嘘つきへの罰
『2006年8月4日
今日は家で花火をしました。ぱちぱち光る花火はとてもきれいでした。』
これでよし…っと。僕は夏休みの課題の一つである絵日記を書き終わった。だいたい1〜2行しかどのページも書いてなくて、絵もそんなに得意ではないので控えめにしてある。もうすぐお母さんがおやつを持って来てくれる。すいかを切り分けると言い残して向こうへ行ってから随分と経つ。
「光、絵日記は書けたの?」
お母さんがすいかを持ってきた。
「書けたよ」
僕は早速すいかを手に取る。お母さんもひとつ取って一緒に食べ始める。
「このきれいな花火、お父さんにも見せたかったな」
「お父さんに?」
お母さんは少し辛そうな表情になった。僕のお父さんは半年前に病気で他界していた。
「お父さんはきっと…天国で光の花火を見ているわ」
お母さんがふっと微笑んだ。僕は一つ目のすいかを食べ終わり、二つ目に手を伸ばした。お母さんは一つ目のすいかを食べ終わっていたが、なかなか2つ目を食べようとしなかった。
「いいのよ、光、遠慮しないで」
お母さんはにこにこ笑っている。僕は遠慮せずにすいかを食べ続けていた。黒い種が皿の上にたくさんたまっていた。
いつからだろうか?母が僕に遠慮を忘れたのは。僕も成長して母に反抗の一つや二つしたけれど、母の遠慮のなさは度を超えていたと思う。
そういえば家に時々知らないおじさんが来る。新しいお父さんになるらしい。僕は新しいお父さんを受け入れられなくて嫌っていた。その人は僕の態度が気に食わなかったのか、母がいなくなると僕に何かしら意地悪をしてくる。でも母もいつも僕の味方をしてくれるわけじゃない。いつもおじさん側にいた。 母はおじさんのことに首ったけで、おじさんも母を愛していた。母は次第に母の言うことに反発する僕のことが嫌いになっていったみたいだった。
そのころ、僕は中学生になり、素行が悪いことで名の知られた不良になっていた。万引きで捕まったり煙草を吸ってみたり、学校はほとんど行かなかった。そんなだから成績もすぐ落ちてしまった。家には大嫌いなニューパパが居て(僕は新しいお父さんの名前を覚えていないのでこう呼んでいる)、母はニューパパの言いなりで、操り人形みたいだ。家にもあまり帰りたくなくて悪友の家を転々とした。しかしさすがに3日も姿を見せないでいたら、心配されたのか迎えに来た。
「おい、光!」
ニューパパの怒鳴り声で目が覚めた。
「お前はなぁ、親にどれだけ迷惑かけてるのか知ってんのか?!美代子もめちゃくちゃ怒ってるぞ。近所からあまりよく見られないだろう、おかげで美代子も俺も駄目親の烙印を押されてしまった!」
心配で迎えにきたのではなかった。体面を取り繕いたいだけらしい。
「お前だって僕に迷惑をかけてる!お前なんかいらない、僕にはお父さんがちゃんと…」
僕は最後まで言えなかった。ニューパパが僕の顔を張り飛ばしたからだ。それからずっと殴られ続けた。意識が朦朧とするまで殴られた。ニューパパと僕が家に帰ったのは夜遅くで、母が出迎えた。
「史郎さん!」
なるほどニューパパの名前はシロウさんと言うのか。
「光が悪さするから罰を与えておいた」
「まあ、光!史郎さんを困らせてばかりで、本当にこの子は…!」
母も怒りで顔面が真っ赤になっていた。
別の日、僕は見てしまった。ホテルからニューパパと見知らぬ女の人が連れたって出てきたところを。浮気…だろうか?僕は写真を携帯電話で撮って母に見せようとしたが、母は頑として受け入れなかった。そのうちニューパパが帰ってきて、僕の撮った写真を見るやいなや、慌てもせずに携帯電話を僕から取り上げて言った。
「美代子、これは俺と美代子を引き裂くためにバカ光がでっちあげた写真だ。ほら、光、俺のこと嫌いみたいだしな」
「そうね、史郎さん」
それから僕は3日間くらいご飯を食べさせてもらえなくなった。嘘つきへの罰とニューパパは言った。嘘をついているのはどっちだと、僕は怒鳴りたかったが、あのときのーーー僕が家出をしたときのーーー仕打ちを思い出して言うことができなかった。