僕は信じてる
玄関に顔面蒼白の母が居た。手は震え、足も震え、かなりショックを受けたことが傍目にも分かる。何があったのだろう。僕は母のところへ近づいて行った。母は僕の顔を見るなりこう言った。
「あんたのせいよ」
僕は意味が分からずきょとんとしていた。僕は何か悪いことをしたのだろうか。成績や素行がよくないことで親が呼び出されて先生に叱られたのだろうか。違う気がした。母は今まで僕のことを苦々しく思うことはあっても、僕に対して注意などはしてこなかった。僕の顔が気に食わないのか、母はまた口を開いた。
「あんたが史郎さんになつかないから、史郎さんは別の女のところへ行ってしまったわ!」
どうやらニューパパの浮気現場を目撃したらしい。ニューパパの浮気は僕のせいと言いたいようだ。それからも母の煮えくり返った腸はおさまらないようで、僕の晩ご飯は用意されなかった。いや、別に今日に限ったことではないのだけれど。
ご飯を求めて、近くのスーパーへ出掛けた。お金は母の財布から抜き取ってきた。スーパーですぐ食べられるレトルト食品を物色していると、ニューパパと見知らぬ女の人(もちろん、浮気相手だ)が僕のすぐ真横にやって来た。僕はすぐ気がついたが奴らは全く気づいていない。馬鹿なのかとため息をつく。
「こんなに買っちゃって大丈夫かな?」
「大丈夫だ。美代子からたっぷりはずんでもらっているから」
「美代子…?ああ、あのATMの女ね。龍樹さん、あんな女に入れ込んじゃだめよ?」
タツキ?ニューパパはシロウさんではないのか。そして母のことをATMとは聞き捨てならない。僕は耳をそばだてた。
「当たり前だろ。俺の女は昔も今も瞳子ただ一人だよ」
僕は信じられないという表情で二人を見つめた。二人は仲良く買い物をして、僕のことを一切気に留めないままレジへ向かって行く。
僕はその日すぐにそのことを母に伝えたが、詭弁だとまともに取り合ってもらえなかった。そればかりかますます暴力がひどくなった。
「あんたのせいで、史郎さんが私のところから離れてしまった!」
母はそう言ってすぐに僕を平手打ちする。この頃からニューパパは全く家に寄り付かなくなった。おそらく母を見限ったのだと思う。そんな暴力が恒常化した僕の毎日だが、僕はいつもやられるままだった。男子中学生なのだから、反撃できなくもないのだが、あえてしなかった。元は優しかった母、にこやかに微笑んでくれた母の顔に誰が傷をつけられただろうか?少なくとも僕はできない。いつか母がまた僕に笑ってくれることを信じ続けた。僕の唯一の親友である正樹は僕のことを馬鹿だと嘲った。
「もう無理だよ。諦めなよ」
「僕は母の事を信じてる。今はあんなだけど、昔は優しかったんだから」
「お前、母にいつか殺されるかもしれないぞ」




