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散策

※説明回となります。物語が動き出すのはもう少し先です。

 セツナが案内された部屋はとても大きく1人で使うにはもったいないとセツナは思った。

 部屋には大きなベッド、机と椅子、それと大きなお風呂まで付いていた。高級なホテルと比べても劣らない間取りであった。

 聞かされていた通り王宮だから、なのだろう。


 昼食の時には呼びに来るとヒストは言っていた。それまでは王宮を散策しても部屋でゆっくりするのも友人と状況の整理をするのもよし。

 つまりは自由時間であった。


 ふと窓の外に目をやるとそこには綺麗に刈り揃えられている芝生が敷き詰められている中庭のようなものがあった。


 部屋にいてもすることがなく、話し合えるような友人もいなかったセツナは必然、王宮を散策することにした。

 決断するとこの世界に一緒に持ってきていた紙袋に入ったライダースーツとフルフェイスヘルメットを机の上に置いて部屋を出た。


 廊下に出たが誰も居ないことから皆、部屋で状況の整理をしているのだろうと判断、セツナはこれは夢だと思いたかったので整理などしたくはなかった。

 これもまた散策に出た理由である。セツナは無意識で気がついてはいないが……。


 廊下を、歩いてきた道をてくてく戻っていく。

 しばらく歩くと先程女子と別れたT字路に差し掛かった。今だ固まっているガストを横目にして、セツナはその隣を抜けていく。女子の方へは行かず、もと来た道を戻っていく。


 だが、途中曲がり道などがいくつか存在しており遂にセツナは迷子になってしまった。しかしセツナもそれは想定済みであった。

 先程からいろいろと動いているにも関わらず一定感覚で甲冑の人が並んでいたことにセツナは気が付いていた。

 そして彼らはきっとここを警護する人達なのだろうとあたりをつけていたのだ。


 その辺りでただ立っているだけの甲冑の1人にセツナは話しかける。甲冑の人はゆっくりとセツナの方を向いた。


「すみません。迷ってしまいまして……。その、中庭のような場所があるはずなんですけれどどうすれば行けますか?」


 その質問に甲冑の人間は「え?…あ……。え?」といった感じで話しかけられたことに対して驚いていた。


 セツナは知らないが、彼らは騎士団と呼ばれる集団の人間である。王宮の警備から、町の治安維持、魔人族との戦になれば戦場に出てその命を投げ出す。先程固まっていたガストの同僚なのである。


 そして、目の前の騎士がセツナの質問に驚いたのは本当は質問に驚いたのではなく、男しか居ないむさ苦しい騎士団で生活をしていたので見た目美少女のセツナに話しかけられたことに対して驚いていたのだ。

 この場合驚いていたではなくどう対応すればいいかわからず戸惑っていたというべきか……。


 曖昧な態度をとられたセツナは甲冑の兜のせいで聞き取れなかったのかもと思い騎士の男の顔に自分の顔を近付けて再度同じ事を言う。


「すいません。実は迷ってしまって。中庭の様なところにいくにはどうすればいいですかね?」


 騎士の男はセツナの顔が近付いたことにドギマギしながらも、セツナが言ったことを頑張って理解して中庭への道順をセツナに教えた。


 道順を聞き終えると「ありがとうございました」と言ってセツナは頭を下げるそして、そのまま聞いた道順通り歩き出す。


 兜の中で頬を朱に染めている男がいるとも知らずに……。


-・-・-・-・-・-


 騎士の言ったことを信じて教えられた道を歩く。


 しばらく歩いていると目の前が一気に開ける。先ほどまでの閉鎖的な廊下とは違いガラスがはめ込まれた窓も、コンクリートの壁もない。ただただ広く外を見渡せる場所に出た。

 先ほど部屋から見た景色と同じものがそこにはあった。


 セツナは今までこんなにきれいな景色を見たことがなかった。

 別段都会に住んでいたわけではないので草木は見慣れていたがここまで綺麗に刈られた芝生は見ていて清々しいものがあったのだ。

 中庭の中央には噴水が設置されておりほどよい高さの水が絶え間なく吹き出している。

 噴水の近くに生える木が噴水のふちの一部を影で覆い隠していた。そこに涼むように座る一人の少女をセツナはとらえた。ただ、どこを見ているわけでもなく心ここにあらずといった様子の少女、氷上つららにセツナは話しかける。


「こ、こんにちは。氷上さん。氷上さんも散策に出たんだね」


 声をかけるセツナを一別するとつららは直ぐに視線をセツナから反らした。


 その行動がセツナの心を軽く傷つける。意中の相手に何の反応もされないと言うのはセツナには辛いことなのである。

 どうしようもない不安感のみがセツナを包む中唯一差し込んだ光、それが現在のつららの存在であった。彼女が一緒に異世界に来ていてくれなければセツナはそれこそ、部屋から出ず怯えながら現実逃避していただろう。

 祭壇で彼女を見かけ安心し、彼女も争いに行く運命だと聞かされ絶望し逃げる。

 さらにそれしかできない自分に絶望していた。だけどセツナにとって意中の女性が戦場へ赴くかもしれないというのに自分が部屋に閉じこもり何もしないということは看過できないことであった。

 しかし幾分かの不安が浮かび上がるのは仕方のないこと。

 そんな不安もすべて意中の女性を見るだけで吹き飛ぶというのだからセツナの心は案外図太いのかもしれない。いや、感情がすぐに変わりやすいのだ。


「そうね、部屋にいても何をするでもなかったし」

「ぼ、僕と一緒だね」

「そうね」


 つららのそっけない態度がセツナを不安にさせる。だから、セツナは彼女の気を引こうと、話を続けようと今、最も重要になっていることをつららに聞いた。


「氷上さんは、その……。受け入れたの?」


 その質問に対してのつららの反応は見ていて不気味なものがあった。普通なら何かしらのアクションがある。どれだけ平静を装うとも、どれだけ無関心でいようとも、必ずアクションが起こる。そんな質問をセツナはしたつもりだ。なのにつららは微動だにせず、それが指す意味というのは……。


「……完全に、受け入れたんだね」


 セツナは思わず苦笑いしてしまう。


 先ほどの祭壇でもセツナ以外に現実逃避をしている者はいなかった。

 セツナが見つめる少女もすべてを真正面から受け入れているように見えた。ただ、そんなにすぐ状況すべてを整理できるはずもなく、それで与えられた自由時間だったのだ。

 みんなは各々の部屋で現状を整理し理解し、ゆっくりとだが受け入れつつある。

 

 そしてここに居る少年と少女は、受け入れた者と逃げた者。


「セツナ君は受け入れなかったのね……」

 

 『逃げた』と言わず『受け入れなかった』と言ったののはつららの優しさ、気遣いだろうとセツナは気が付く。女子に、それも好意を抱いている相手に気を使われたことが悔しくて悔しくてセツナは唇を強く噛んだ。


 そんなセツナに気付いているかはわからないがつららは話題を変える。


「そう言えばセツナ君。どうする?あれ、続けるの?」


 あれ、と聞いてセツナは一つ思いつく。それはいつも昼休みに密会して行っていたキスのことだ。

 状況が変わってしまった今、おそらく密会できることすら困難となるだろう。今までとは状況ががらりと変わってしまったのだから。

 セツナはもちろん継続したいと思っている。

 しかしそれと同じくらいつららの意思を尊重してあげたいとも思っていた。


「氷上さんが、嫌なら僕は……」


 その答えを聞いたつららは一度瞑目し何か呆れたような態度で「そう……」と言うと噴水のふちから立ち上がる。

 そのまま歩きだしセツナの横を通り過ぎていく。セツナは慌ててつららの方へ向き直り……向き直った瞬間つららがセツナの方は向かず声を上げた。


「……君が続けてもいいって言うなら、これからも、よろしく頼むわ」


 一瞬つららの言ったことが理解できなかったセツナであったが、理解せずともまるで条件反射のように口元が緩み返事をしていた。


「うん!」


-・-・-・-・-・-


 その後すぐにセツナ達二人に対して昼食の知らせが届いた。

 セツナとつららは呼びに来た騎士に着いて行く。


 連れていかれた先は大きな広間であった。そこはまるで社交界の場のような場所で、いくつか丸いテーブルは存在しているが椅子はなくまさに交流を目的とされたような場所だ。

 左の方には料理が並べられておりバイキング形式と案内してくれた騎士に聞いてバイキング好きのセツナの心は踊る。


 思わず、つららを置いてそちらへ向かうほどセツナはバイキングが好きであった。


 セツナ達が来たころにはもうすでにほかの生徒たちは集まった状態でセツナ達が最後のようであった。生徒のほかにも騎士風の男や貴族風のなりの男。つまり異世界側の人間もちらほら確認することができた。

 

 すでに皿に料理を乗せ、話しながら食べているほかの生徒にぶつからないように注意しながらさも隠密部隊のように料理が鎮座しているテーブルの下へと接近する。と、そこで気が付いた。

 セツナは皿を持っていなかったのだ。


 日本でのバイキングでセツナは無意識に皿は料理が置いてあるその近くに存在すると思っていた。だがこの世界では少し勝手が違ったようだ。

 少し戸惑いながら近くを見る。すると丸いテーブルの上に皿が見える。生徒の名前が書かれたプレートのようなものが皿の上に置かれていた。

 つまり丸いテーブルの中から自分の名前の書かれたプレートが置かれた皿を見つけそれ使えということだ。


 セツナはそれに気が付くと先ほどと同じように隠密行動をとる。カメレオンのように気配を消してゴキブリのように動く。


 カサカサ、カサカサ。


 セツナは虫が嫌いだが、虫の動きには尊敬に値するすごいものがあると思っていた。ゴキブリもその一種であった。あの速い動きはセツナに敬いの気持ちを与えるには十分だ。

 

 そんなこんなで何とか自分のプレートを見つけだし皿を入手することに成功する。

 プレートの大きさは縦三センチ横六センチ程の小さなものだったのでセツナは制服のポケットに直しておくことにした。


 料理の乗ったテーブルへ移動し、美味しそうな料理を熱く見つめ無意識につばを飲み込む。

 

 そんなセツナの態度にちょうど料理を足しに来たコックのような女性が嬉しそうな顔をして話しかけてきた。


「そんなにおいしそうに見られると、さすがに少し照れるもんだなぁ」


 女性と話すことに慣れていないセツナはどうしていいか一瞬迷ってしまう。しかし気を使って何か無理に褒めるようなテクニックは残念ながらセツナは持ち合わせていない。

 素直に正直に、緊張しない女性……そう、目の前の女性を母親だと思ってセツナは言葉を返す。


「だって、実際にそうなんですもん」


 迷いのないセツナのその言いに、女性はさらに気分を良くしてセツナの皿を無理やり奪ってひょいひょいと次々料理を持っていく。

 

「いやー!嬉しいね!私がこの中で一番うまいところを全部取ってやるからな!」


 そう言ってしばらくの間、セツナは目の前で皿に山が完成するのをただただ呆然と見ていた。


 返却された皿は重量を先ほどの何倍にも増やした状態であった。積まれた料理の山は一歩間違えれば崩れて地面に落ちてしまうかもしれない。だが、それは絶対にしてはいけないことだとセツナは思う。


 セツナの目の前でセツナが料理を口にすることを今か今かと待ちわびるコックの女性の前でその料理をわざとじゃなくとも地に落とすなどセツナにはすることができない。


 バランスを取りながら料理を口へ放り込む。咀嚼し飲み込む。


「おいしい……!」


 目を見開き驚きの表情をあらわにする。それは今まで食べたことのないほど美味しいものであったがゆえに起こした反応であった。

 そしてそれはセツナの心からの称賛でもある。


 セツナは細かい表現をするほどの舌は持ちあせていない。だから、短的に思ったことを口にしたのだ。本来ならば口を開くことも憚られたのだが目の前で感想を今か今かと待っているコックの女性を見ては無言で通すことは出来なかった。


 セツナの短い感想にコックの女性は一瞬訝しげな表情を見せたが、しかしセツナの表情と止まらない手の動きを見てにんまりと確かな喜びをその面に浮かべた。


「ありがとう!あんた名前は!?気に入ったから教えてくれないか?」

「え、えーと、天音セツナ……です」


 一瞬知らない人に名前を言っても構わないのだろうかと考えたセツナであったがプレートにすでに刻まれていることから隠しても何もないだろうと判断し教えた。


「セツナ。セツナか!覚えた!……っと、あぶねぇ仕事中だったぜ。じゃあね、セツナ!」

「あ、はあ」


 嵐のように現れ、嵐のように去っていくコックの女性。彼女の背中が完全に見えなくなったときセツナは彼女の名前を聞いてなかったと思ったが後の祭りだと判断し再度食事に没頭した。


-・-・-・-・-・-


 セツナが食事を終えた頃、急に照明が落ち大きな部屋の中は暗闇に満たされる。


 生物的本能から少しの恐怖心を胸の内に宿らせていると突如光の柱が現れ、その光の柱に照らされている人影が見えた。人影の正体は白髪の老人ヒストであった。

 老人はマイクとは違うがそれに似た小型の機械のようなものを取り出して話を始める。この世界の拡声器なのだろうとセツナは判断した。


「えー、皆さん。そろそろ落ち着いていただけたでしょうかな?それと、楽しんでもらえているでしょうか?もしそうなのであれば我々としては感激なのですが……」


 そこまで言うとヒストは一度大きく咳払いをして話の本題へと話題を変える。


「では、まず先ほどお話しした神の恩恵と言うものを覚えていらっしゃいますか?……その恩恵と言うものをこれを使い判別いたします」


 そう言ってヒストが懐から取り出したのは先ほど皿の上に置いてあった名前の書かれたプレートだ。そこにはセツナのものと同じくヒストと名前が刻まれていた。が、しかしそれをくるりと裏向け名前の裏側を見せるヒスト。そこには聖職者と刻まれていた。


 それを見てセツナは自分のプレートを取り出して裏面を見てみる。しかしそこには何も書かれておらずつるつるとしたさわり心地の良い面があるだけ……。


 つるつるつるつる……。


「これは神の恩恵です。私の場合は聖職者……聖教会に遣える神父です。つまるところ戦闘向きなものではないのですよ。……話がそれました。いま、皆さんが持っているそれにはまだ何も刻まれておりません。刻むにはこの自分の名前が刻まれたプレートを軽く噛むのです」


 噛む。という表現にセツナは一瞬の戸惑いを受ける。と言うか正直汚いと思った。

 しかしそんな考えはどこからか聞こえた声で吹き飛んでしまう。


「うお!まじで出やがった!」


 そう言ったのは制服を着た男子。セツナからそんなに離れた場所に居なかったのでそのプレートにきちんと何か文字が刻まれているのが見えた。


『剣王』


 そう書かれたプレートを握りしめていた。


 剣王……。自分たち異世界から来た人間に強い恩恵が与えられると聞いていたがまさか、剣王などと言う強そうなものが実際に与えられるとはセツナは思ってもみなかった。


 実際にそのプレートを見た異世界の人の反応はわかりやすかった。


 ヒストの目が一気に開かれ驚きを隠せていなかった。彼らもまたここまでおかしなものが出てくるとは思わなかったのだろう。


「これはすごい……!『剣王』は歴史上一人にしか与えられたことのないものです……!ほ、ほかの皆さんのも見せていただきたい!いや、見て回るので先ほど言いましたように軽く噛んでおいてください!」


 そう言って動き出すヒスト。他の生徒たちのプレートを見るたびに「おおー!」「こ、これは!」など何やらすごい反応をしていた。そして、それは起こった。


 セツナが自分のプレートを軽く噛む。するとプレートに凹凸ができ初め、それは次第に文字へと変わる。


『兵』


「……え?」

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