫がどれほどの質量を持っているかがわかる。


 セツナは何とかねぐらに到着し這って穴を通る。体をすべて入れるとフモフモが顔に飛びついた。一瞬ビックリしたがフモフモはかなり怯えており小さな体は小さく震えていた。

 それはセツナも同じ、足はガクガクし腹も震える。


 圧倒的威圧感に押し潰されそうになる。気が付くとセツナは恐怖で涙を止めどなく流していた。


「なんだよぉ……。なんだよ、あれ……」


 消え入りそうな声でフモフモを抱きかかえながら震えるセツナ。

 心臓の鼓動が高鳴り息遣いが荒くなる。

 冷や汗がひどく手や足もすでに汗でべとべとの状態だ。


 だがそんなこともセツナは気にならない。ただ一つ大きな恐怖がそのすべてを塗り替えている。

 顎が震え歯がカチカチと音を鳴らす。


 怖い怖い。そう思いながらつらく苦しい時間を過ごす。しかしながらセツナがねぐらに入ってから何も起こることは無かった。起こってほしくない。だが起こらないというのも逆に不安になる。

 そんな気持ちからセツナは小さな穴の方を覗き見る。


 ――――涎を垂れ流しながらこちらを見る真紅の瞳と目が合った。


 目と目が合う瞬間恋に落ちずセツナは大きな恐怖を植え付けられた。


「あ、あぁ……」


 喉の奥から無意識に出てくる声、焦点の定まらない瞳で鮫の方を見つめる。

 見つめて、そしてセツナは気が付いた。森が静かであることに……。


 森の生き物たちはもともと馬の魔獣に対してあれだけ騒いでいたのではなく実際はこの鮫に対して警戒心剥き出しにし、仲間に逃げるようにと先ほどまで騒いでいたのだ。

 実際、フモフモはものすごく怯えていた。魔獣は基本的に小動物は襲わないのだ、つまるところある程度小動物は安全な方だということだ。しかし、その小動物が怯える。これは魔獣以外の危険生物が迫っていたということだ。


 目の前にいる生物……それは最初に逃げ出した数頭の魔獣の生き残りであり人間族では認知されていない魔人族では最強と謳われる魔獣の一匹。第一世代と呼ばれ、このフェアリーフォレストに住まい精霊を捕食して神格化された魔獣、『フェアリーイーター』と呼ばれる魔獣であった……。


 フェアリーイーター、タイプ・シャーク。すべてを食らうと言う特殊な力を持ち、空中を浮遊して獲物を捕食する。移動は雷雲で動くことが多く、雷と共に地上に出現し食い尽くしてからもう一度雷雲へと消える化け物。

 

 その化け物は、今セツナの目の前で大きく口を開ける……。


-・-・-・-・-・-


 本能が逃げろっ!とセツナに呼びかける、セツナもそれに反応し逃げ出そうとそう考える。しかしながら唯一の出入り口は鮫に塞がれており出ようものなら出ればそのまま馬の魔獣同様姿を消すことだろう。


 ……それは嫌だ!


 そう考えたセツナはとにかく寝ころぶような体制で姿勢を低くしてフモフモを押さえて同様に姿勢を低くさせる。と、次の瞬間……。


 セツナの上の髪をかすめながら壁と屋根の役割を果たしてくれていた根が丸ごと消失する。

 暗く閉鎖的だったねぐらは明るく開放的な物へ早変わり、見事な匠な作業を行った鮫はやはり咀嚼はせず口に入れた木の根も丸呑みする。


 その隙を突きセツナはフモフモを抱きかかえて開放的な、もとい無くなった壁を抜けて一気に森の中に逃げ出す。

 まずスタートダッシュには成功した。鮫の動く速度は遅く恐怖で足がすくみあがりがくがくと震えた状態のセツナであっても確かに鮫との間を広げていく。


「ハアッハアッ!」


 森の中を必死に駆け抜ける。もう目印云々の話ではない。いち早く逃げなくてはならない。

 いつもならペース配分を見誤らずにしっかりとした足取りで走るのだが軽いパニック状態のセツナはそんなところまで気を回すことができない。


 とにかく必死になって距離を取る。


 目がぐるぐるとまわり、方向感覚を失いかける。足はもうすでに疲れが溜まり重くほぼ引きずるような走り方。

 異様な威圧感に圧迫されながらも必死に走る。しかしながらそんな走りもすぐに限界に達して……。


「うわっ!」


 木の根に足を引っ掛けて思いっきり転んでしまう。

 膝を強打し、思わず涙目になるセツナ。しかし立ち止まれない。立ち止まると死は確実だからだ。


 今現在体に擦り傷ひとつないのはライダースーツに着替えていたからだろう。その代りスーツの中のセツナの四肢はすでに青痣だらけ。痛いのが嫌いなセツナからすれば今の状況は本当に苦痛であった。


-・-・-・-・-・-


 喉を乾かし、唾液もすでに出ない。口を開いてただただ息をしながら走る。肩を上下に激しく動かし、心臓が破けそうなほどの鼓動に耐える。

 手や足の感覚はすでに痺れきっていて無く、気力だけで体を動かしている状態であった。


 しかし後ろに迫る絶望はその色を全く見せない。悠然と変わらぬ速さでセツナだけを追いかける。決してスピードを変えることなく、そして鮫の表情は獲物をわざと逃がしてその様を見て嘲笑っているように思えた。


 そうして続いた鬼ごっこもついに終わりを迎える。


 セツナの目の前に大きな崖が立ちはだかったのだ。


 目の前に立ち塞がりそびえたつ壁にセツナの目に絶望の色が浮かぶ。

 必死に、無様に、敵に嘲笑われようと生きあがいたセツナの生への執着心も一気に瓦解する。それでもどうにかして進めないか、どうにかして生きることができないのか。と考え崖を登ろうとして手を岸壁に掛ける。足を上げようとするがまったく動かない。

 ついに限界を迎えてしまったのだ。


 ……死ぬのだろうか?僕は、僕はこんなところで……こんなに意味の判らないやつに殺されるのか?


 悔しかった。すべてに対して恨みを持った。

 この森に入る原因となったガストにも、この森で襲ってきた目の前にいる奴も、他にも、虐めた祐介にも、セツナの気持ちに気が付いてくれなかったつららにも、みんな、みんな恨んだ。


 自分が簡単に死んでしまうことにも……。


 「いやだっ、死にたくないっ……」


 セツナはなおも無様に生に縋り付く。手元にあった小石を投げて反撃する。もちろんかすり傷一つ与えることはできない。

 そんなセツナを鮫は明らかに嘲笑していた。


 地べたに座り込んでしまう。

 こうなればもう足は動かない。もう一度勇気を奮い立たせても、何を行っても動いてはくれない。だから生に縋り付くため腕を動かす。

 手短な意思が無くなれば必死に腕を振って牽制である。しかし次の瞬間、


 ――――セツナの右手が消失した。


 二の腕のあたりからすっぽりと無くなってしまい流れ出る血液は勢いをとどめることなくぼたぼたと出ていく。


 何が起こったのかわからない。腕を振るっているといきなり右手が軽くなったのだ、それで見てみると消えていた。なぜ?なぜ?どこだ?どこだ?どこだどこだ?

 どこに有るの?僕の腕ぇ……。


「―――――っ!」


 腕が消失したことまで思考が回ったと同時、遅れながら激痛が腕に走る。


「いだいっ!いだいいだいっ!」


 痛覚を蹂躙し痛みを走らせる。腕のなくなった部位が痛むはずなのに、そこだけが痛いはずなのに激痛による悲痛な叫びは腕だけではなく全身から聞こえてくる。


「あ、ああっ!僕のっ僕の腕がぁっ!あ、ああぁぁ!」


 腕の消失が認められず左手で何度も右手を探す。ぶつかるだけでいい何かに触れるだけでいい。それで何かが当たる感覚があればそれだけでこの痛みは嘘の痛みだと区切りを付けられる。

 左手で何度も空をかきながらセツナは右手を探す。しかし無いものは無い。バランスを崩して右側へ倒れ込む。

 その際断面が地面に強く押し付けられて異常な痛みをセツナに与える。


「うっ!が、ああああああああ!」


 涙があふれ、鼻水も垂れ流し。乾きでなくなっていた涎までも大量に出てくる。

 

 そんな状態でも未だ右手を探していた左手は、唐突にその重量を失う。

 肩だけを動かしているようなそんな感覚。その先の感覚が消えた。


 セツナは恐怖だけで左手を見やる。


 ――――左手なんて無かった。


 「――――――――っ!っが、あ、あぐ、ああああ!」


 右手同様、いや左手の方が多く持っていかれていた左手からは大量の血液がしたたり落ちる。


 動かなくなっていたはずの足が動きその場でのた打ち回る。しかし寝返るたび傷口が地面に触れ痛みは倍増していく。


 今更ながらセツナは自分の腕を奪った生き物を見る。その目はまるで親の仇でも見るような目つきであった。

 目を向けられた鮫は、しかし特に何も反応はしない。ただ一回口を大きく開けて閉じる。たったそれだけの行動しかしなかった。本当にそれだけしかしなかった。その口はセツナの体に触れているようなこともない。触れていればさすがに回避するものだ。

 そう、触れていなかったのだ。なのにセツナはまたも自分の四肢をもぎ取られる。


 ――――両足の膝から下が消失した。


 セツナは喉を先ほどからの絶叫で潰してしまい叫ぶことすらできなくなっていた。血が無くなり体温が下がり寒くなっていくのを感じる。

 寒い、けれど熱い。つんざくような痛みは熱となりセツナの体に襲い掛かっていた。


 先ほどまで張り裂けそうだった鼓動はすでに静かになり始めており。いまだに意識があるのが奇跡と言うくらいだ。いや、苦痛を強いられているのであれば不幸と言うべきか。


 ものの数十秒で死ぬなぁー…。それがセツナが思ったことだ。


 生への執着。あれほどあったそれも既に存在せず。ただ苦痛の中で死んでしまうのか、とそんなことを考えていた。

 このまま大量出血による死亡だな……。


 そう悟った時であった。

 ……セツナの視界に鮫が姿を見せる。


 セツナは力なく仰向けで寝転がっている状態だ。ネクロフィリアが今のセツナを見れば一目散に飛びつく様な程ひどい有様だ。そのセツナの視界、腹の上に鮫の顔が見える。


 セツナの死に対し何も思っていない瞳をしながらセツナを見下していた。

 その瞬間セツナの中にあった小さな怒りの炎が爛々と燃え盛る業火に変わる。


 鮫はセツナの死にざまを無様と思い嘲笑いながら見届けるものかと思っていた。むしろそれならそれの方がいい。しかしながらセツナを見下す鮫はセツナの死を無関心に無感動に無感情に眺めているのだ。

 これほどの屈辱があっていいものかと、心に怒りを宿したのだ。


 しかし、何もできない。何も変えることができない。

 四肢をもがれ、大量の血を失い、ただ死を待つことしかできない。そんな無力な自分に歯噛みし、しかしこんな状況を作った目の前の鮫に怒りを露わにする。 

 

 こいつは殺したい……。


 ……いや、殺すっ!何が何でも殺す!地べたを這いつくばることになろうとも殺す!どんなに哀れになっても殺す!武器が無くても殺す!腕が無くても、足が無くても、内臓を食いちぎられても何をされてでも殺す!体が動かなかったら顎を使い食い殺す!食らう!食らう!食らう!食らう!僕の四肢を根こそぎ食ったお前を食い殺す!何が何でも食らう!


 死の直前に宿った怒りの本流はセツナの思考をすべて流し去る。今のセツナはただの殺すという衝動を抑えられない人の形をした何かになってしまった。


 今の姿を見れば祐介はセツナを雑魚と嘲笑わないだろう。つららもセツナに思うだろう。この二人だけではない今までセツナを見下してきた人間はすべて彼にこう思うことだろう……。


 ――――化け物、と。


 食らう、殺す。これらを、いや、これしか考えてなかっただからだろう。セツナは、


 ――――飛来した小さな淡い緑の光を放つ希望を容赦なく食い殺した。


 無意識状態での行動。この場合条件反射のようなものだった。明確なる殺意を胸に抱く人の成りをした化け物は人を止めて、そして……。

 

 鮫に容易く食い殺された……。

主人公が話すのは久しぶりだなぁって思いました。

今のところ主人公は一人でいるので会話が少なくなっているのです。ですが安心してください!あと少しでヒロインが出てきます。

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