異世界へ
眩い光に目を眩ませ、非日常的な出来事にセツナは驚きを隠せない。
目を開けていると大量の光が目の中に入ってきてとても辛い。しかしそれでも目を見開き今起こっている出来事を全て脳裏に焼き付けようと試みる。
その非日常はセツナに一つの淡い期待をもたらす。
非日常とは有り得ないことが起きるということ。意味を返せば、今まで当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなるということだ。
今まで祐介には勝てないという当たり前が、勝てるという当たり前でないことになる可能性があるのだ。
視界を真っ白に埋め尽くされている中で、セツナは驚きつつも冷静にそんなことを考え、頬を緩めていた。
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気が付く、とはひどく曖昧な言葉だ。夢から覚めることも気が付くと言うし、気を失っている人物が目を覚ました時も気が付くと言う。そしてこの場合、セツナが体験したそれは、そのどちらでもない、無意識でいた状態から気が付くというものであった。
ほうけている時にハッと気が付く。と言えば最もわかりやすいだろう。
ずっと目が覚めていたのに、無意識に外界を認識していない状態からの覚醒。
覚醒すれば見える景色に対し何らか思うところが出てくるというものだ。今回、セツナが思ったことは「ここはどこ?」と言うことであった。
薄暗いが大きな部屋であることはわかる。セツナは……いや、セツナ達は部屋の中央に存在する大きな祭壇の上にただただ立っていた。
セツナの他にも何十人かの制服を着た同じ学校の生徒がセツナと同じように今、気が付いていく。
その中には氷上つららの姿もあった。
みんな最初は驚きの表情を見せていたがすぐにそれは状況を正しく判断しようと努力するものに変わっていく。よく、アニメや漫画でこういう場面がやってきたとき女生徒が泣き出したり、男子生徒が嘆いたりしているが実際はそうでもなかったと言うことにセツナは驚きを隠しえなかった。
セツナは祭壇上の端の方にいて、祭壇の外には黒いローブをその身に纏った人影が祭壇を、セツナ達を取り囲むように多く存在しているのをセツナは見ることができた。
ふと、セツナがいる方向とは反対の方向から、声が発せられる。その声は聞く限り老人のものだなとセツナは思う。実際にその声は白髪の老人が発したものであった。
「ようこそ神の使徒達よ。さて、この中で、皆から最も信頼を受けているのはどなたですかな?」
老人はよく響く声でそう言い、セツナたちを見渡す。セツナも老人と同じように一人一人この場にいる人たちを見ていく。と、その中でセツナは気が付いた。一人だけ制服を着ていない人物がいることに……。
その人物はあの子作りをしていた生徒からの人気がある新人の女教師だ。その存在に気が付いたのはセツナだけではなくほかの生徒も女教師の存在に気が付いたようで、皆が女教師の方を一斉に見た。
「……え?私!?」
皆が一斉にうなずく。
人というものは自分が今置かれている状況がわけのわからないものになったとき、ひとまず情報集めを始めるのだ。そして、情報を握って居そうな人物の言うことに従い言われた通りに行動する。その際、他人を生贄として差し出すことも躊躇わない。それがよく分かる場面であった。
しぶしぶと言った感じで女教師が出いていく。その女教師の名前は、水瀬とおる。身長は百六十程で、童顔でとても可愛らしい。何よりの特徴は豊なふくらみを持つその胸であった。でかい、とにかくでかい。セツナが一週間も妄想だけでイけたのは学校で幾度となくその大きな胸を見ていたからだ。
セツナの後ろの黒いローブの者たちの間から「おおおぉぉ……」という小さな歓声が上がったのをセツナは聞き逃さない。それを耳にしてこの黒い人たちも胸がすきなんだなぁとそう思った。
老人の方へと、とおるが向かう。老人のそばに着くと何やら二人で話をし始めた。雰囲気的にかなり真面目な雰囲気なんだなとセツナは思う。
しばらくして話を終えた二人はセツナたちの方へと向き直り今度はとおるが話をし始める。
とおるに先に言ったのは、みんなから指名された代表者の言うことならみんなも信じやすいと老人が考えたからだそうだ。しかしそれはおそらく理由の半分でしかないだろう。向こうからすれば、もし、信用に値しないと思われている人物が出てきた場合でも、セツナたちで選んだので、最低でも、見知らぬ老人たちの前ではその人物の言うことを信用するふりをしないわけにはいかない。と、まあ、そんなところだろうとセツナは思う。
そして話を聞いてもらう『だけ』ならそれは十分な効果を発揮するだろう。
とおる(老人から)の話はこういうものだった。
まず初めにここはセツナたちがいた日本とは別の世界。つまり異世界だということ。
この世界には今現在、魔人族、人間族、亜人種の三種族が住んでいるそうだ。北の大地を魔人族が占領し、南を人間族、魔人族と人間族の間に亜人種が生息しているらしい。
魔人族は人間族よりも力が強く繁殖力も人間族より少しだけ上なのだそうだ。
その昔この世界には人間族と魔人族しかいなかった。魔人族は人間を殺しては食べて、を繰り返していた。このままでは人間族は絶滅してしまうかもしれない。
そんな時であった、力も繁殖力も、劣る人間族は、ある日神から恩恵というものを授かった。それは人間族一人一人に与えられ、剣士の恩恵を与えられれば筋力が上がり、魔法使いの恩恵を与えられればそれまで魔人族しか使うことのできなかった魔法というものが使えるようになった。
そしてその力を使うと、魔人族の者たちとの差は少しばかり埋まり始めた。
だが、時が過ぎればまた力の差が現れる。もともと強かった魔人族が、さらに強さと数を引き連れて再度人間族に猛威を振るい始めたのである。
再度、人間族という種族が滅びの危機にさらされた時であった。ある村に耳の尖った子供が生まれた。その、悪魔のような耳に人々は恐怖し忌み子として国に処分されてしまう。しかし次の年からまるで呪いのように、その村から生まれてくる子供は忌み子ばかりだった。耳が尖っていたり、獣耳が生えていたり、最初は気が付かなかったが大人になっても身長が全く伸びない小人のような者もいた。
これが、亜人種の誕生である。亜人種には、神の恩恵が与えられずしかしながら人間とは思えない超人的な力を持っていた。
耳の尖ったエルフ族は頭が良く、森などの自然環境での生存能力が高い。獣耳が生えた狼人族は知識は乏しいが、身体能力は魔人族以上のものである。小人のようなドワーフ族は小さいながらにものすごい怪力で、そしてものすごい怪力でありながらとても手先が器用であった。しかしそんなすごい力を生まれながらにして持っているということが原因なのか繁殖力はそこまで良くなく、人間族に協力して戦っても魔人族を滅ぼすには至らなかったそうだ。
白髪の老人はその力を悪用されないために今は亜人種を『監視』しているそうだ。
セツナは考える。今まで聞いた話をすべて集めて老人の言葉の裏を探っていく。
人間が授かった神の恩恵というのは努力しないと魔人族と対等に渡り合うことも出来ないほどの微々たるものである。だから、先天的に超常的な力を持つ亜人種に人間達は嫉妬し数の暴力で押さえつけて今では奴隷として扱っている。まあ、こんな所かな?異世界あるあるだな、とセツナは思った。
言い回しなどから、白髪の老人がセツナ達に対して、敵意を持たれては困るというのがセツナが出した結論だ。
とおるが話を続ける。
滅ぼしきれずにいたのでまた魔人族は増え続ける。
そして近年、またもや、魔人族の軍勢が整いつつあるというのだ。それも、歴史上最強と言われている魔王が指揮官をして。
それを知った人間族はいても立ってもいられない。そして今回の魔人族との戦争において人間族に神が与えたものは、一つの儀式方法が書かれた石版。
そこに書かれていた言葉『汝らがこの儀を成功させた時、強力な恩恵与えた神の使徒が汝らの元に顕現するだろう』を信じ、国直属の聖教会の人間達がその儀式を行ったところ、セツナ達が現れた。と、言うのが老人の話だった。
「結論を言うと、神の使徒としてこの世界に来た者、つまり私達には魔人族と戦って人間族の危機を救ってもらいたい、と言うのがこの人たちの言っていることよ」
セツナ達は薄々気がついてはいた。とおるの言っていることが全て本当であれば、自分達が戦争をしなければいけないということに……。だが、直接口に出されたことでどうしようもない不安感がセツナ達を襲った。
セツナは嫌だった。いくら強い力があったとしても戦場と言ういつ命を落とすかわからない場所にいくと言うことが……。それにとおるの言うことが全て本当で戦う運命にあるとするならば、それは氷上つららも同じく戦う運命にあると言うことだ。
意中の女子が戦場に向かうなどセツナは考えることすら怖く、現実から目をそらすことくらいしかできなかった。
セツナは思い始める。
きっとこれは夢だ。悪い夢なんだ。だってあり得るはずがないのだから、こんなこと。言うなればこれは異世界召喚というやつではないか。そんなことはフィクションの世界でしか起こらない。だから、実際に今見ているのも夢と言うフィクションだ。と。
それは、本当にただの現実逃避。しかし、これは少しタイミングが遅かっただけの正しい反応だ。本来ならこの祭壇で、気が付いたときに起こるべきもののはずなのだが、だがそれでもこの中で『唯一』セツナは戦場に行くことへの恐怖と不安から現実逃避を行った。それは逆にこの中でセツナが一番普通の人間に近いと言うことの現れでもあった。
回りを見ても戦場へ行くことに対し抵抗を持つ者、いやがる者もいるにはいるが、誰も彼も真正面から現実を受け入れそして、それを拒もうとしている。セツナのように現実から逃げているものは誰もいない。
嫌だ、嫌だ!死にたくない!死ぬ危険があるというのにそれを受け入れたくない!なんで!?どうしてみんなは平気なんだ?苦しくないのか?こんなのは悪い悪い夢だ!皆はどうしてそうは思わないのか!?何故!?何故!?
そんなセツナの心の声をまるで代弁してくれたかのように声を上げたものがいた。
「はあ?何意味わかんねえこと言ってんだ?死ぬ危険があるとこに行く意味が分からねえ。むしろそんなとこ行くと思ってんのか?それにその、人間族を救ってやる義理もねえ。するわけねえだろ!」
その少年をセツナは見たことがあった。彼は祐介の友人で中崎信吾と言う。信吾は学校全体から見ても素行が良くない生徒であった。
セツナも祐介と仲良くしているという理由であまりよく思っていなかったのだが、彼がセツナが思っていたことを言ってくれたことで少しの親近感を得ることができた。
しかし、老人の言葉によってセツナは自分が今置かれている『状況』というものが見えていなかったと思った。見えていなかったのは、セツナともう一人、信吾であった。
「それは残念ですねぇ。しかし、我々も、呼び出したものの帰還させる方法はわかりません。つまり、ここに居てもらうしかありません。しかしながらあなたはここに置いておく唯一の義務を放棄した。したがってここに置いておくことはできません。ですが、街に出してその神の恩恵で国民に不安を与えるのも私は望まない。……危険分子は即刻処刑しなくてはいけませんなぁ」
その言葉をすべて理解するのにその場の全員は数秒の時間を有した。しかし、老人側の者達はそんなのは知ったことではないと言ったような態度を示す。老人がゆっくり手を上げるとセツナたちを取り囲んでいた黒のローブを着た人間が全員その手に鋳物を握る。
セツナは、漫画などの知識から儀式というもののためにローブを着ていたと思っていた。
しかし、ローブを着ていた本当の理由はその者たちが危険分子と発覚した際に容赦なく攻撃するための武器を隠すためだったのだ。
ある物は剣。ある物は槍。ある物は弓。その他にもありとあらゆる武器がそろっていて差し詰め武器のオンパレードと言ったところだ。
その行動に対しようやく状況を理解したとおるはすぐさま老人にすがるように懇願し始めた。
「ま、待ってください!まだ……まだ!混乱しているだけなんです!」
その懇願を聞いた老人、まさに自分の見落としであった。とでも思うように自分の頭を自分で軽くたたく。そして上げていた手をまたゆっくりと下げた。
「武器を下ろせ。これは私のミスだ。そうであったなぁ。確かに、突然こんなことを言われて逆に驚かない方が異常であろう。……ふむ、これは私が悪かった!そこの少年も許してほしい!ただ、国が危険なもので焦っていたのだ」
素直に、自分のミスを認め謝罪を伝える老人。このとき、セツナと信吾はとてつもない恐怖を感じていた。老人の言葉を信じず、今起きていることがすべて嘘だと証明するために周りに気を配っていたセツナと老人に対し、いや、突如として意味の判らないことを聞かされ頭に血が上り、れっきとした敵意を向けられここに居る誰よりも冷静となっていた信吾にのみわかること。
二人以外は『なんだ、話せばわかってくれるんだ』と言った安心を覚えている。
ただ二人は、老人の与えた裏の意味を理解できていた。
『神の恩恵は訓練しないと力を発揮しない。呼び出した直後のお前らなんて、数で押し切れる。いつでも、殺せるのだからはむかうな』という意味を……。
神の恩恵は訓練しないと力を発揮しない。これはとおるも直接老人から聞いたことだ。
「私たちは、戦争は愚か、争うことがいけないという国で育ち、それに、彼らの中には喧嘩もしたことがないという子もいます。戦争になんて……命を捨てに行くだけだと思います」
それを聞いた老人は一瞬目を細めてとおるをよく観察して嘘をついているかどうかを判断する。判断の結果嘘ではないと判断した老人はこう返した。
「なるほど。ですがご安心を。神から与えられた石板には恩恵の文字が刻まれておりました。恩恵……つまり神の恩恵は先ほども話した通り、訓練しなくてはいけません。これから毎日彼らには訓練をしてもらう予定です。私も、呼び出したからには勝っていただきたい。だから、確かな力を付けてもらってから戦場へは赴いてもらいます。そのための援助は惜しみませんよ」
とおるは自分の言葉でもしかすると、戦力外として戦場へ行かなくて済むのかもしれないと、そう思っていた。しかし、世界はそこまで甘くはない。そう痛感させられた瞬間であった。
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そこからは老人がみんなにこれからのことを話した。
内容によると、セツナ達は今現在この世界の人間族の国、メニラにある王宮の地下にいるらしい。これからはセツナ達を大事な客人として扱うと言っていた。ひとまず一か月ほど訓練し、どれほどのものになるかを確認すると言っていた。
一人につき一部屋が与えられ、食事もいいものを提供してくれると老人は言った。
その後、セツナ達は王宮の一階へと続く階段に案内されようやく窓からだが日の光を浴びることができた。王宮内を案内されるがままに歩いて行く。
高級そうな壺や絵画が数多く展示されており、等間隔に鎧を着た騎士風の人が立っている。セツナ達の足元には真っ赤な絨毯が敷いており土足で歩くことにセツナは少しの抵抗を覚えた。
しばらく歩いているとT字路に差しかかる。その時、唐突に白髪の老人……ヒストが声を上げた。
「えーみなさんではこれから男子と女子で別れてもらいます。男子は私に、女子は彼女に……ナーベリックだ」
そう言ってヒストが指さす先にはヒストより少し若いくらいのお婆さんがいる。しわは深く刻まれているが、それでも美人だったのだろうということがわかるほど綺麗な人であった。
「どうも、紹介に預かりました。ナーベリックと言います。お気軽にナーベと呼んでください」
そう言って深々と頭を下げるナーベリック。みんながみんなお辞儀で返してしまう。
「では、男子のみなさんこちらへ」
そう言ってT字路を左に曲がるヒスト。セツナは最後尾にいたのでぴょんぴょんして必死にどちらへ曲がったかを見ようとしていた。人の壁て見えなかったのはできるだけ誰にも触れてほしくない低い身長へのコンプレックスがあるからだ。そうして次はナーベリックが「女子のみなさんはこちらですよ」と言って右に曲がる。
セツナは相も変わらずぴょんぴょん。
セツナがT字路に差しかかり左に行こうとした時だった。
「君、左は男子だ。女子は右だぞ?」
セツナの後ろを歩いていた男性に言われる。なぜ後ろを歩いていたかというと、もし誰かがはぐれてしまった時のためだ。前後で挟むとはぐれることはまずない。
ぬっと手が出てきてセツナの肩を掴んで右へと押していく。
「ちょ、ちょっと!」
「ん?どうしたんだ?……ッ!?」
セツナが肩に置かれた手に触れて振り返る。その様はまさに美少女が可憐に振り向く姿であった。現に今セツナの肩に手を置いた男性……騎士団一等騎士・ガストの頬は朱に染まっておりまさに人が恋に落ちた瞬間であった。
しかし、セツナはそんなことは気が付かない。パッと振り返ってガストに向かって言った。
「ぼ、僕、男です……」
ガストはそのセリフを理解するのにかなりの時間を用いたという。『ぼ、僕、男です……』その言葉の意味を理解するまでの間ずっと頭の中でリピートされ続けた。
突如として動かなくなったガストにセツナは少し不安げな顔をしたが、息はしているし苦しげな表情をしているわけでもなかったので大丈夫だろうと思い、少し遅れながら男性陣に合流する。