飼い猫が亡くなった少年の話
雲一つ無い8月の青空に、ポツンと光の塊が浮かぶ。
今日この日、少年の愛する飼い猫が誰にも看取られず息を引き取った。
少年の両親は共働き、少年は高校へ勉強に。今日も、昼間の少年の家には、一匹で寂しく留守番をする子猫の姿があった。
子猫は、9年前、少年の両親が家の近所に捨てられていたのを保護したもので、名をユウスケといった。今年で11歳になるらしい。
ユウスケは、少年によくなついており、また、少年もユウスケを家族として愛していた。
そんなある日のことだ。少年が高校から帰宅すると、家の中が妙に静かだった。
普段なら、ドアの開く音に反応し、ユウスケが迎えてくれるはずであったが、今日は静寂が返事をするばかりで、愛する猫の姿はどこにも見当たらない。
少年は、背筋にとてつもない寒気を覚えた。まるで、この世のものとは思えないものと対峙したような恐怖。考えたくないことを無理矢理頭に流し込まれ、嫌な想像ばかり募っていく。
少年は靴を脱ぎ捨て、玄関のドアも開け放ったまま、リビングへと足を向けた。
愛する家族は、ソファの上で眠っていた。
呼吸をするたびに隆起するはずの腹部は、完全に静止しており、微動だにしない。
その体は冷たかった。
少年は、己の体から熱が抜けていくような錯覚を覚えた。このまま猫に触れていれば、自分んも同じように冷たくなってしまうのではないか、そんな風に考えてしまっていた。
当然、そのようなことは起こり得ない。すぐに正気を取り戻した。
不思議と少年の目に涙は浮かんでいなかった。ただ、こんなもんか、と少年は呟き、いつまでも眠り続ける猫の背をなでていた。両親が仕事から帰ってくるまで、ずっと。
猫の遺体は、庭に埋めることになった。少年は、せっせとお墓を作り、無事、天に召されることを祈って、墓の前で手を合わせた。涙は出なかった。
次の日、少年はいつも通り高校へ向かった。
朝、リビングにいつもの毛むくじゃらの姿が見えないことが、すごく悲しく思えた。が、それでも少年は涙を溢していない。
高校での少年の態度は一切変わらなかった。もしかしたらいつもより元気だったかもしれない。
少年は急いできたくした。これも、いつも通り、ユウスケにご飯をあげるためだ。当然昨日も同じように。
帰宅してユウスケのためにご飯をつくる。ふと、そこで少年はいったい自分は誰に、ご飯を作っていたのかと、疑問に感じた。少年は、爪を噛む癖がある。癖とは恐ろしいもので、自分の意識を無視して、何よりも優先される事項として扱われる。
このエサやりも同じことだ。少年は高校から帰宅し、エサを作ることを、癖としていた。
当然、その相手はユウスケである。そして、その相手はもうこの世にいない。
その答えが導き出されたとき、少年の顔には笑みが浮かんでいた。
己の人生を語る上で、飼い猫の存在をなくすことは不可能であることを今、少年は確信した。
その事が、少年は嬉しかったのだ。
少年は、作りかけのご飯を器に盛りつけ、庭に作られた簡素な墓の前に置く。
少年の目には涙が溢れていた。