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魔獣とフモフモ

 セツナが目を覚ましたのはすでに太陽が真上に来ている時であった。


 木の根に囲まれた生活と言うのも悪くはない。ただ目覚めるたびに頬や髪にくっつく砂や木くず。それは一回一回払わなくてはならないので結構面倒くさい。しかしながら木の……自然の香りを目覚めと同時に嗅ぐことができることに関しては役得なものだ。とセツナは思っていた。


 就寝前、鹿の肉を包みここまで汚れを付けずに持ってきた服を見てみたが案の定使用不可能になってしまっていた。そのため代わりに、もらったライダースーツを着用して眠った。肌に密着する感じはあまり慣れそうもなく最初はくすぐったかったものだ。

 布の服とは違い動くのが少し辛くなってしまったがまあないよりはましだろうとそう考え来たのだ。


 太陽が真上に来ている。と言ったが光によって目覚めたのではなく、明るくなり騒ぎ立てる生き物の鳴き声によって目覚めた。いつもはこんなことは無いのだが、だが、今日は違った。


 普段聞かないような程森がざわつき、異常な喧騒を放っているのだ。小鳥のさえずり?虫のさざめき?違うそんなものではない。普段聞かないような動物の声がたくさん聞こえる。


 耳を塞いでも振動は指の隙間から縫って入り鼓膜を振るわせる。それは今起こっていることが異常なことだとセツナに本能的に知らせた。


 頭の中で危険を知らせるサイレンがけたたましく鳴り響く。冷や汗が流れ始めた。ライダースーツの中も汗でぐっしょりなことだろう。しかしながら熱いというわけではない。怖いのだ。

 汗が頬を伝い髪が顔にくっつく。不快に思いながらも、それをはねのけないのはただ単にそれよりも森の状況に対しての恐怖の方が上回っていたからに過ぎない。


 怖いから耳に当てる力が強くなる。しかしまったくの無意味聞こえなくなることなどない。それほどに大きな声で生き物は声を出している。


 うるさい!……やめてくれ!なんで、何でなんで!どうしてそんなにっ!


 ――――悲痛な叫びをあげるっ!?


 セツナが目覚めたのは生き物の『泣き声』が……聞こえてきたから……。


 恐る恐る顔を穴から出して外の様子をうかがおうと、そうしようとした瞬間何かが穴の中に飛び込んできた。


「うわっ」


 慌てて侵入したものを見る。

 見るとそれは二日目、三日目とセツナが食していたウサギのような動物であった。二畳ほどしかないので生きている姿を至近距離で見れる。


 白く、しかしながら泥や木くずで己の体毛を汚し、愛らしくくりっとした瞳は激しく揺れ動き、まるでなにかから逃げ惑っているように思える。

 母性本能を刺激されるその姿にセツナは思わず手が伸びてしまいそのフカフカな体を撫でる。怖くない様に、せめてこの穴の中だけでも安心できるように。


 最初、触れられた瞬間ビクッっと大きく震えられたが、しかしながら優しい手つきでセツナが体や頭を撫でるとしばらくしてその震えは止まった。


 セツナは外に出るのを後回しにしてその一匹と一緒にしばらくの間穴の中で隠れていた。一時間、いやもっとかも知れない。とにかくしばらく時間がたった後セツナは再度顔を出そうと思った。そのころにはウサギのような生き物(『白いフモフモ』※セツナが命名したウサギのような生き物の名前。通称、フモフモ)とはかなり仲良くなっておりセツナの膝の上で幸せそうに眼を瞑って頭を撫でられていた。


 仲間を殺して食っていたことに罪悪感を抱いたが、後悔はしない様に頑張った。


 セツナが勇気を振り絞り穴の中の短い引き籠り生活に終止符を打とうとしたとき、だった。

 小さな穴から見える景色に一匹の動物が写りこんでくる。


 それは昨日セツナがとらえた鹿のような生き物と同種のように思う。ただし図体は昨日のそれとは比べるまでもなく大きい。正直昨日見つけたのが目の前の物だとしたならば弓矢数発では死ななかったかもしれない。それほど大きい。


 しかしながらその大きさには見合わずおかしな点がいくつかあった。昨日見たものこの種類の典型的な個体とするのであれば目の前の奴には明らか、おかしな点が紛れている。


 まずはそのアイデンティティーともいえる大きな角だ。それが根元の部分からポッきりと折れてしまっている。他にも体が赤くなっており昨日見た茶色とは大きくかけ離れている。


 そして、その大きさには似合わず、足は生まれたての小鹿であった……。


 と、次の瞬間その大きな体が力なくその場に倒れ伏した。


 ――――首から上を無くした状態で。


 「……っ!?」


 大量の血液を消失した頭に流れようとして首から吐き出してその量はだんだんと少なくなっていく。


 二、三度体を大きく痙攣させその悲痛さを物語る。


 よくよくその倒れ伏した巨躯を見ると痛々しい裂傷がいくつも見受けることができた。つまるところ赤かったのは異常種と言うわけではなく、自身の体内から出た血液がその体を真紅に染め上げていたのだ。


 こんなに無残に、無残に殺すなんてっ!などと自分を棚に上げて目の前の生き物を殺した存在に勝手に嫌悪感を抱きはじめるセツナ。


 そのセツナの視界に入ってきたのは一匹の馬であった。


 大きさは先ほどの鹿のような生き物を一回り大きくしたくらいで映画なんかに出てくる優雅な馬をそのまま大きくさせて登場させたと言わんばかりに優雅であった。

 しかしながらその馬は白馬ではなく漆黒の皮膚を持つ黒馬。


 煌々と燃えるような赤い瞳をギョロつかせ草食動物らしからぬ獰猛な八重歯を見せ涎をたらたらと流しながら屍となった鹿のような生き物を見ている。

 その頭部には魔獣を象徴する大きな角が生えていた……。


 その角を見た瞬間にセツナは理解した。あれは魔獣だ、と。

 自分の得た知識は確実に役立っていて努力は水の泡ではなかったと、本来なら一番うれしい場面だが素直に喜ぶことができない。


 まさかフモフモはこの魔獣におそれて!?


 そう思ったセツナは己の後方にいるフモフモを見やる。フモフモは確かに恐れていた。が、しかしながら先ほど、セツナと出会う前ほどは怯えてはいない。

 セツナは自分がいるから、さっき安心させたからだろうと思いつく。


 そんな小さなことだがセツナは喜ばしいと思いおもわず口元をにやけさせた。


 しかしそんな心への優しさは一瞬のこと、穴の外から聞こえてきた奇妙な音にセツナは再度外界を見る。


 バキッ、ゴリッ。


 そんな音と共に馬の魔獣が屍を食っている最中であった。


 頭から胴、内臓も食らっている。

 口の八重歯と八重歯の間から大量の血がぼたぼたと落ちて、しかしながら肉は一切落とさずに食らっていく。

 鋭くとがった八重歯はセツナが苦労して剥いだ動物の皮を容易く裂き破り肉をえぐり取って口の中に頬り込む。

 テレビなどでしか見たことのなかった光景が今目の前で行われている。


殺して食うということはセツナがしたことと同じである。しかしながら野生の生き物の食い方があまりにもグロテスクで、そんな光景に馬の口から長い腸が垂れているのを最後にセツナは見ることを止める。

 それでも聞こえてくる音はおそらく骨をも砕きながら食しているということなのだろう。


 ただひたすらにその音が消えるのをフモフモとと共に二畳空間にてセツナは待っていた。


-・-・-・-・-・-


 どれくらい時間がたったのかはわからない。そんなに長くなかった気もするし、かといって短かった気もしない。目を瞑り小さな動物と小柄の人間は外界を受け付けず、互いが互いを必要とするように寄り添い抱きしめあっていた。


 セツナはふと音が止んでいることに気が付いてフモフモを一度撫でてから穴の外へと向かう。


 顔を出して周囲を確認。動物の影はなく、殺され食された屍も血の海がそこにあるだけで骨の一本すらなくなっていた。


 セツナはねぐらから弓と矢を取り出してその手に持つ。護身用と言うやつだ。このとき接近戦用の剣を取らなかったのはもともと近づかれるような相手には勝てないということがわかっているからの判断であった。

 自分の力量を見誤らず、その場で最も適切な手段を選ぶ。セツナは実はガストを殺した時のことをずっと考えるようになっていた。

 適切な手段だったのだろうか……と。あれはあの場で最適だったのか?それとも最悪だったのか?あの行動はあの場での最良はなんだったのか。答えはどうすればよかったのか……。


 人を殺すということは等しく悪だ。いや、人だけでなく生き物を殺すという行為自体が等しく悪だ。しかしながら生きていくためには他を淘汰しなくてはいけない。つまるところ生物を作った者がその悪に成れと言っているのだ。

 その点で言えば殺すことは悪ではない。しかしながらそれは生きるために、だ。自己の満足のために殺すことはやはり悪になるのだ。

 むかつくから殺す、邪魔だから殺す。これらは悪だ。それ故に人間以外の動物は怒りで殺すなどはほとんど行わない。


 人は、いやセツナはどうだったのだろうか?

 身の危険を感じた。いや実際に犯されているのだから身に危険が及んだ。と言えばいいのだろうか。その場合だとセツナが行ったことは正義ではないが悪ではなくなる。

 しかしながらガストは人間だれしも持つ欲求を発散したに過ぎない。セツナの生命を脅かすようなことはしていないのだ。剣の先を一度もこちらに向けてはいないし、殺すなどの言葉を言われたわけでもない。ならばセツナが行ったことは悪ではないのか?


 しかしながら悪=最適ではない、ということは無い。もちろん最良でもない。


 セツナが行ったことはいわばグレーゾーンである。悪か正義かそれは味方によって簡単に変わってしまうものだ。この場合に使われるのが、『仕方がなかった』である。

 そうするしかなかった、カッとなって殺ってしまった。などこれらの事象はすべて仕方がなかったになるとセツナは考えた。

 

 カッとなって、の場合だと怒りで冷静な判断が出来ない状況下にて行った行動だ。後から後悔もするし反省もする。しかしその時はそれはわからない。つまり『仕方がなかった』である。


 セツナはまさしくそれにあたるのでは?と考えたのだが自分は今のように思いだし最適であったかを考えこそするが、今のところ後悔はしていない状態であった。

 だからそれ以降、セツナは悩まずに済むよう最適なことかを判断してから行動するように心がけていたりする。


―・―・―・―・―・―


「曇ってきたなぁ」


 セツナは空を見上げて呟いた。黒雲が空を埋め尽くしている。

 嫌な感じだ。セツナはそう考え、用事をてっとり早く済ませようと考えた。


 血の海を越え周囲に気を配らせる。接近されればアウトだ。そう考えて必死に気を配る。

 前、後ろ、右、左、それだけでなく上の方もである。この辺りには大木が多くひしめき合っている。葉に姿をかくし油断したところをガブリっ。なんて映画なんかでよくあるパターンだ。


 近くに敵の気配がないことがわかると気が緩みそうになるのを必死にこらえて探索範囲を広める。

 先ほどの魔獣、どうやってあの鹿のような生き物を殺したのかセツナには見当がつかない。いきなり首が消失したところを見ると簡単に考え、切断系の特殊な力と言うのを使ったのだろうか?


 しかしながら血が垂れている時、セツナはいやいやながらに見た消失した首元は断面と言うよりは何かに吹き飛ばされたような、そんなふうに見て取れた。

 まるで音速で、それこそ目にもとまらぬ速さで頭部を蹴り飛ばされたのかもしれない。


 ……兎に角切断系の特殊な力にしろ音速の蹴りでも接近されれば終わりだ。その探索範囲は大きくするに越したことは無いだろう。

 セツナはそう考えて草むらの方へと入っていく。周辺十メートルほどは草を刈っていたのでこの草むらはその範囲外と言うことになる。

 

 しばらく周囲を探索しているとセツナはふと発見してしまう。


 草むらをかき分けて遠くを見ると先ほどの魔獣が姿勢を低くして新たな獲物に目を付けていた。先ほど鹿丸ごと一匹食ったにもかかわらず欲張りな奴だなぁとセツナはある意味感心してしまう。


 遠くと言っても数十メートルほどしか離れていなかったので手は出さず急いでねぐらに引き返そうとして、雷が落ちた……。

 落ちたのはまさしく今さっき魔獣を目撃した方向であった。これで死んだか?そう思ってパッと振り返って……。


 ――――魔獣が雷と共に突如として出現した緑の光を放つ、大きさ五メートルほどの鮫に捕食されていた。


~のようなと付けていますがその動物として考えていただいて差し支えありません。

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