私を殺す光
僕はその日を待っていた。母が家に一日中いる日。深夜、母の寝ている間に事を完遂させたかった。そしてその日はやってきた。
「おかえり」
夕方、家に帰ってきた母を僕は笑顔で出迎えた。母は僕があまりにも不自然に笑っているものだから気味悪がっていたようだ。ただいまも言わずに2階へいなくなってしまった。部屋の扉が閉まる音がして、それっきり何も音がしなくなった。おそらくすぐ寝たのだ。僕はそう思って、灯油を引っ張り出してくると2階までそれを運び込んだ。この時突然僕は不安になった。失敗したらどうするんだ。殺人未遂として晒し者にされるのか。生まれ変われずに少年院に入れられるのだろうか。そうだ、正樹は?あいつは僕の部屋にいるはずだ。あいつには計画の事は知らせたけど、今日実行なんて知らせてない。一緒に燃えて死んでしまうのではないか?…待てよ。正樹はもう死んでるじゃないか。馬鹿らしい。
それでも僕は無関係な正樹を巻き込みたく無いと思った。そこで正樹(正確には鉄道模型)を近くのリサイクルショップに売る事にした。誰かは知らないが、鉄道ファンに買い取られて夢を叶えることだろう。
「おい光、どこ連れて行く気だよ…もう日が暮れるってのに…」
正樹は能天気に文句を垂れた。馬鹿なやつ、これから売り飛ばされるとも知らないで。もし買い取ってもらえなかったらどこかに野良猫みたいに放置するつもりだ。「ひろってください」とか書いてね。
無事、正樹は売れた。こんな端金今さらもらってもしょうがないなと思いながら金をポケットにねじこんだ。自分の部屋をもう一度見渡すと、例のノートが目についた。心中計画を記したノートである。誰にも見られたくない。なら、一緒に燃やしてしまおう。僕はそのノートをもって母の寝室へやってきた。灯油を辺り一面に撒き散らす。火を付けるためのライターはお金と同じくポケットに入っている。万が一にも失敗したくなくて、母に近づいた。僕はナイフを母の首に突きたてようとした。すると信じられないことに、母が目を開いた。
「ひか…る」
母は寝ぼけ眼で僕を呼んだ。それが僕には懐かしくて思わず泣きそうになったが堪えた。
「光…なの?」
そうだよ、僕だよ。そう言いたかったが言わなかった。言ったら僕の決心が崩れると思ったから。
「私を殺す?」
僕は驚きのあまり動きがぴたりと止まった。
「…こうなることは薄々分かっていたけれど…いざその時が来ると怖い」
母が自分の心をさらけだすので、僕は決心が揺らいだ。しかし、次の一言で僕の揺るぎかけた決心が元に戻った。
「史郎さん、私を…瞳子と…同じように…」
この後僕は記憶がないが、喚きながら母を刺し続け、終いに計画通り放火して、家は炎に包まれた。そして思い通り僕達は死亡した。