表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

森に入って……

 無雑作に生える雑草を踏みつけ木に傷を刻みながら颯爽と森を駆ける人影が一つ。


 左の腰には中身を抜き取られた鞘。その中身は人影の右手に握られている。木に傷を刻んでいたのはその剣であった。


 左手には弓を持ち背中に十本ほどの矢を下げている。


 しばらく道なき道、獣道を疾走していた人影であったが突如、足を止め、さっと物陰に隠れて息を潜める。物陰から顔を覗かせ前方、人影が進もうとしていた方向を見る。

 そこには一匹の鹿のような生き物がいた。大きさは高さ百五十センチメートルほど、人影とそこまでの大きさの違いはない。大きな角が特徴的で大きく伸び伸びと育っているのは野生ならではだ。体毛は薄くほぼないと言って構わないだろう。まさしく鹿である。


 その生き物を視界に入れると人影は周囲を確認し鹿のような生物以外に何もいないかを確認する。幸い周囲には何もおらず、少年はゆっくりと静かにだが大きく息を吐く。


 気を落ち着かせ、剣を鞘に納めると背中から矢を取りそのまま弓を構える。大きくしなりを上げながら矢を引き絞り、そして、


 ヒュッ、と言う静かな音と共に矢が手元を離れ鹿目がけて一直線に飛んで行き、見事胴体に突き刺さった。


 人影はそれを初手とし、いそいで次の矢を構える。

 鹿は激痛に悶えるように暴れのた打ち回った。その痛みを別の痛みで忘れようとしてるようにしか見えない無様な姿。それを見て人影、天音セツナは……。


「すぐに楽になる。ごめんね……」


 もう一本の矢を容赦なくもだえ苦しむ鹿へ向かって穿つ。


 矢は一直線に飛んで行き、鹿の大きな角を粉砕してその頭部を射抜く。突き刺さった瞬間、鹿の体は大きく吹っ飛びその先でこと切れたように活動を停止させた。

 しばらく観察した後、動かないのを確認したセツナは鹿に接近する。もし生きていて至近距離から襲われれば正直セツナでは勝てる気がしなかった。

 接近戦では弓は使えないし、剣の腕もセツナは素人同然。木に傷を刻むことと、時間をかけて獣の皮を削ぐくらいしか使っていない。


 近づいて、剣を鞘に入れた状態でツンツンと突っついてみる。しかし鹿に反応は見られない。確実に絶命しているようだ。


 セツナは念のため頭部に刺さった矢をさらに深く串刺しておく。

 頭蓋をかち割る感覚と肉を押し広げる感覚が矢を伝い手にまで届く。気色が悪かったがこれをしないとセツナは安心が出来ない。


 ――――セツナがこの森に入ってから今日で五日が過ぎていた……。

 

 初日は生き物に見つからないよう持ち前の隠密を生かしひたすら拠点を探していた。ちなみに最初に負った小動物はすでに見失っていた。


 迷わないように、しかし追っ手には見つからないように剣で近くの雑草などを薙ぎ払いながら行われた探索の末、セツナは一本の大樹の根本。根と根の間にできた小さな穴を見つけた。

 そこに入ると二畳ほどの空間が広がっており寝泊りするには十分な物であった。出入り口は入ってきた小さな穴一つ。

 このフェアリーフォレストにてセツナが危険視している、魔獣や大型の動物は入ってこれない大きさだ。実際セツナも匍匐前進で穴内に侵入した。


 次の日はその穴を拠点とし近くの雑草の処理を行った。

 ある程度開けた空間が作れた頃、完成の安心からかどっと疲れが体に襲い掛かりそれと同時に空腹に腹が呻いたものだ。

 幸い近くにいたウサギくらいの大きさの動物を狩って、血抜きをして皮を必死に剥いで生々しいのを必死に見ないようにしながら肉を口に入れた。

 最初は、不味すぎて吐いていたが、生き物の命を自分の手で刈り取ったのだ、とそう思うと肉塊となった目の前のウサギのような動物に情のようなものが宿り口に入れ必死に吐かないよう口を押えながら食った。


 三日目、肉を食ったことでいくらか活力を取り戻したセツナはせっかく命を奪って食しているのだからおいしく食ってやりたいと思い、必死になって火を付けようとした。

 その辺に落ちている木を剣で削り、綺麗な棒状にする。そしてもう一つ板状に先ほどと同様剣で加工したものを用意する。その板の真ん中を剣で軽く抉って穴を掘りそこに先ほど加工した棒状の木をあてがって落ち葉をその周囲にばら撒く。

 テレビで見たことをまねて勢いよく回転させる。が、いくらやっても火種が生じる気配は微塵も感じられなかった。

 記憶を手さぐりにかき回し必死になって何かなかったかと思案し、そして思いだした。木の棒にうまい具合に衣服を巻き付け回転のスピードを上げるということを昔サバイバル番組でやっていたということを。


 すぐにそれを行動に移す。

 しかし、なかなかうまく巻きつけられず試行錯誤してもセツナのそこまで賢くない頭では結果巻き付けることはかなわなかった。

 仕方がないので布を外し最初の工程に戻る。手の皮が捲れ痛みが伴うがそれを代償としても火は確保しておきたいものだ。

 かなりの時間ぐるぐると回し続けた結果ようやく薄く煙のようなものが立ち込めはじめた。


 あと一息だ!そう思ってラストスパートをかける。すると見事に落ち葉に火が付き火を確保することができた。


 それを消さないように近くに落ちていた木の棒に火を移して、しばらく燃やしておきその間に作り損ねていた焚き木を用意しそこへ点火。轟々と燃え盛る炎を見てセツナは思わず涙した。

 焚き木の周りを石で円状に囲み完成である。近くに土の山も作っておき火が外の雑草などに移りそうになればその土で鎮火させるつもりだ。


 ただ火の確保には一つの問題点があった。それは雨である。

 雨が降れば火は消える、ねぐらの中に火を入れるのも寝ている間に火が壁と屋根の役割をしている根っこに飛び火してしまえばセツナは焼死体にその姿を変える。


 なら外の焚き木に屋根のようなものを付ければいいと思ったが、現状その屋根は木で作ることになる。つまるところやはり飛び火を恐れてしまうのだ。

 消えればまた付ければいいではないか。セツナは思案の結果そこに行きついたのだがこれまた雨の後は木がしけってしまい火を起こすことができない。いろいろ考えてセツナは木をねぐらの中にいくつか持ち込んでおけばいいのでは?と言う答えを出して、その日は小動物を一匹狩り、火でおいしく調理した後食って寝た。


 四日目、水の確保に動く。セツナの喉は朝起きた時点でしゃべることも困難な程乾ききって今にも喉の内側が剥がれ落ちる錯覚を覚えていた。

 剣を片手に意味はないが気持ち鼻での呼吸を意識しながら歩き続ける。


 雑草を踏みつけ、行く手に飛び出す枝を切り裂き歩いて行く。セツナはぱっと後ろを振り返って自分が歩いてきた方向を見る。そこに確かに簡易な道が完成しているのを見て口元を綻ばせた。


 何時間だろうか、永遠とも感じられる時間の間セツナは一度も歩みを止めず前を見て動き続けた。切り損ねた枝にあたりいくつもの切り傷をその顔や身に付けながらも歩みは止めない。

 セツナはわかっていた。自分と言う人間は……いやセツナだけでなく人間と言うのは極限状態の中一縷の安心(この場合は休憩)を得るとそのまま気持ちが諦める方向に動いてしまうということを。

 誰しも苦痛を味わうなら楽して死にたいと思うものだ。それを知っていたからこそ歩みは止めない。


 セツナは死にたくないのだ。苦しくとも、無様でも、生きあがいて生きあがいていたいのだ。それは何を原動とした意思なのか、虐めを行っていた祐介に仕返しをするため?好きなつららに生きてセツナの気持ちを伝えるため?こんな理不尽を強いた運命に逆らいたいため?人の命を奪ったため?

 理由と呼べそうなものはいくらでもある。しかし、なにか、なにかが違うとセツナは思っていた。それは正しく、それらが理由ではない。もっと強欲に貪欲に、自分勝手なものが理由……。

 しかしながらそれをセツナが見出すことはできない。今は……。


 ふらふらになり剣を杖として使い始めてしばらくたった時だった。サーサーと川の流れる音がセツナの耳に入る。水を何よりも欲しているにもかかわらず歓喜に涙が止まらない。


 足早にその方向へと向かいそして、流れる綺麗な川を見つけた。

 剣を腰に差し戻しそのまま急いで川に口を付けた。久々に喉を通る水はとてもおいしく、しかし乾ききった喉に激痛を与えた。

 その痛みに呻きながらもしかしセツナは口に水を入れるのを止めない。喉を通るたび痛みが訪れいていたのも気が付けばそんなことは無くなっておりセツナは腹が膨れるまで飲み続けた。


 飲み終わってから袖口で口元を拭い今更ながら周囲に気を配らせる。周りに何もいないのを理解すると今度はこの水をどうやってねぐらまで持って帰ろうかと言うことを考え始める。


 また取りに来ればいい、とも考えたがかなり遠いということは予想される。毎日通うのはさすがに無理とセツナは考えた。だが、おそらく水を持って帰る容器のようなものを作る、または見つけるにしても少なくとも数日はここに足を運ぶこととなるだろう。


 そうなると、少なくても水は持ち帰れるのであれば持ち帰るべきだと判断する。もうあんな苦痛を味わいながらここまで来るのは嫌だと判断したからだ。


 いろいろと思案した結果、剣を抜き鞘を洗い始めるセツナ。そう、鞘に入れて持って帰ろうと考えたのだ。しかしながら先ほどまで草や木を切りその剣をそのまま納めていたのだ。いかにも汚れていそうな状態ではセツナもそこに水を入れその水を飲む気は起きなかった。その汚れを落とすための水洗いである。


 鞘の中に水を入れてどれほどの量が入っているかを確認。

 多からず、少なからずと言ったところか……。 しかし贅沢は言っていられないと自らを奮い立たせて水入り鞘を左手に、抜刀済みの剣を右手に持ってまた数時間かけて寝床へと帰還する。


 帰ってきて火がつけっぱなしでキモが冷えたのはまた別の話……。


 そして五日後。


 川にて水を飲むのと軽く体を洗うということを終え鞘に再度水を注いでからセツナは帰ろうとした。しかしその帰り道にあの鹿のような生き物に出会ったのだ。


 雑草を踏みつけて作られた簡易な道と呼べるかも微妙な道。そこから逸れ一目散に鹿のような生物のところへ向かって駆けたのだ。それがついさっきの出来事である。


 セツナの食生活と言うのは日本にいた時、いや、人の食生活と大きくかけ離れたものをしている。

 普段三食であった食事回数はすでに一日一回が多い方になっている。急激な減食に体は耐えられるはずもなく、すでに腕や足は細くなり始めている。つまり鹿のような食す部位の多そうな生き物はセツナにとってそれはもう天からの恵みなのである。


 セツナはその場ですぐに皮を剥いで臓物を引き抜く。どの部位が食べれてどの部位が食べれない。そんなことは何も知らないセツナにわかるはずのないことだ。だからただの肉と思われる部分のみ切り出していく。血抜きの時間がなかったので大量の血液が剣に付着するが後で拭いておけば大丈夫かな?などと考えながらとにかく解体を急ぐ。


 なぜ解体を急ぐかと言う答えは簡単だ、セツナはこの森に潜む魔獣の存在に畏怖しているからだ。

 魔獣は人を襲い食らうが、人のいない場所では動物を襲い食らうということをきちんとベン虚していたことによって知っていたのだ。だから死臭や血の匂いなどには敏感に反応して近寄ってくると……。基本小動物は食さないと言うので今までウサギに似た動物しか食っていなかったがこんなに大きな鹿ではすぐに近寄ってきて、近くにいるセツナごとその胃におさめることだろう。


 だからセツナは急ぐ。

 解体し終えた肉を、脱いだ服で包み急いで駆け出しその場を後にした。


-・-・-・-・-・-


 目の前に大木の根と根の間にできる小さな穴を見つける。近くではセツナが試行錯誤をこなして小石を積み上げて作った釜戸のようなものがある。火を中心に円状に小石を積み上げただけの物。上に蓋をする物もなくただの風よけと周りへの引火防止だ。


 数時間の道のりを無事に帰ってきたことに安堵の息を漏らす。

 安心すれば疲れがどっと押し寄せ同時に空腹も訪れる。


 服から肉を取り出して急いで焼きはじめる。ある程度焼き目のついたそれにセツナはまだ熱いにもかかわらず無我夢中にかぶりついた。

 途端口の中に溢れ出る大量の肉汁がセツナの味覚に革命を与えた。


「うまい……。……うまい!うまい!」


 一口噛んで二口、三口と止まらない。セツナにその感動を与えたのは味ではなかった。味はと言うと焼き加減は適当、焦げている個所もいくつか見受けられていてお世辞にもうまく焼けたとは言えない。プロが焼けば何十倍もおいしく焼くことだろう。

 ただ、努力し、必死になって手に入れそれを食す。

 バーベキューは準備するからおいしいと言うが、まさにバーベキューに限らないことだとセツナは思う。


 セツナは、涎を垂らし血走った眼付で、しかしながら口元を綻ばせ涙を流しながら食道に次々と押し込んでいった。

 食い終わると虚しく音を出していた腹は大きく膨れ上がっていた。腹筋があまり無くセツナの腹はまさに妊婦の様な状態になっている。顔も女の様なのだから笑えないものだ。


 その日、セツナは満腹状態と、今まで来ていた疲労からこの森に入って初めて異常な程長い睡眠をとった。

この時点で森に入って五日目が終了しています。

テンポは、速いですかね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ