気分転換
「瞳子!僕は君が好きだ」
白川瞳子ーーー俺が思慕してやまない女性だ。彼女は長い黒髪を揺らしながら答えた。
「ごめんなさい。あなたは恋愛対象にどうしても思えない」
まさかのお断りの返事に、俺は涙目になった。
断られるとちょっと恥ずかしいことになりそうだ。なぜかというと、俺は既に大地とみちるに「瞳子っていう彼女ができた」という嘘八百のことを言っちゃったからだ。取らぬ狸の皮算用をしてしまった。
そういえば大地とみちるといえば、あのノートはどうなったんだろう。あの物騒な殺人ノート。
一方その頃、大地とみちるは沈黙していた。どんなに頑張ってもよく分からない。ただ一つ言えるのは、青木家火災の内容とこのノートの内容が酷似しているということである。しかし、青木家は母子ともども死亡したと報じられている。もし母か子供のどちらかがこの火災を仕組んでいたとして、このノートを書いたのであるならば、このノートは燃えてなくなってそうなのに。こんなものをわざわざ残すのはおかしいだろう。母の死体には大量の刺し傷があったらしいから、実行犯は子供かもしれない。いや、母親が心中を図って自分から死のうとしたのかも……。
「大地、もうこのノートのこと考えるのやめようよ」
「でも守にはどう説明するんだ」
「分からなかったって言えばいい。こんな気持ち悪いノートさっさと捨てちゃえって言えばいい」
二人(正確には一人と一冊)は再び沈黙した。打つ手なしである。みちるはノートを閉じて、机の上に置いた。そのまま大地を無視して玄関に向かう。
「どこに行くんだ?」
「おじさんのところ行ってくる」
「おじさんって、リサイクルショップに勤めているあの人?」
返事はもう返ってこなかった。どうやら一回目の返事の後に出て行ってしまったらしい。取り残された大地は暇になった。机の上にあるノートを見ながらノートに同情する。そんな物騒なこと書かれて可哀想にな……。このノート、もしかして俺みたいに誰かの生まれ変わりだったりしてな。話しかけたら答えてくれるかも。
「おーい。君、なんて言うの。青木さん?ねえ答えて、返事して、お願い返事してーー」
むなしいことに返事は返ってこなかった。本当にこのノートはただのノートらしい。残念でしょうがない。このノートがもし俺と同じ生まれ変わりであるなら、このノート自身からいろんな情報が得られたかもしれないのに。
おじさんのいるリサイクルショップは家からほど近いところにある。結構なんでも買い取っているので、いろんなものが売ってある。どうみてもがらくたにしか思えないものとか、中古パソコンとか、小さい子向けのおもちゃとかいろいろある。その中で私の目を引いたのは、鉄道模型だった。あまり私は鉄道模型に詳しくないのでよく分からないが、結構リアルなものだ。
「おじさん、これなに?」
「おや、みちるちゃんじゃないか。これは…鉄道模型じゃないかな?」
おじさんもそんなに詳しくないらしい。
「なんかさ、男の子がそれ売りに来たんだよね。趣味に飽きて売ろうって思ったのかな?」
「へえ、何歳くらいの子?」
「中学生くらいだと思うよ」
中学生くらいの男の子がこういう鉄道模型を持っているのは普通にありそうだが、売っちゃうのは少しもったいない気がした。模型と言えど精密機械なのだから、値段もそれなりにしそうなものだ。しかし、金が必要になって止むを得ず売ったのかもしれない。