壁越しのアルカロイド
バタバタバタ バタン!
盛大な足音の後、玄関の扉が勢い良く閉められ、辺りは静寂に包まれた。
「梨奈ー?帰ったのー?」
母のふんわりした声に返事もせず、梨奈は目に涙を溜めながら慣れたようにガチャリと狭い空間の鍵をかける。
ストンと腰を降ろし、既にぐちゃぐちゃになりかけている顔を両手で覆いながら、梨奈は天井をあおった。
……………嗚呼。
………………やってしまった…。
人生終わった…などと悲観にくれまくる娘を、母は壁越しに首を傾げながらとりあえず放置し、鼻歌を歌いながらミキサーを回す。
ウィィィンウィィィンと一定のリズムを刻むミキサーの音を聞きながら梨奈は勢い良く鼻水を啜った。
*
「梨奈ー。ちょっとー?梨奈ー?」
トントン、と目の前の扉が遠慮がちに叩かれる。
「………。」
申し訳ないが、グズグズになっている呼吸器官を酷使してまで梨奈は母に返事をする気にはなれなかった。
それでも母は目的の為に根気良く扉を叩く。
トントン。
「梨奈ー。出て来てー。」
……。
「ねぇ、お願いだからーー。」
トントントントン。
……。
ドンドンドンドンッ
「本当の本当にお願いだか…ぐっ…っ」
段々激しさを増していたドンドンという音は、玄関を勢い良く開ける振動と共にピタリと無くなってしまった。
その時に泣き過ぎてぼんやりした頭がやっと働く。
…あ。
母は緊急だったのだと。
グリーンスムージーと言うものがあって、梨奈も詳しくは分からないがなんやかんや野菜と果物をとりあえずミキサーにかけて作るドロドロの液体が最近の母の趣味だ。
便通にいいとかなんとか。
そんな事をぼんやり考えながら、母には改めて悪い事をしてしまったなと梨奈は今更ながら反省する。
しかし、未だココから出る気はなかった。
トイレットペーパーを適当に千切り思い切り鼻をかむ。
……ツラい。
なにがツラいって、明日も変わらず学校があることだ。
どうやっても顔を合わせてしまうだろうある人物を思い浮かべ、梨奈は更に涙を流す。
学校どころかこのアパートを一歩出るだけでその遭遇確率は上がりまくりだ。
…ああぁぁぁあああぁ。
どうしてあんな事言っちゃったんだろう。
梨奈は後悔に後悔を重ねる。
……….パタン。
その時、壁越しに静かに玄関の扉が閉められる音が梨奈の耳に届いた。
「……?」
母が帰って来たのだろうか。
梨奈は相変わらず鼻をかみながらぼんやり天井を見上げる。
静かな足音はゆっくりと、真っ直ぐに梨奈が立て籠もっている扉の前までやって来た。
そして無言のまま立ち去ろうとしない。
………?
やっと梨奈は不思議に思い、首をかしげた。
「…ぐすっ…お母さん?」
「………。…ふぅ。」
梨奈の小さな呼び掛けに、相手は心底呆れ返ったようなため息だけを漏らす。
そのかすかな声と気配で、扉越しの存在を敏感に感じ取り、梨奈はビクッと息を吸った。
「……。」
「何?親子で仲良く下してるの?」
扉越しにいつもの蔑んだような物言いが飛んでくる。
途端、梨奈は手に持っていたティシュをギュッと握り、冷や汗をかき始めた。
「それとも何。傍迷惑千万にこんなとこで立て篭ってるわけ。相変わらず。」
「…っ…。」
冷たい冷たい氷の刃物のような口調に梨奈はぐさぐさと刺される。
「……エレベーター上がって来たら、あったんだよ。下の公園に行こうとしてたみたい。麻美子さんには、うちのトイレ貸しといたから。」
「………。」
「…何かいうことは?」
「……ごめん。」
はぁ、と許しのため息をいただき、梨奈は更に便座の上で小さくなった。
今、一番会いたくない人が、
扉越しに居る。
逃げ道は当然ない。
そこで会話が途切れてしまったので、梨奈は猟師に追い詰められた鹿のようにプルプルしながら懸命に声を絞り出した。
「…い、家に一回帰ったの…?」
「…まだ。どこかの誰かさんが猛ダッシュで俺を置いていったからね。今帰って来たとこ。」
墓穴を掘ったーー…っ。
ケロリと帰って来た毒のある返答に、梨奈はヒェーっ!と顔を強張らせた。
「話の途中に戦線離脱なんて…、よく俺相手に出来たよね。」
「すっいませんでした。ごめんなさい。出来れば全て忘れて下さい。即座に忘れて下さい。」
梨奈はビュービューと絶対零度で凍る扉へ、相手からは見えないのになりふり構わずブンッと勢い良く頭を下げる。
それでも氷の王様、古川翔から繰り出されるため息は非常に冷たいものばかりだった。
「……で?一応聞くけど、なんでそんな所に立て籠もってんの?」
「…それは……。」
「それは?」
恥ずかしかったから。
いや、現在進行形で恥ずかしい。
なんであんな事を言ってしまったんだ自分。
梨菜はまた両手で自分の顔を覆い隠す。
あああぁああぁああぁと後悔の奇声を発する幼馴染に若干引きながら翔は根気強く訪ねた。
「…いや、なんかもう…色々恥ずかしくって……。」
「…何が恥ずかしいわけ?」
「え?何って…、だって…。さっき…私言っちゃったじゃん。おもわず、ボロボロ…っとさ…。」
そう。
言っちゃった。
やらかしてしまったのだ。
古川翔はいわゆる幼馴染である。
隣の部屋に住んでいて、同じ年に産まれたとあっていつの間にか家族ぐるみで付き合いがあった。
物心付いた時にはもう彼は側にいて、手を繋いで一緒の幼稚園に通っていたのが梨奈の一番古い記憶だ。
翔は、それはそれは天使みたいな容姿をしていた。
栗色に近い癖っ毛と、クリクリの瞳。
あどけない唇に、透き通るようなすべすべの白い肌。
どんな大人でもデレデレになるような見た目を持った翔を、どこ吹く風と無邪気に引っ張り回していたのは鼻水垂らした梨奈で。
酷く引っ込み思案で大人しかった天使みたいな翔の定位置は、いつの間にか梨奈の背後になっていた。
梨奈の後ろからちょこんと様子を伺うように瞳だけ覗かせる翔に、誰しもがピンク色のハートを掴まれた。
まだその時は梨奈の方が背が高くて。
いつからだろう。
身長も抜かれ、
背後に隠れなくなり、
ハキハキ喋り、
ツンと目を細めて他人を威嚇し、
その内梨奈にまで毒を吐き始めたのは。
「ちょっと、梨奈聞いてるの?」
「はいー聞いておりますとも1から10までバッチリ聞いておりますともーー。」
梨奈は便座に座りながらシャキリと背筋を改めて伸ばし嘘八百で即答した。
今はこの目の前のアイボリー色の壁がありがたかった。
彼のあの威嚇する猫のような瞳を見なくて済む。
「(はぁぁ…)」
梨奈は小さな小さなため息をついた。
あんな可愛かった天使は今じゃ高校で氷結の王子様なんて呼ばれている。
もはや“氷”ですらない。“氷結”だ。
口癖は「…はっ?」である。
おもわず振り返ってしまうほど可愛い子からの告白も「…で?」で返す。
一部からは氷結の悪魔とも呼ばれていたりする。
天使から最終的には悪魔にまでのし上がったこのお方が、
梨奈の好きな人である。
氷結の王子様は若干潔癖症だ。
男子には珍しく常にハンカチ、ティッシュ、おまけにアルコールウェットティッシュ、携帯ゴミ箱まで持ち歩いている。
他人とは必要以上に触れ合わない。
ひょいっと誰かが肩に触れれば、さり気なくハンカチでその場所を叩き綺麗にする。
給食に出るプラスチック製の箸も綺麗にアルコール除菌してから使用する。
朝、自分の席に座る前に椅子と机をサラッと拭く。
何気ない動きだが、何人かの人間を引かせる程度には潔癖気味なのだった。
しかし、その行為も致し方ないことだと梨奈は考えている。
それは小学校の時。
ある程度梨奈から独り立ちして、クラスの他の子達とも友好関係を築き始めた翔少年を、ある出来事が襲う。
梨奈はこっそりそれを“ハーモニカ舐め舐め事件”と呼んでいる。
…文字通り、舐められていたのだ。
いや、正確にはただ間接キスをされていただけなのだが、…いや、やっぱり結構ぶちゅぅっとされていた訳だが、本人にはとにかくベロベロと舐められていたぐらいの衝撃があったようだった。
その当時、おませな女子の間でとにかく好きな男子の持ち物にこっそり触れるというのが流行っていたらしく、翔はかなりの女子からターゲットにされていた。
小学生女子の愛は時に情熱的である。
毎日何回も色んな女子から消しゴムを貸してくれと頼まれ。
ある朝登校してくれば、違うクラスの知らない女子が自分の席に座って机に頬ずりをしている。
キャーキャー言われながら複数の女子にシャー芯を略奪される。
そして極め付けが学校指定のあのハーモニカだった。
もちろんリコーダーも持っているのだが、彼は家に帰ってそれらを無言で洗面台の洗面器に突っ込んだらしい。
潔癖性と他人に対しての刺々しさが出て来たのがだいたいこの時期だ。
そんな。
そんな彼が。
梨奈に対してだけは、少し様子が違うのだ。
「梨奈。」
「ぅはいっ!」
壁越しの声が梨奈に呼び掛ける。
彼はこのように梨奈を下の名前で呼ぶ。
それは女子の中だけで…梨奈だけだ。
今日も一緒に学校からの帰り道を帰って来た。
梨奈は寝ている間に風紀委員に当てられたのだが、今日も委員会の会議で遅くなるというのに彼はわざわざ待っていてくれていたのだ。
極め付けは。
梨奈が触っても、翔が嫌がらないと言う事。
分かるだろうか、この感覚。
誰にも懐かない気品溢れる高級猫が、自分にだけスルリと体を擦り付けてくるようなこの快感。
『…遅いんだけど。』
と、自分を待っていた時のちょっとふて腐れたような態度とか。
『わっ、と。ごめん。』
『…別に。』
と、不意に触れ合った肩をそのままにしてくれた時のほのかな体温とか。
『ん。…なに。…いらないんだったら持って帰るけど。』
と、誕生日プレゼントをぞんざいにくれた時の赤い耳とか。
普段、『バカなの?バカでしかないの?』と言われまくっている上でのこのデレた態度。
なになになんなのっ、可愛い過ぎる…っ!
と、こっそりのたうち回る事を許してほしい。
『え、付き合ってるもんだと思ってた。』
友人のその一言に、梨奈は教室の端っこで飲んでいるジュースをゴフッと吹きかけた。
違うよと否定するも、2、3人の友人に詰め寄られる。
『でも、二人で一緒に帰ってんでしょ?』
『うん。』
『誕生日もプレゼント送り合ってるんでしょ?』
『まぁ、うん。』
『で、梨奈も古川くんの事、好きなんでしょ?』
『あ、まぁ………はい。』
あっさりと言われたガッツリな質問に、顔を真っ赤にしながら梨奈は敬語で答えた。
その肯定を聞いて友人達は半場呆れ気味に『それもう付き合ってんのと変わらないんじゃないの?』と漏らす。
『普通の人だったらそりゃ考えるけどさー、あの古川くんだよ?あの古川くんがあの態度なんだよ?むしろ付き合ってないとか言われる方が腹立つわ。』
『なっなんで!』
『もうさぁ、梨奈の方から聞いちゃえば?“私達、付き合ってるんだよね?”とかさ。』
ギョッとして梨奈は眉を限界まで頭皮に寄せた。
言えるわけないじゃん!とその時は返したものの、その友人のセリフが脳の端っこに引っ付いて中々剥がせない。
そんな大胆な事、聞けるわけない。
聞けるわけないのに。
その時が、やって来てしまった。
『うわっ。』
翔と一緒に歩く帰り道。
梨奈は友人との余計な会話のせいでいつも以上にドキドキしていた。
普段通りにバカな会話も出来ず、翔に“ちょっと、梨奈、大丈夫?甘いものの食べ過ぎで頭に蟻でもわいたんじゃないの?”と毒のある心配までされてしまう始末。
相当ぼんやりしていたのであろう。
バスを降りてアパートへの近道で通る公園で、ちょっとした砂の凸凹に梨奈は足を取られた。
あ、と思った時には遅くて。
『(あ、転けた…。)』
反射的に目を瞑り、梨奈は歯を食いしばった。
しかし、ゆっくりと斜めになる体は、何故か地面に付くことなく。
気が付いたら、翔に腕を引き寄せられていた。
『…っ、危な…。』
『ご、ごごごご、ごめん…っ』
『どれだけぼんやりしてるの…。…熱でもあるんじゃないの?』
そう一見冷たく言い放つように翔は顔を少し歪めた後、何を思ったのかそのまま梨奈の手を取り歩き始めたのだ。
『(…へ…は?………ほんがぁぁあっ‼︎)』
手を。
今まさに手を繋いでいる。
少し大きめの翔の指が自分の指に絡まって、
ダイレクトな体温が、
少しカサついた感触が、
梨奈の脳回路をアッサリと壊した。
『翔、あのさぁ…』
二人の間を、少し冷たくなってきた風が柔らかく通り過ぎる。
公園の草木がカサカサと小さく鳴った。
翔は後ろを振り返らず、いつもの口調で応える。
『何?』
…人より懐いてくれているのも、
一緒に帰るのも、
イベントごとにプレゼントを送りあうのも、
幼馴染だからと言う理由を添えることが出来る。
でも。
でもこんな風に手を繋いで道を歩くのは、
手を繋ぐっていうのは、、
『私達って、…付き合ってるの?』
梨奈はぼんやりしたまま、そう聞いてしまっていた。
翔がくるりと上半身だけ振り返る。
いつもより少し目を丸くしてそして、言った。
『………………は!?』
………、
目の前の彼の表情を見、梨奈は急激に頭を冷やしながら心の中でゆっくりと呟く。
あーーーー…
やってしまった。
やってしまったやってしまったやってしまった…っ!
思わずお互いに離してしまった手をスッと引っ込めて、梨奈は下を向いたまままくし立てた。
『…だよね!そうだよね!あーもうっ何言ってんだろ私!』
『梨…』
『わーっもう本当恥ずかしいっ!忘れて!今の本当忘れて!わーっヤバい!』
『ちょ、梨奈…』
名前で呼ぶのも、一緒に帰るのも、プレゼントを送るのも、幼馴染みだからだ。
今だって、フラつく幼馴染みを心配して、ただ手を引っ張ってくれていただけなのに。とんだ勘違いだ。
…恥ずかしい。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…っ!!
『キャーもうどうかしてた私!ほんとごめんマジでごめんっ!って事で私お腹空いたから帰るねっ!じゃっっ!』
『梨奈…っ!』
翔の目を見ず、早口でそう謝罪し、
お粗末なトンズラを経て…現在にいたる。
…
「とにかく俺が言いたいのはね。」
目の前でアイボリーの扉が不機嫌に喋る。
「急に逃亡しない。」
「はいスミマセン。」
「人の話は最後まで聞く。」
「はい大変申し訳ゴザイマセン。」
ピキーンと凍りながら梨奈はまたペコペコと頭を下げた。
頭を下げながらも、心の隅っこで密かに思う。
何振られた相手によりにもよってその当日に怒られてるんだ私…。
どんな時でもシリアスになり切れない自分に泣けてくる。
しかもここはあろうことかトイレである。
浮かばれない。
後で自分の骨を自分で拾おうと密かに決意し、梨奈はまた翔の言葉に耳を傾けた。
「……で?」
「ぇ、はい。」
「涙と鼻水止まったの?」
「え、うん。止まった…。」
本人登場ですっかりおさまった水分は、今や冷や汗の方に回っている。
「じゃあ、出てこれるよね。」
「あ、いや、それは…ちょっと今は顔がヤバくって…。」
というかまともに顔なんて見れない…。
やんわり拒否する梨奈にまた不機嫌を深めて翔が制服のまま腕組みをした。
「ふーん、そう。」
「………。」
「で?」
「……?」
「梨奈って俺の事が好きなの?」
「ぶっっ、ほがぁぁ…っ!!」
な、なんて事聞くんだ…っ!
梨奈は目を白黒させながら倒れそうになる自分の体を必死に支える。
ドSっ!?ドSなのか?!氷結の王子様はそんなスキルもお持ちなのか?!
あんな事を聞く時点で分かっているだろうに、あえて振った相手にわざわざもう一度そんな質問をするなんて…と梨奈は動悸に震えながらアイボリーの扉を見つめた。
…そりゃ、好きだ。
口ではなんだかんだ言う癖に面倒見が良いところも好きだ。
“馬鹿め”と言って頭をコンっと軽く叩いた後、こっそりと“しょうがないなぁ”とでもいうように苦笑いするその口元が好きだ。
昔の話をすると本気で怒るときの赤い耳も好きだ。
手が触れたぐらいで頭に血が上って恥ずかしい事口走るぐらい好きだ。
…あぁ、もう、いいや。と梨奈は思った。
一度振られてるのだ。
この際素直に、言ってしまおう。
「それは、まぁ。……好きだけど。」
「ん?なんて?」
「…だーかーらっ、翔の事が好きだって言ってるんじゃん…!」
「…どれくらい好き?」
「〜〜っあーもう!めちゃくちゃ好きだけどそれが今更何!」
もう、これはいじめだ。とんだ羞恥プレイだ。梨奈はまた涙目になりながら半場ヤケクソに叫んだ。
振られた相手に促されて再度告白とか……。何考えているんだこの男は…。
「梨奈、今すぐそこから出て来て。」
翔の言葉に梨奈はパチクリと目を瞬かせた。
「え…?」
「じゃないとこの扉ぶっ壊すから。」
「え?!」
「多分めちゃくちゃ怒られるよ。梨奈が。」
「え?!翔じゃなくて私が?!」
「ほら早く。さーーん。」
「ちょっとま…」
「にーーー。」
「わっっ、わっ!」
「いーーーち。」
思わずガチャリと開けてしまった扉の前には。
17年間見続けた幼馴染みの顔があって。
梨奈はしばらく猫みたいな瞳を見つめ返して無言で立ち尽くしていたが、グイッと肩を捕まれ体の方向を変えられた。
「え?え?」
「はい、手を洗う。」
連れてこられた洗面台にお母さんみたいな台詞が飛ぶ。
梨奈は混乱しつつ言われるがまま手を洗った。
「はい、タオルで手を拭くー。」
また言われるがまま空色のタオルで手を拭き、梨奈は首をかしげる。
「はい、こっち向くー。」
釈然としないままくるりと振り返った梨奈を、翔はグイッと引っ張り唇を奪った。
「………っ?!」
え、…え、………え?!
なに?一体今、何が起こった?
初めてのふにっと柔らかい感触。
どアップの翔の顔。
回された力強い腕に、梨奈は目を限界まで見開く。
「人生長い訳だしさ。」
唇が離れても腕を回したままで翔が言った。
「梨奈も相変わらずお子様だし、俺的には大学ぐらいまで待ってやろうと思ってたんだけど。」
梨奈はポカンとアホみたいに口を開けている。
「誰に吹き込まれたか知らないけど、梨奈がそうくるなら、手加減無しでいいよね?」
翔の柔らかい息が肌をくすぐった。
なんだか良く分からないが、全力で手加減してほしい気がする。
「俺、一回枷が外れたら止まりそうもないし。」
いや、いや止まろう。一旦止まろう。と梨奈はブンブン首を振った。
一歩下がった梨奈をこれ以上行かせないとばかりにグイッと翔の腕に力が入る。
また近付いて来た魅力的な唇に、梨奈はあわてて尋ねた。
「翔っ、翔!ちょっと待って…っ。」
「んー?」
「私達って、…付き合ってるの?!」
「…むしろ、俺と付き合わずして、誰と付き合うっていうの?」
彼女の返事を待たず、彼は再度そのうるさい唇を塞いだのだった。
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