生き返った光
「大地のこと忘れたの?守」
「守、ひどいぞ!俺たち親友だろ!それとも嘘くさい演技してこの俺を騙そうとか考えてんのか?!」
大地が怒って抗議した。守はきょとんとしていたが、急に焦りはじめた。
「……ああ、ごめん。思わずおかしなことを口走ってしまったよ」
「よし。それならよろしい。俺の心は広いからな、許してやる」
「心ってノートのくせにどこにそんなものがあるのよ」
いつものようなやり取りに、一瞬見せた守の反応もただ「おかしかった」で済まされてしまった。
しかし、守はやはり変だった。大地だけではなく、他の友人とまるで初対面かのようにしゃべっているらしい。友人におはよう、と挨拶されておはようと挨拶を返したそのあとに、
「君名前なんて言うんだっけ」
と聞いたらしい。忘れたのか、毎日会っているのにか、と問い詰められると記憶力がよくないのだと苦しい主張をしたそうだ。
「何かあったのかな。あのキャンプファイヤーのときにさ」
「炎を見て記憶喪失とかシャレにならないよ、みちる」
私が家で大地と話し合っていると、正樹が割り込んできた。
「なあ、何かあったのか。光について何か手がかりでもつかんだのか」
「違うよ。全然関係ないから、あんた黙っててよ」
残念そうな雰囲気ですごすごと引き下がる鉄道模型。足もないのにすーっと奥へ移動するその姿はそんじょそこらの幽霊より怖いと思った。
「でも、様子がおかしくてもあいつは守なんだろう?守だよな?」
「何言ってるの。守は守でしょ」
「うん、そうなんだけどさ」
しばらくの間、どちらも黙りこくってしまった。大地は机の上で白いページを開いて黙り込み、私は腕組みしながらあぐらをかいている。目だけじっと大地を見ている。その様子を物陰から鉄道模型が見守っている。
奇妙な沈黙を破ったのは私だった。
「そういえばこないださ、Cさんはどうなるのか、教授に聞いたっけ」
「ああ、そういえば聞いてないな。後、教授が青木家の火災について何か知ってるかということも」
「青木家?!なーんだ関係あるじゃん!俺も話に参加していい?!」
やたらテンションの高い正樹がここぞとばかりに主張した。
「勝手にすれば」
私はなげやりな返事を返した。
翌日、私たちは教授の研究室に向かった。
「あのさ、守も一緒に行かないか。もし時間があったらの話だけど」
控えめに大地が守を誘った。
「別に僕は……」
「いいじゃん、ちょっとついてくるだけだからさ。時間あるだろ、なあ守」
控えめというか、大地は守を絶対連れていきたいようだ。真意がよく分からない。
「……じゃあ、ちょっとついていくだけなら」
扉をノックしてから開けて名乗ると、史郎教授がこちらを見た。
「こないだの講義のことなんですが……」
「お前なんでこんなところにいるんだ?!」
守が教授を見るなり血相を変えた。教授もわけがわからないという顔で驚いている。私も呆気にとられて守を見た。大地だけは全く動じていないようだ。
「お前のせいで僕は、そうだ、お前は知っているのか、母さんのこと!火災で亡くなったんだ!」
「いきなり何を言っているんだ。君、赤間守くんだっけ。君のお母さんなんて知らないよ」
「誰だよ守って!ちょっと前からずっと思ってたけど、みんな僕のことを守って呼ぶ!どうしてだ、僕は青木光だ!」
青木光という名前に私と教授がはっとした。教授はすっかり青ざめている。
「あの火災で、君は死んだんじゃなかったのか?」
教授が幽霊でも見るかのような目つきで守の姿をした光を見つめた。急展開に私の頭が追い付かなかった。いったいどうすればいいんだ。すがるように大地を見た。当の大地は我関せずというふうにただのノートと化していた。この裏切り者が、お前分かってて仕組んだんじゃないよな?もしそうなら家に帰ったらこのノート引き裂いてやろうかと思った。とにかくなんとかしないと。
「光…くん!落ち着いて!その、ええっと、ほら、君が生き返ってるのならきっとお母さんもすぐ近くにいるんじゃないかな」
お母さんという言葉にぴくっと反応したらしく、光がこちらを見た。
「お母さんはどこにいるんだ」
「それは私も分からないけど、探して来たら。そうだこのノートもついでに持っていってよ」
強引に光にノートを押し付けて研究室から追い出した。後は任せたよ、大地。




